第2話 来年も今年と同じ、となるとは限らない

「いい姫初めだったねー。また来年もよろしく」


 永遠とも思える体感時間だったけど、宿の夕食には間に合う内に解放されて、私はホッとした。私は基本的に、彼女に逆らえないけれど、本当に無理な事を彼女は押し付けてこない。私は幽霊の彼女にかれた状態で、頭の中も心の中も全てのぞかれている。彼女は私を都合よく操ってるのかも知れないけど、それでも私への配慮が感じられて、特に不満は無かった。


 ちなみに食事は部屋で、一人で食べる。今は感染症対策が必須だから、この方が望ましいのだろう。ぼっちの私は団体客と一緒の食事が苦手なので、ちょうど良かった。幽霊の彼女も生前、宿では常に一人で食べていたそうだ。


「それにしてもさ……ずーっと部屋で、一人で原稿を描いてたんでしょう? 寂しくなかったの?」


 宿の食事は刺身もローストビーフも美味しくて、大満足だ。仲居さんに夕食を片づけてもらった私は今、宿の自販機で買ったビールを部屋に持ち込んで、くつろいでいる。そんな状態で私は、宙に浮かんでいる彼女を見上げながら話しかけた。


「寂しいに決まってるじゃない。だから死後、貴女に取り憑いたんだからさ」


 そう笑う彼女は、私からは楽しそうに見えて、生前の彼女の孤独が今一いまひとつ実感できなかった。そんな私の頭と心は彼女から丸見えで、更に彼女は説明を続けてくれる。


「まあ、そうねー。早くから独りぼっちだったからね、私。両親が事故で亡くなって、祖父母から育てられてたけど、その人達も私が十代の時に世を去って。幸い、その前に漫画家デビューが決まったから、何とか生きていく事ができたって話よ。孤独には、わりと慣れてた」


 天涯孤独の身となった彼女は、決まった住まいを持たず、この宿に泊まる事が多かったそうだ。アシスタントも雇わず、宿で一人、原稿を描いていたそうで。過労死の原因は、その辺りかも知れないと私は思った。生前の彼女は年齢も本名も公開してないけど、二十代で世を去ったと伝えられている。


「……同情してくれるのは嬉しいけどね。そんなに悪い人生じゃなかったよ? 今はブームも去ったけど、生前の私には沢山たくさんのファンが居てさ。ファンレターなんかも凄かったのよ、どれも女の子からのハガキで。私も同性が恋愛対象だったから、嬉しかったなぁ」


 私の頭と心をのぞいた彼女が、思い出話を続ける。私は黙ってビールを飲んだ。食事や飲酒の感覚も彼女は共有できるそうで、私が食事をするたび、いつも幽霊の彼女は幸せそうな顔になる。


「……私の事より、貴女の事よ。今年は就職も決まってるんでしょう? いつまでも独りぼっちだと、私みたいになっちゃうよ」


「別にいいよ。だって、貴女が居るもの」


駄目だめ駄目だめ! 私は仕事で完全燃焼できたからいいけど、そんな人間って少ないと私は思う。誰かと一緒に暮らせれば、それに越した事はないのよ。それに……」


 それに、と言った後、彼女は言葉を切った。もう何度も言われている事なので、次に何と言うか、私には分かっている。そのまま私は言葉を待った。


「……それに、私だって、いつ成仏じょうぶつするか分からないし。私は生前に得られなかった同棲生活を今、貴女と過ごせて満足してる。死んだ身としては、これ以上は無いってくらい幸せな状況よ。そして、そんな状況が、いつまでも続くとは思えない。私が世を去るのはいいけど、その時、貴女が不幸だったら嫌なの……」


 ありがたいなぁ、と私は思った。好きな幽霊ひとから今、私は深く愛されて、そして心配されている。私の両親だって、こんなに深くは私の事を思っていないだろう。両親は私が同性愛者とも知らず、ただ結婚する事しか期待していない。


「……ねぇ。ちょっと早いけど、一緒に寝よう? 私の将来を早くから心配しすぎても、しょうがないよ。私は昔からで、貴女は責任を感じてるみたいだけど、そんな必要は無いからさ。貴女と出会わなかったら、何の思い出も無いまま私は独りで大学生活を終えてた。貴女が私に、素敵な愛をくれたの。その事を私は後悔なんかしてない」


 私は彼女を布団に誘う。これは私の身体を好きにしていいという意思表示でもあった。結局、私が彼女にできる事なんて、これくらいしか無い。


「……もう、しょうがないなぁ……まだ温泉にも入ってないのに」


 笑いながら、彼女は布団に入ってくる。たちまち、布団の中は異空間となって、その中で彼女は私に身を寄せながら話しかけてきた。


「でもね。私は貴女の将来について、考えてきたの。この旅行中に、貴女の運命を操作してみせるわ。出会いがあれば、人の運命なんて簡単に変わるのよ。それを貴女に教えてあげる」


 彼女が何を言っているのか、私には良く分からない。すぐに私は何も分からなくなって、唯々ただただ、彼女の手際の良さに声にならない泣き声を上げさせられ続けていった。

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