第5話

 西暦二○三○年。戦後の人間はきっと、街中に高層ビルが建ち並び、ハイウェイがその間を走り、車は空を飛び、人型ロボットが街中を闊歩する。そんな時代を想像していた。

 しかし、現実は違う。二十一世紀に入ったころ、それは絵空事だと人々は思った。確かにテレビは大画面且つ薄くなったし、洗濯機は全自動が当たり前で、いかに節水や節電、静粛性を高めるかに眼点が置かれ、しかし車はまだ空ではなく地上を走っている。さんざん枯渇すると言っていた石油もまだ枯れる兆しはないし、電気自動車はインフラ整備がまだ進んでおらず、普及してない。自動車の主流は、未だ日本では、ハイブリット車の数が多くなってはいるが、ガソリン車が主流である。

 核燃料で動く人型ロボットも登場する気配はないし、今各メーカーが造っているロボットを見れば、そんなものこの先できるのだろうかと疑問を感じてしまう。

 実生活において、人々の暮らしは半世紀前よりは良くなっているだろう。しかし、夢のような未来予想図は、その多くを記憶の底に沈めるほど、現実の技術水準というものを直視させられていた。二〇一〇年以降、三回連続で失敗した日本の人工衛星打ち上げも、人々を失望させる要因の一つとなっていた。

 しかし、それは決して大事などではなかった。その裏で進められていた計画に比べれば、所詮は些末事に過ぎない。

 人は、多くが与り知らぬところで、踏み込んではならない領域に踏み込んでしまったのだから。




 中東、キルギス共和国は東端、イシクコル州の州都カラコル。人口四十万人の街の西には六千平方キロメートルの広大な塩湖であるイシク湖が構え、東と南には五千メートルはある山々が連なっている。その山間、一部山中と言っても差し支えない一都市である。

 現地時間一七○一時、火の手が上がった。

「いっくぞぉ!」

 火炎が次々と伝播していく。家々を巻き込み、住民たちは逃げるどころかその事態にすら気づかない者も多い。一軒、また一軒と炎は燃え移り、燃え移った瞬間には、すでに屋内の人々は盛大に焼かれていた。一人の男性が全身に炎を纏いながら、悲鳴を上げて玄関を突き破り、通りに出た。言葉にならない悲鳴を叫び続け、しかししばらくして動かなくなった。

「燃えろ燃えろ~!」

 ものの一分足らずで、五十棟以上が焼き尽くされた。

 その周りでは、ヒュンヒュンと甲高い音と幾筋もの光を見ることができた。その光は家や地面に接触した瞬間にそれを粉砕し、破片や土砂を巻き上げていく。

「他愛ないな」

 流星群のように降り注ぐ光は、ぼそりと呟いた男によって発せられたものだった。その隣には、無邪気に騒ぐ少女がを翳し、指差した先を炎の塊へと変えている。

 二人は重厚な、全身を包む鎧のようなものを着ていた。全高二メートル以上ある、着ている、というよりは人が収納されている、といった方が正しい造りのものだった。がっしりとした胸部と腰部前後左右に伸びる鋭角のスカート、背中には鎖骨から肩にかけて一対の小さなスラスターがついていて、頭部はフルフェイスのヘルメットのようなものに覆われ、頬の部分から一対のアンテナのようなパーツが伸びている。三角形の肩当てには一筋のラインが入り、腕部、脚部パーツにも同様のラインが刻まれている。

 二人ともデザインは似ているが、男の方は緑、少女の方は赤い鎧を着ている。この二人が男と若い女であるというのも、頭部パーツから覗く目元とその挙動・言動から判断できるもので、遠くから見ればそんな判別などできないはずだ。

『Дайте вверх!(止まれ!)』

 そこへ、二人と似た鎧を着た集団が到着した。色は黒を基調としたものだが、頭部にはアンテナのようなパーツはない。

『Допустимый предел сдачи, Gadget Armer!(大人しくし投降しろ!そこのGA!)』

 外部スピーカーが大音量で警告する。

 GA――ガジェットアーマー。

 二○二五年に日本で試作・開発された、電子装甲機兵。全高二・四メートル、重量一六〇キロの、人が操縦する機動兵器である。その名の通り、あの鎧は電子戦闘・情報戦に特化し、僚機とのデータリンクが可能で、米軍配備型においては監視衛星とのリンクによって離れた場所の状況を視認することもできる。単純な兵器としても高性能で、腕部には複数の種類の銃弾を装填可能な二門の銃身を備えている。背部や左腕にはオプションパーツ増設用の機構が据えられ、腰部左右及び背腰部スカートにはウエポンラックが存在する。背部中央には小型のスラスターが、足裏には収納可能な高機動用ローラーが装備され、機動力も申し分ない。熟練者になれば、警察の白バイを撒くことすら容易な機動力と、装甲車を破壊できるほどの火力を持つ、強力な機甲兵器となるのである。ガジェットアーマーは現在世界各地で配備されている。アメリカや日本では最新型の第三世代型GA〝デュランダル〟が使用されているが、ここ中東を始め、アジア諸国、南米では第二世代型GA〝グレイブ〟が一般的である。他にも第一世代型GA〝ベイオネット〟が存在するが、〝ベイオネット〟は機動力に劣り、電子兵装も貧弱なため、警察の機動隊に配備され、鎮圧用にカスタマイズされたものが多い。

 今展開している黒いGAは、計三機。世界中にGAは広まっているものの、中東諸国では配備状況もよくはない。現に、三機のうち二機は第一世代の〝ベイオネット〟であるし、唯一の第二世代型である〝グレイブ〟も、かなり年季の入った中古品だと一目でわかる。

 しかし、キルギス側のGAオペレーターに不安などなく、むしろ敵を舐めていた。形状は〝デュランダル〟に似ているが、詳細は違っている。なにより、緑と赤の機体には武装が見当たらなかった。右腕はもちろん、追加装備があるようにも見えない。これではいかに最新型といえど、攻撃のしようがないではないか。

 キルギス兵は、彼らが『どうやって』燃え盛る家屋や破砕された道路を作り上げたのか、その理由を深く考えなかった。

『ハハハハハッ』

 赤い機体から、笑い声が洩れた。まだ幼い声だ。

『Я убил бы вас.(死んじゃえ)』

  少女は流暢なロシア語で語る。赤い機体が腕を上げ、黒い三機へと向けた。

 それがなんらかの攻撃の予兆であると感じ取った指揮官は右腕を上げ、装備された二連装一四.五ミリ機銃による射撃体勢を取った。

『Готово!(構え!)』

 低い男の声が部下に射撃体勢を取るように命じる。

 それに合わせるように、今度は緑色の機体が腕を上げた。すると、その指先にバチバチと放電現象が起こった。その瞬間――

『Что-то случалось!?(なんだ!?)』

 黒い三機のGAが、突然互いに衝突し、バランスを崩して倒れた。立ち上がろうとするが、それすら不可能で、まるで磁石になったように互いに離れることができなくなってしまった。

『蒸し焼きにしてあげる』

 赤い機体は翳した腕を振り、指をわさわさと動かす。すると、黒い三機の周囲にバチン、バチンと火花が散り始めた。

「あんまり酸素濃度上げちゃダメよ?」

 バイザーの中で、少女は誰かに向けて告げた。

『了解。最適値の七十パーセントにて計算』

 彼女の耳に、直接語りかけてくる、若い女性の電子合成音声。

「よし、わかってるじゃない」

 少女はその音声を褒める。少女が言い終えるのと同時、

『演算終了。データ、表示します』

「やっぱり〝ケラウノス〟は演算が早くていいや」

 少女は嬉々とした声で呟くと、拳を握り、肘を折り曲げ、頭の横まで持ってくる。

『Хорошо мимо.(さようなら)』

 最後にそう告げると、赤い機体の拳がパッと開かれた。

『Что-то случалось, оно!(なんだこれは!?)』

 キルギス兵は狼狽した。自分たちの周囲が、ガジェットアーマーが、一瞬にして燃え上がったのだ。紅蓮の炎が燃え上がり、黒い三機のガジェットアーマーは完全に立ち上る炎に呑み込まれてしまった。一般的なGA耐熱温度は約千二百度。しかし、炎の温度はその耐熱温度を優に超える二千度である。操縦するオペレーターにもその熱は伝わり、鉄をも溶かす灼熱にさらされた兵士たちは、阿鼻叫喚。チタン合金のフレームも、炭素繊維強化プラスチックC F R Pと超ジェラルミン、炭素鋼を用いた一次から三次装甲までが瞬く間に融解し、内部の回路や配線などとうに焼き切れ・断線し、もはやガジェットアーマーなど肌を焼き、中身を処刑するだけのファラリスの雄牛と化していた。

 まさに地獄絵図。キルギス兵の語るものはもはや言葉ではなく、ただの激情と恐怖に駆られた負の感情の螺旋。そこに意味はなく、あるのはただ感情のままに吐き出される、この世の不条理を呪う、悲鳴という名の呪詛。

『悪趣味だな』

 緑のアーマーの男が、赤の少女に呟いた。

『べっつにぃ~?だって、綺麗じゃない。青や白もいいけど、やっぱり炎っていったら紅蓮じゃない?赤とオレンジの境界ていうか、その中から逸脱するように存在感を表すあの独特の色。あれを見てると、すごく楽しくなっちゃう』

 嬉々として語る少女は、もう悲鳴すら聞こえない黒いGA、未だそこに燃える紅蓮の炎へ心奪われるように、見惚れていた。

『レコードは終了した。早々に引き上げるぞ。デモンストレーションには充分だろう』

 男は冷静な声で、特に少女に対して何を言うわけでも、思うわけでもなく言う。

『こちらでも演算の速度は良好だ。所長にもいい報告ができそうだな』

『そうだね』

 外部スピーカーを介し、二人は満足げに語る。

『あたしらAAAランクの実力、改めてわかっただろうし』

 バババババババ、と上空から空気を掻き分ける音がする。それは、機体前後にローターを持つ、褐色のヘリコプターだった。

『ちょうどいいタイミングだ』

『早く戻ってシャワー浴びた~い』

 二人はヘリコプターに乗り込むと、機体が上昇、この空域を離脱していった。

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