第二十八話 レベル上げの成果

「プギィッ!」

「少し、大きくなったか?」

「シャ~?」


 手の上でとぐろを巻くビニーは、明らかに大きくなっていた。

 可愛らしく首を傾げている。


「服に入るのもきつくなりそうだな」

「シャー……」

「ブ、ブヒッ……」

 

 あら、落ち込んでしまった。蛇も項垂れたりするんだな。

 しかし、いつかは大きくなって入れなくなる日がくる。


「ほら、おいで」

「シャ~」


 その時が来るまでは、入れておいてやろう。

 どれぐらい大きくなるのかね。

 この子も、親の大蛇ぐらいになるのだろうか。

 正直想像つかないが、いつまでも小さいということはないだろう。

 

 最初は服の中が定位置になるとは思わなかったな。


「こびんはおおきくなるかなぁ」

「大きくなりたいのか?」

「うーん、わかんない」

「そうかぁ」

 

 俺はもう大きくなりたくないよ。

 今ぐらいの身体のサイズが俺には丁度いい。

 

「お待たせっ、待った?」


 オーガだった自分に想いを馳せていたら、腰に剣を差したお姉さんがやってきた。

 

「いや、今来たところだ」


 別に今来たわけじゃないが、こう答えないといけない気がした。

 様式美ってやつだ。多分。


「……あんた、何の上に立ってるの?」

「え、オークだけど?」

「ブヒィ! ブヒィ!」


 俺の下でジタバタ暴れているオークを、片足で頭を踏みつけて押さえていた。

 鳴き声は鬱陶しいが、どれだけ暴れても俺にダメージはない。


「ああ、そうですか」


 なんで急に敬語?

 

「会ってから探していたら遅いからな。襲ってきたのを一匹捕まえておいた」

「やまとって本当に頭おかしいのね。忘れてたわ」


 おかしいのは頭じゃなくて、俺の筋力だ。


「さて、いきなりで悪いがこいつと戦ってもらう。準備はいいか?」

「本当にいきなりね。けど、いつでもオーケーよ!」


 剣を抜いて構えたのを見て、押さえつけていたオークから飛び退く。

 コビンを右手で包み込むのも忘れない。


「ブヒィ!?」


 解放されたオークは、俺とかなえさんの間で立ち往生している。

 そして、少しでも敵う相手を選んだらしく、かなえさんに飛び掛かっていった。

 俺に掛かってきたらどうしてやろうかと思ってたぞ。

 

「はあっ!」


 かなえさんとオークの戦いが始まる。

 踏みつけてただけで、ダメージは与えていないから元気いっぱいだろう。

 

 勝負は五分五分ってところか。

 剣と棍棒の打ち合いが続く。

 オークの棍棒を剣で逸らし、かなえさんが懐に入るが、オークは巨体に似合わぬ俊敏さでバックステップしてそれを避ける。


 今度は、かなえさんから斬りかかり――。


「気になるのか?」

「シュルル〜」


 珍しく服から顔を出したビニーがオークとかなえさんの戦闘を眺めていた。

 そういえば、この前ビニーのレベル上げをするって言ったときも乗り気だったな。

 その話は何回かやっただけで有耶無耶になってしまったが。

 ビニーも強くなりたいのかもしれない。


「そうだな……これからは俺がモンスターと戦うとき、そいつに毒を吐いてもらってもいいか?」


 戦闘への関与は少ないから、貰える経験値は少ないかも知れないが、チリも積もればなんとやらだ。


「シャーッ」


 元気よく頷いている。

 そんなに強くなりたかったのだろうか。

 

「ビニーがデカくなる日も近いかもな」

「ッ!」

「あれ、ビニー?」


 物凄い勢いで服の中に戻ってしまった。


「戦わないのかー?」


 服の中でモゾモゾ動くだけで返事がない。

 もしかして、大きくなりたくなかったのか?


「お?」


 ビニーについて考えていたら、目の前で決着が着こうとしていた。

 直感がそれを知らせてくれる。


 オークには無数の切り傷が出来ていた。そして、かなえさんは無傷だ。

 かなえさんは一撃でも当たったら致命的だからな。

 傷はなくとも、神経をすり減らしながら戦っているから、疲労は相当溜まっているだろう。


「ぐっ……はぁ……はぁ」


 距離を取って呼吸を整えるかなえさんに、好機と見たのかオークが突っ込んでいく。

 

「お」

「はあああっ!」

「プギィ!?」


 一閃。

 棍棒を振り上げたオークの首をかなえさんの剣が両断した。

 オークの死体が消えていき、魔石だけが残る。


「勝て、た?」

「お前の勝ちだ。よく頑張ったな」


 1人でオークに勝てるようになった。

 途轍もない進歩だ。

 俺とのレベル上げにおいて、一つの関門を突破したことになる。


「本当に、勝てた。う、うわあああああああああん」

「おいおい、泣くなよ」

「あなたが、頑張ったなんて言うからよぉ……」


 俺のせいだっていうのか。

 だが、今ぐらいは良いだろう。


 この後、また戦うことになるけど。

 これから、オークに余裕で勝てるようになってもらわねばいかないのだ。

 

 まだ危なかったからな。

 次は安定して勝てるようになるまで頑張ってもらおう。


★★★


 最初の一匹以降は、レベルアップのお陰で力が上がったからか、オークを倒す時間がどんどん短くなった。


 レベルアップ、恐るべし。

 流石にオークばかり倒していて、後半はレベルが上がりづらくなっていたけどな。


 負けることは一度もなかった。

 助ける必要がないから俺はずっと見てるだけだ。


 彼女を学校へと送りながら、今日の成果を聞く。


「今のレベルは?」

「ついに20になったわ!」


 なにがついに、なのか知らないが。それはめでたい。


「どうだ? オークに勝てるようになった気持ちは」

「そうね。もっと……強くなりたいわ」


 いいじゃないか。

 オークを倒してレベル上げに満足してしまうんじゃないかと心配していたが、いらない心配だったらしい。

 

「お前が強くなりたいと願う間は俺も付き合ってやる」

「ありがとう。……ねえ」

「なんだ?」


 彼女が立ち止まったので、俺も止まった振り返る。


「そろそろ、お前なんて言い方じゃなくて、名前で呼んでくれないかしら」

「なんで?」

「なんでって、いつまでもそんな呼び方いやじゃないの」


 けどなぁ。

 お前呼びで慣れてきたから、いまさら名前で呼ぶの恥ずかしいというか。

 頭の中ではずっとさん付けで呼んできたから、名前で呼んだら咄嗟にさん付けで呼んでしまいそうなんだよな。


「考えとく」

「えー、なんでなのよぉ」


 とりあえず、頭の中で呼ぶところから始めよう。

 かなえ、うん。かなえ、うん。


「そう言えば昨日、変なこと聞いたのよね」

「変なこと?」


「ただの噂なんだけどね。なんか、ダンジョンの近くにすごく大きい魔物が現れたんだって」

「そんなのがいるのか?」


 大型のモンスターか。

 倒しに行ってもいいかも知れないな。

 久しぶりに歯応えのある敵と戦えるかも知れない。


「他の魔物とは違って、人間だけじゃなくて魔物も襲って食べるらしいのよ。そいつ」

「なんだって?」


 その話を聞いて、ピンときた。

 もしかして、そいつも俺と同じ転生者なんじゃないか?

 それなら、人間だけじゃなく魔物を襲うのも理解できる。


「あかねちゃんも見たことないって言ってたから、本当かは怪しいけどね」

「そうか」


 けど、確かめに行く価値はあるよな?

 

「あ、そうだ。明日はダンジョンに行かない?」

「は?」


 急に話が変わったな。

 それで、ダンジョン?

 レベル上げなら外でも十分だと思うが。

 外のモンスターも減らせて一石二鳥だし。

 

「それって、そのあかねが攻略してる場所か?」

「そうよ?」

「あー、なるほど。いやだね」


 あかねと鉢合わせたらどうするって言うんだ。

 いや、あかねだけじゃない。

 今の俺はモンスターなんだ。他の人間に会ったら不味いだろ。


「俺が付き合うのは、レベル上げまでだ」

「ちょっとぐらいいいじゃないのー」

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