第三十四話 ヤマタノオロチ

 正直、期待以上だ。

 俺の想像を遥かに超える存在がいた。


「「「「ギャアアアアアァァアアアアアアアッッッッ!!!」」」」


 複数の頭から同時に放たれた咆哮に、ゾクゾクと身体が震える。

 相手も、やる気らしい。

 

 これは『威圧』。

 自分以外にこのスキルを使われたのは、100層のドラゴン以来だ。

 まさか、地上のモンスターが使ってくるとはな。


 久しぶりの強敵。

 いつの間に俺はこうなってしまったんだろうか。

 強者のみが持つ威圧に、恐怖ではなく興奮している。

 早く、戦ってみたい。

 これが武者震いってやつか。

 

「ビニーは気絶したか」


 あいつの威圧を受けたのだ。まだレベルの低いビニーなら耐えられなくて当然だろう。


「だが、コビンは平気なんだな」

「ん?」


 なんともなさそうに首を傾げて俺を見ている。

 妖精だからか?

 それとも……。

 

「コビン、ビニーと一緒に少しここで待っていてくれ」

「えっ?」

「近くにいると、少し危険かもしれない」

「……うん、わかった」

「いい子だ」

 

 2人にはここで待っていてもらう。

 もしも、戦闘になったら余波なんて気にしてられないからな。


「がんばってね!」

「おう」

 

 コビンに見送られながら飛び降りた。

 自由落下に身を任せて、底まで落ちていく。


 ……ここは、俺が死んだ場所だ。


 落ちていく感覚を今でも覚えている。

 避けることのできなかった死。

 

 ただ、今は全くそれがない。

 こんなことでは死ねないほど、俺は人間離れしてしまったらしい。


 これで、怪我でもしたら笑い種だが、それはないだろう。

 落下の衝撃が、ドラゴンにぶん殴られた衝撃に勝るとは思えないし。

 多分。


 一応、衝撃には備えておこう。

 万が一にも、怪我なんてしてる場合じゃないしな。


 今からドラゴン以上に巨大で強力な化け物とご対面しないといけないのだから。



 八岐大蛇……確かスサノオは頭全部に酒を飲ませて眠らせて倒したんだよな。

 あいにく、今はお酒なんて持っていないし、眠らせるなんて勿体ないことするつもりはない。


ズドン!!


 二本の足で、地面に降り立つ。

 案外、平気だったな。

 怪我どころか、痺れすらない。まあ、こんなことで怪我をしているようではドラゴンになんて勝てなかったろう。

 当然といえば当然だ。

 

 落下の衝撃で辺りに砂埃が舞う。

 じっと立ったまま、それが収まるのを待つ。

 その間、相手からの攻撃もなかった。

 

 しばらくして視界が晴れると、俺を8つの頭が睨んでいた。

 見上げると、やっぱりでかいな。

 それにやっぱり普通のモンスターじゃない。普通ならば、俺が降りて来た瞬間攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

 早速、戦闘を始めたいところだが、その前に確認しないといけないことがある。

 

「お前は、転生者か?」

「ギャアアアアァァァァアアアアア!!!!」

 

 返事は威圧だった。

 違うってことなのか、意味が通じていないのか。

 まあ、その場合、転生者である線は消えたとみてもいいだろう。どちらにしろ、やる気らしい。


 これは……早く戦おうってことで、いいよな?


「グガアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

 挨拶代わりに威圧を返しておいた。

 久しぶりの全力威圧だが、怯んだ様子はない。


 ただ、相手に俺の力量は通じたらしく。

 嬉しそうに、蛇の頭が笑ったように見えた。

 こいつも強い相手がいなくて、退屈していたのかもしれない。まあ、俺の勘違いかもしれないが。


 久しぶりに全力で戦える相手だ。

 俺も手加減はしない。

 拳を握り、構える。


「来いっ!」

「ギャアアッッッ!」

 

 巨大な蛇の顔が牙を見せながら、襲い掛かってくる。

 横に避け、隙の出来た頭に拳を振るった。


「ギギャッ!?」


 へぇ、かなり頑丈だな。

 レベルもかなり高いのだろう。

 全力で殴ったのに、首が繋がっている。ドラゴン並みかそれ以上と考えてよさそうだ。


 別の頭がもう一度噛みついてくる。


「何度やっても同じ……っ!」

 

 先ほどと同じように横に避け、全力で殴ろうとして、真上から更に別の頭が叩きつけられた。


「いってぇ……自分の頭を鈍器にするなよ」

 

 初っ端から、久しぶりにダメージを受けてしまった。

 だが、そう来なくてはわざわざ探した意味がない。


 まずは、この頭を退かせないとな。


「お……あっ!」

 

 自分を地面に押しつぶしている蛇の頭が退いたと思ったら、蛇の顎が降ってきた。

 咄嗟に横へ転がって避ける。


 危ない危ない。ハメ技喰らうところだった。死ぬほどじゃないが、連続で喰らったらやばかったろう。

 まるで複数の敵と戦ってる気分だ。事実、それに近い状況ではあるんだろうが。

 

 拳を握り構えた瞬間、八岐大蛇の首のいくつかが膨らんだ。

 直感に頼るまでもなく、後ろに跳んだ。

 

「ギギャッッ!」

 

 蛇の頭から液体が吐き出された。

 液体はそのまま地面に付着し、嫌な煙を上げながら地面を溶かしている。


「そんなの出してくんのかよ」

 

 大蛇と同じか?

 いや、それ以上の力は持っていそうだ。当たったらどうなってしまうのか、想像したくない。

 何より複数の頭から出してくるのが厄介である。

 だが、当たらなければ問題なしだ。


「あっ」


 空中に跳んでいるところに、別の頭の牙が迫っていた。

 まずい。


 避けられない。

 大きく口を開けた大蛇。

 俺は身動きが取れないまま、口の中へと食べられてしまった。

 

「あぶねぇな」

「ギギャッ!?」

 

 もう少しずれてたら、牙でブスリだったかもしれん。

 それは無事だが、耐えてる手がこいつの毒で溶け始めている。口の中まであの毒だらけか。

 腕力で上顎を強引に持ち上げ、そのまま口内から脱出した。


「食べられないように注意しないとな」


 溶けかけていた腕の皮膚が再生していく。


 距離を取っても、毒が飛んでくる。近づいたら頭や牙で攻撃してくる。

 しかも、それを複数の頭で行ってくるのだから質が悪い。

 

 八つの頭が絶え間なく俺をひねりつぶそうと殺到するのを、殴って弾き返したり、横に転がって避けたりしてやり過ごしていく。


 結構、全力で殴ってるんだがな。


 それでも、八岐大蛇の猛攻は止む気配がない。

 いや、止まってもらったら困るが。


「ぐっ!」

 

 

 蛇の頭に吹き飛ばされ、壁に強く体を打ち付けられた。

 久しぶりに、痛い。


 油断してたわけじゃないんだがな。


 流石に簡単には勝たせてくれないらしい。

 いや、このままじゃあ、勝てるかもわからないな。それだけの強敵だ。


「へっ」


 だが、それが嬉しい。


「いいな、お前ら」

 

 随分と楽しませてくれるじゃないか。

 今までの地上の相手は、弱い奴らばかりだったからな。ぬるま湯につかりすぎたな。


「お前らなら、このスキルを試すのに丁度いい」


 八岐大蛇は俺が何をするのか面白がるように攻撃の手を止めた。舐めているのか、俺との闘いを楽しんでくれているのか。

 

 早く見せてみろと、彼らの眼が雄弁に語っているみたいだった。


 どちらにせよ、期待されているらしい。

 いいぜ、とっておきを見せてやるよ。


 手に入れてから今までずっと、使う機会がなかったスキルだ。

 他の雑魚は使うまでもなかったが、こいつらなら。

 

 戦鬼化。

 鬼人になった俺が唯一手に入れた新しい力を開放する。


「ふぅ……」


 一瞬の静寂の後、全身が激痛に襲われた。


「ぐっ、ガアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 全身の細胞が燃えているみたいに熱い。


「はぁっ……はぁっ……!」


 痛みが消え、熱さだけが残っている。

 身体が変化した。

 気分が高揚し、力に溢れている。

 今なら何でも出来そうだ。

 

 これが、鬼人の力、戦鬼化か。


 恐れていた理性を失うこともない。

 これは、一時的な進化みたいなもんか? 感覚が、進化のそれに近い。それぐらい今までの俺とは、比べ物にならないほど力が上がっている。


 負ける気がしない。


「待たせて悪いな。やろうか」

「ギギャアアアアアッッッ!!!」


 複数の顎が俺を嚙み砕こうと、大口を上げて突っ込んでくるが、それをすべて、片手で払いのける。

 それだけで、八岐大蛇の巨体が吹き飛んだ。


「やべぇな、この力」

 

 強すぎる。

 狂化のように理性を失わず、それ以上のパワーアップだ。これなら、強敵が現れても狂化を使う必要もないだろう。強くなりすぎるという問題はあるが。


 気になるのは、これに狂化を重ね掛けしたらどうなるのか。


「いや、流石に怖いな」

 

 地上でそれをする度胸はない。

 力は今以上に上がるだろうが、目を覚ましたときが怖すぎる。

 ダンジョンのボス部屋で、俺以外に誰もいなければいいかもしれないが。


 この力が理性を失って地上で暴れたら、街1つぐらい消し飛ぶんじゃないか?


 それぐらい戦鬼化のパワーアップは異次元だ。

 だが、その代わり負荷がすごいな。

 長時間は持たないだろう。


「ギ、ギャアアアアッッッ!!!」


 まだ突っ込んでくるか。

 片腕で吹き飛ばされたのにまだ諦めていないのは、賞賛しよう。

 だが、悲しいかな、お前じゃもう俺に勝てない。

 

 こいつの動きが、全てスローモーションで見える。

 吐き出される毒も当たる気がしない。


「ッ!?」

「終わりにするか」

 

 振り下ろされた蛇の顎を強引に片手で掴み、後ろに投げ飛ばした。

 必然的に、首に引っ張られすべての首が繋がった体が俺の目の前へとやってくる。

 それを殴り飛ばす。

 巨体が壁に激突し、落下する。


「お前、どれだけ頑丈なんだよ」

 

 確実にドラゴンよりも強いな。

 だが、もう動けないらしい。すべての頭が力なく垂れさがっている。


 戦鬼化が強すぎたせいで、案外あっけなかった。この力がなければ、もっと苦戦しただろう。

 

 動けなくなり、倒れ伏す八岐大蛇に近づく。

 こいつは強い。他のモンスターと違い、理性もある。殺すのは、惜しい。


「最期に、もう一度だけ聞くが、転生者ではないんだな?」

「…………ギャア?」


 1つの頭から鳴き声が返ってきた。

 やはり、こいつに他のモンスターのような絶対的殺意を感じない。


 ただ、転生者ではない。

 

「そうか」


 こいつは強かった。

 どんな理由で伝説上の生き物が現れたのか知らないが、強力なモンスターを地上に残しておくわけにはいかない。

 いずれ、戦う相手を探して人間を襲うかもしれないから。こいつが暴れたら、学校にある結界ぐらい破壊してしまいそうだし。

 

「楽しかったぞ」

 

 拳に力を籠める。


「まって~!」

「ん?」

 

 頭上から聞こえたコビンの声に見上げると、小さな体でビニーを抱えながら降りてきていた。ビニーは気絶から目を覚ましたらしい。

 それはよかったが、どうしたんだ?


「おい、危ないだろう?」

「けどね、びにーがいいたいことあるんだって」


 言われて、ビニーがじっと八岐大蛇を見ていることに気が付いた。


「言いたいこと? こいつにか?」

「シュルルー」

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