第二十話 漫画のセリフ

「はぁ……」


 なんだか、めっちゃため息ついてる気がする。

 この女の人どうしようかな。


 俺よりも少し年上、大学生ぐらいか?

 服が破かれて色っぽい感じになってしまっている。

 世界がこんな風にならなければ、あんな世紀末覇者みたいな男たちに襲われることもなかっただろうに。


 不憫ではあるが、そんなの知ったことではない。


「おーい」


 ぐ、起きない。

 声を掛けながら肩を叩いても、反応なしだ。


 この人死んでんじゃねぇの?


 まあ、息はしてるけどさ。

 起きるまで待つか?

 

 勝手に助けたのにモンスターがいる場所にこのまま放置も出来ないし。

 俺の家に連れていくのも無しだろう。

 目覚めたら知らない場所ほど怖いことはない。


「このひと、どうするー?」

「そりゃ、待つしかないよなぁ」


 とりあえず、元々俺の部屋にあったぬいぐるみを枕代わりに頭の下に入れておいた。

 ついでに、商品棚にあった大きめのバスタオルも何枚か身体に掛ける。

 最近のコンビニは色々置いていてすごいな。

 

 待つしかないし、何かで暇をつぶすか。

 お、丁度いいのがあるじゃないか。陳列された大量の漫画たち。こいつらは持っていかれなかったんだな。

 レジに腰掛け、漫画雑誌を開く。


 これ、俺が死んだ週のだな。

 世界がこんな風になったのと、俺が死んだ時期は同じってことか。


 この漫画たちの続きももう読めないだろうな。

 非常に残念でならない。

 

「ぺーじすすめるのはやいよぉ」

「そうか? てか、字読めないだろ?」

「えのこと、みてるの!」

「そ、そうか」

 

 楽しんでいただけてるみたいなら何よりです。


 ビニーは漫画には興味がないのか、服の中から出てこない。

 偶に動いてくすぐったいが、もう慣れた。

 

 うわ、続きめっちゃ気になる終わり方するな、この漫画。

 どうしてくれるんだよ、続き読めないんだぞ。

 

 世界が元に戻ったとき書いてくれることを願うしかないのか。

 

「……ん……んん?」


 お?

 気絶していた女の人が身動ぎした。

 

 ここがコンビニで良かったぞ。

 彼女が起きるのを待っている間、暇すぎたからな。


「コビン、少しだけ服の中に隠れられるか?」

「ええー、すこしだけ?」

「ああ、すこしだけだ」

 

 読んでいた漫画雑誌を閉じて顔を上げる。


「目は覚めたか?」

「え、ここは……っ!」

 

 目覚めた女は、俺に気付いたのか警戒した顔で睨んできた。

 ま、起き抜けに俺がいたら警戒もするか。

 

「それじゃ、俺はもう行く」

 

 敵対したいわけじゃないが、仲良くするつもりもない。

 

 結局、魔物は来なかったな。

 お陰で集中して漫画を読め……まあ、誰かさんがいたから集中は出来なかったけど。

 

「あ、待って!」

「…………なんだ?」


 警戒していたんじゃないのか?

 まさか呼び止められるとは思ってなかった。

 この女の人も、角の生えたモンスターと一緒の空間にいたくはないだろう。

 

「守ってくれていたの?」

「勘違いするな。ここで漫画が読みたかっただけだ」


 ぐ、ツンデレみたいなこと言ってしまった。

 だが、守ってくれると思われてしまったら、あかねまで俺の存在が届いてしまうかもしれない。


「もう何もないな」

「あ、話はまだ――痛っ」

 

 立ち上がろうとした女が腕を抑えてうずくまった。

 恐らく、男たちに押さえつけられたとき痛めたのだろう。

 くそ。

 

「な、なに?」

「動くなよ」

 

 彼女の腕に向かって、今まで死にスキルと化していた治癒を発動させる。

 ホブゴブリンのスキルだから、人間に効果があるのかは知らん。

 

 治癒の光が当たって、手首の腫れはすぐにひいた。

 ホブゴブスキルすげぇな。

 

「これでもう行けるだろ」

「こんなことまで出来るのね……」

 

 うん、他に怪我はないな。

 

「最近、ここら辺の魔物が減ったのはあなたが原因?」

「知らないな」


 ドキッとした。

 やっぱり、俺がここら辺のモンスターを倒しまくってる影響は出てるのか。


 街を出ることになるのは案外早そうだな。


「あなたは何者なの?」

「見ての通りだ」


 鬼だ。


「あの男たちは?」

「さあな、どこかに行ったぞ」

 

 武器はアイテムボックスに回収済みである。

 

「ねえ、なんで助けてくれたの?」

「ただの……気まぐれだ」


 理由なんてない。

 

「聞きたいことはそれだけか?」

「え」

 

 早く帰りたい。

 あんまり話してるとボロが出そうだ。

 

「ま、まだあるわ!」

「お前……俺が怖くないのか?」


 鏡で見たとき、自分でも怖かったぞ。

 なぜか人間だった俺の面影は残ってはいるが、鬼の角が生えたモンスターだった。


 さっきの男たちもビビりまくってたし。

 威圧してたとはいえ、ほんのちょっとだ。

 あそこまで怖がらなくてもいいのに。

 

 

「怖くないわ。だって助けてくれたじゃない」


 む、さっきとは別の意味でドキッとしてしまったじゃないか。

 

「だからそれは、気まぐれだっていっただろ」

「私、1人じゃ帰れないわ」

「は? なら、なんでここまできたんだ」

「だって、こんなことになると思わなかったんだもの」

「う」


 ……それもそうか。

 戦力はあいつら任せだったのだろう。

 

 そういえば、あの男たちはどうなったかね。

 今頃モンスターに食べられていてくれると嬉しいんだが。

 

「途中までだぞ」

「っ! あなたって、優しいのね」


 ……ぐ。

 だって、死なれたら助けた意味がないじゃないか。

 

「いいから行くぞ」


 お願いします早く解放してください。

 もう何も喋らないからな。


 ただ護衛するだけ。


「その前に名前を聞いてもいいかしら?」

「……先に自分の名前を言うのが礼儀ってもんじゃないか?」


 おお、言いたかったセリフを言えてしまった。

 こんな機会中々ないからな。


 そして、言ってしまってから自分の失態に気付いた。

 

「私の名前は、かなえよ」

「…………」


 ぐ、欲望に従ったせいで言わざるを得ない状況になってしまったじゃないか。

 どうする。

 どうしよう。

 言うか?

 けど、言ったら、バレる可能性が。

 いや、名前だけじゃバレないんじゃないか?


「……ヤマトだ」

「良い名前ね」

「置いていくからな」

「ちょっと待ってよ」

 

 遭遇したモンスターを倒しつつ、進む。


「プギィ!」


 オークの首を蹴飛ばす。

 魔石はポケットにしまう振りをして、アイテムボックスへと入れる。

 力は隠した方がいいだろう。 


「あ」


 かなえさんが現れた魔物をみて、怯えたように後ずさる。

 お、ハイオークだ。


 珍しいな。

 というか地上で出会ったのははじめてだ。

 

 まあ、ダンジョンではたくさん戦った相手だし、一度はなったこともある。

 オークよりは強いが、負ける相手ではない。


「ふん!」


 跳びながら回し蹴りである。

 前世の身体能力なら出来なかったことだ。


 空中で反転して、逆の足を脳天に叩きつける。

 オークよりも少し大きい魔石を落として消えた。


「ふぅ」


 これもポケットにしまって、と。

 豚との遭遇率が高いのは気のせいだろうか。

 

「……やまとって、凄く強いのね」


 無視だ無視だ。


 学校にはすぐに着いた。

 早くこの状況から解放されたい。

 

「俺はここから先には行けない」

「え、どうして?」


 どうしてって。


「俺は人間じゃないからな」

「……ねえ、あなたみたいな魔物は他にもいるの?」


 それは俺も気になっていることだ。

 俺のようにモンスターに転生した人間。

 

「さあな」


 少なくとも、俺は今まで出会ったことがない。問答無用で襲い掛かってこなかったのはビニーぐらいだが、こいつは転生者じゃないだろう。

 

「あ、俺のことは誰にも言うなよ」

「わかったわ」

 

 素直だな。

 まあ、助かるが。

 俺の家族やあかねにバレるわけにはいかないからな。


「あなた、いつもあの辺りにいるの?」

「…………じゃあな」

 

 そこまで答えるつもりはない。

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