第4話 出会いがあれば別れもあるのか、どうか

「今日の内に、大浴場へ行って。タイミングは私が指示するから」


 明日には帰るという、夜になった時点で、そんな事を彼女が言ってきた。宿の大浴場には入った事があるけど、それは両親に連れられてきた高校生の時だ。入浴するのは、それ以来となる。


「そして、その時には私のマンガ単行本を持ちながら、廊下を歩いて。それで貴女は幸せになれるわ」


「どうしたの、急に。意味が分からないよ」


「いいわ、説明してあげる。ただ納得できても、できなくても、指示には従ってもらうからね」


 真剣な眼差まなざしだった。部屋の中で見つめられて、私は大人しく、彼女の言葉を待つ。


「……今日、一緒に入浴した時、私が言ったでしょう? 『私達が出会ったのって、運命だったのよ』って。あれは多分、半分くらいは、事実じゃないの。私達が宿で出会ったのは、無意識に、私が貴女を引き寄せたからなのよ」


「……どういう事?」


「ほら、私って、一応はヒットしたマンガ家だったじゃない。そういうインフルエンサーというか、影響力を持った人間が幽霊になると、信者ファンに取っての神様みたいな存在になっちゃうのよ。文字もじどおりのね。そして私は、意識しなくても、信者の運命に影響を与えちゃうんだと思う」


 まだ良く分からない。そんな私に、彼女が問いかけてきた。


「貴女が高校生の時、この宿に来たよね。あの時、貴女は旅行先の決定に、口を出した? そもそも私が、この宿を利用していたと知ってた?」


「……ううん、知らなかった。旅行先を決めたのは両親だし、貴女が何処で原稿を描いてたかなんて、公表されてなかったから知らなかったわ」


「でしょう? そんな貴女が高校生の時、私の単行本を持ちながら宿の廊下を歩いてたのよ? それは偶然じゃなくて、私が貴女を引き寄せたの……半分くらいは、貴女の方が私を引き寄せたのかもね」


 万有ばんゆう引力いんりょく、という用語を私は思い浮かべた。天に浮かぶ孤独な星々ほしぼし。その星も、他の存在を求めて、互いに引き合って存在している……そんな光景が浮かんだ。


「……いい事じゃない。私も貴女も、言ってしまえば、ぼっち仲間だもの。そんな私達が求める事って、究極的には一つしか無いわ。『自分の事を、本当に理解してくれる人とめぐいたい』。ただ、それだけよ」


「そうね、全く、その通り。孤独な私達は、この宿で、会うべくして遭遇した。嬉しかったわ」


 何故、彼女は、こんな思い出話をするのだろう。まるで遺言ゆいごんのように。


「ところでね、私は分身ができるのよ。知ってるでしょう?」


「良く知ってるよ。そうやって、いつも布団の中で私をいじめてくるから」


「そんなにうらみがましい目で見ないでよ。それでね、私は一種の神様だから、沢山たくさん信者ファンつながってるの。そういう大勢の信者との繋がりは、私の分身が担当してるって訳。量子コンピューターが同時並行で問題を計算してるような感じかな。本体は、あくまでも貴女の前に居る私だけどね」


「難しい事を言われてもね、私には理解ができないから」


「私だって量子コンピューターには詳しくないから安心して。適当なたとばなしよ……それで、ね。勝手ながら、そういう信者の中から、貴女と相性が良い女の子を私の方で探させてもらったの。その子は今、この宿に泊まってるわ」


「……何それ。お見合いサービス?」


「まあ、そんな感じのもの。貴女が二泊三日の旅程を決めたのも、その子の両親が同じタイミングで旅行先に此処ここを選んだのも、私が操作したからなの。ごめんね、黙ってて」


「……何がしたいの? そんな事、私は頼んでない」


「言ったでしょう。私は、いつ成仏じょうぶつするか分からないの。だから私が世に居る内に、貴女には生きている人間と、きちんと関係を結んで幸せになってほしい。それを見届けたら、あるいはこころやすらかに、私は世を去れるのかも知れないしね」


 私は黙っていた。そんな私に、彼女が言葉を続ける。


「その子はね、マンガ家志望しぼうなのよ。私よりも才能があるんじゃないかな。貴女は自分の文才を否定するけど、私は貴女の小説が好きよ? 彼女がマンガを描いて、貴女がマンガ原作を書いても面白いと思うわ。とにかく一度、会ってみて」


「嫌よ! そんな、『私は成仏じょうぶつできるかも知れない』なんて言われて、納得できる訳ない! もっと私と一緒に居て!」


「駄目よ! ちゃんと言う事を聞きなさい!」


 手足の動きをふうじられる。取り憑かれている私は絶対、彼女に逆らえない。その手足は彼女に操られて、勝手に動き出した。


「そう。そうやって、単行本を持って……部屋を出て、大浴場に向かってね。いい子だから、言う事を聞いて。お願い……」


 泣きたかったけど、涙腺までコントロールされているのか、全く泣けなかった。歩調まで操られて、私は廊下を歩く。T字路の曲がり角で、その子と私は出会いがしらにぶつかった。


「あっ、すみません……」


 女の子があやまる。その子の前に、計算されたかのように単行本が落ちた。表紙を見て、女の子が驚きの声を上げる。


「星宮セリナ先生の作品! お好きなんですか、私も大ファンで! 私も名字が星宮なんです、偶然なんだけど、何だか運命みたいで嬉しくって……」


 私は彼女が今日、宿への帰り道でちがった少女なのだと気が付く。瞳が星のように輝いて見えて、いつのまにか私の体の拘束は解けて、少女と私はまたたに打ち解けていった。

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