第3話
すると、門前には長身と短身の二人の男がスーツ姿で立っていた。二人とも身長に差はあっても、がっしりとした体つきであることが服の上からでもわかる。しかもサングラスをかけているせいで、香奈美は思わず足を退いてしまった。まるでどこかのマフィアみたいに見えてしまったからだった。
「夜分恐れ入ります」
長身の男が話し始め、香奈美は門扉まで降りていった。不用心だとは思ったが、男の声はあくまで丁寧で、礼儀正しいものであった。怪しくはあったが、一応の対応をするべきだと思っての行動だった。
「どちらさまですか?」
「申し遅れました。わたしたちはこういう者です」
差し出される一枚の名刺。
『福島総合科学研究所 管理部一課主任 岡崎謙三』
「ここってたしか、お母さんの……」
「なにか?」
「あ、いいえ。ところで、何か?」
名刺を渡した男、岡崎は芯のある太い声で告げた。
「男の子を探しているんですよ」
そう言って差し出されたのは証明写真のように背景になにもない、無表情で写る歳のころ十二、三の少年だった。
間違いなく、現在家にいるあの少年だった。
「迷子でしてね」
(嘘だ)
香奈美は直感でそう思った。まずもっておかしい。なぜ迷子の子を研究所の人間が探しているのか。なぜ警察ではなく、研究員が。何より、眼前の男たちからは何か嫌なものを感じてならない。
「家族の方も心配してらっしゃる。どこかでこの子を――」
「知りません。見たことないです」
香奈美はすぐにそう返答した。
すると、岡崎の隣にいる男が一歩踏み出して言った。
「本当か?本当に見てないんだな」
香奈美は嫌悪感を露にして言い返す。
「なんなんですか?」
「失礼」
岡崎はもう一人の男を手で制しながら香奈美に告げた。
「申し訳ない。夜分失礼いたしました。わたしたちはこれで」
男二人は門から離れていった。そして、道の反対側に停めてある黒塗りの乗用車に乗り込んでいった。
(あんなの、停まってたっけ?)
疑問に思っている間に、男たちを乗せた車は夜の闇に吸い込まれるように消えていった。
「おまたせ」
香奈美がリビングに戻ると、和人はテーブルの上に突っ伏したまま寝息を立てていた。
視線を下げると服の間から見える細かな切り傷が痛々しかったが、その寝顔はとても幼く、安らかだった。
思わずくすり、と笑みが零れてしまう。
「疲れてたのかな」
しかし、そう安堵してもしてもいられない。この子は一体誰なのか?なぜこんな傷だらけの満身創痍になってまでここまで来たのか。なぜ、あの男たちはこの少年を探しているのか。正直、よくわからない。
とりあえず、和人をこのままの状態で寝かせておくわけにもいかない。香奈美は毛布を持ってくると、和人をソファーまで移動させた。必然的に引きずる形となったが、それでも和人は起きなかった。
なんとか和人の体をソファーに寝かせると、その上から毛布をかけた。これで風邪を引いたり寝起きに体が痛い、なんてことには……、まあソファーに寝かせるのもどうかと思うが、椅子に座ったまま寝るよりはいいだろう。
「ふわ~あ~ぁ~……」
つられて、異様に香奈美も眠くなってきた。しかし、香奈美自身もこのまま眠るわけにもいかない。
軽くシャワーだけ浴びて、髪を乾かし、すぐに寝ることにした。
現在時刻九時三十分。香奈美にとって、小学生以来の早寝となった。
同時刻、某ビルの地下駐車場に黒塗りの乗用車が停まっている。運転席には長身の、助手席にはそれよりも背の低い男が座っている。
「ほんと、どこ行ったんでしょうね。あのガキは」
「警察のデータを見る限り、少なくとも家出少年の保護はないようだ」
「つまり、どっかに隠れてるってことですよね」
「そういうことになるな」
「でも、一体これ以上どこを探せば……。佐倉の家にはいないみたいですし」
「ああ。やつが頼るとすればそこしかないはずだ」
長身の男は懐からタバコを取り出して咥えた。
「この街を調べ尽くせ。やつの存在が世間に知られる前に、捕獲しろ」
「しかし、これだけ探してもいないんじゃ……」
男はライターを取り出して火をつけた。
「間違いなくこの街にいるさ」
「なんでそこまで言いきれるんですか?」
ふー、と煙を吐きながら、長身の男が答えた。
「求めてるのさ。母親の温もりってやつをな。さて、そろそろ出るぞ」
黒塗りの車は走り出し、駐車場を出て国道へと抜けていく。その最中、長身の男は背広の内ポケットから携帯電話を取り出して電話をかけた。
「あ、どーも。いえ、まだですが。その件に関してちょっとお願いが。ええ、その通りです。とりあえずVB―06あたりを使おうかと思います。ええ、わかってますよ。最優先が捕獲。無理なら処分。ええ、お任せを。では」
黒塗りの車は三車線の道路を駆け抜け、夜の深淵の中へと消えていった。
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