第十九話 これから。

 空が赤く染まっている。

 こういう時間になると家に帰りたくなるのは、鬼になっても変わらないらしい。

 夕日は動物の帰巣本能を刺激するとかなんとか。

 

 出てくるモンスターを倒しつつ、先ほどのことを思い出す。


 「そういえば、あの人たち魔法とか言ってたな」


 あかねの魔法の威力がどうとか。

 小さい頃から一緒にいるが、あかねに魔法なんて使えなかった。

 不思議な組織にも所属していなかっただろうし、超能力なんて使えない普通の女の子だった。


 それが魔法なんて使えるようになってしまったらしい。


「ん? そうか、魔法使いか……!」

「まほうつかい?」

 

 街中にモンスターが現れるような世界だ。

 俺以外の人間にも、ステータスが見えるようになっていても不思議ではない。

 それなら、あるはずだ。

 俺には空欄のまま取得できなかった項目。


 職業が。


 今まで、なんで俺には取得できないのか疑問だったが、職業は人間にしか取得出来ないんじゃないか?

 あかねたちにも不思議な力が使えるようになっているなら、危険なモンスターのいる街中を出歩いているのも頷ける。

 

「なるほどなぁ」

「まほうつかいってなにぃ?」

 

 となると、学校にあった結界は誰かの魔法か。

 

 この世界は、俺が思っているよりもファンタジーなものになっていたのかもしれない。


★★★



 あかねの姿を見てから3日が経った。

 結局、俺は自分の家に戻って暮らしている。


 荷物をすべて回収した自分の部屋だ。

 他の家のように壊れてもいないし、前世ずっと暮らしてきた家だから落ち着く。


 そこに、一度は回収したベッド置いて寝泊まりしている。


「なあ、鏡見て気付いたんだけど」

「ん〜?」

「これなに?」


 俺は自分の首を指差しながらコビンに聴いた。


「このタトゥーみたいなの」


 俺は、進化してから鏡を見るのを怖がっていた。

 だから、自分の身体の変化に気付かなかったのだ。

 

 しかし、そろそろ自分の姿を受け入れようと思い、意を決して見てみたら、鬼人の姿よりも首にある謎の紋様が気になってしまった。


 蝶が羽を開いている絵。

 バタフライタトゥーっていうんだっけか。


 鬼人になった影響、というのも考えたが、十中八九コビンだろう。

 蝶の羽のような紋様とコビンと会ったときにキスされた場所とが一致しているからな。


「しるしなの!」

「しるし?」

「やまとがどこにいてもいっしょなの!」


 ふむ、よくわからん。

 そう言えば、キスしてきた時もずっと一緒とか言ってたっけ。

 つまりどういうことだ?

 

「はいどーぞっ。あさごはん!」

「ああ、ありがとう」

「シャー」


 コビンが作った団子をビニーと2人で食べる。

 食料の確保とかしてきたが、もはやあれはオヤツだ。妖精団子で腹は満たされるし、何より美味しい。

 うむ、今日もうまい。


「これどんな効果があるんだ?」

「こうか?」

「これ」


 もう一度首を指差す。

 妖精のキスで出来たのが、ただのタトゥーってことはないだろう。


「それがあるとね、ずっといっしょにいれるの!」


 さっぱりわからんて。


 何回か質問してみたが、わかったことは少なかった。

 

 うーん、勝手に解釈するが、離れていても場所がわかるとか、そんな感じ?

 悪いことは無いってことでいいのか?

 まあ、実際に問題とかはなかったしなぁ。


 コビンも嬉しそうだし、消してとか頼むのはやめよう。


「それじゃ、ご飯も食べたし行くか」


 俺は、あの日から決めたことがある。


 モンスターになってしまった俺が、あかねに会うことは出来ない。

 

 だが、この街のモンスターを倒せば彼女の助けになるはずだ。

 このままここにいて、俺と彼女のいた街を守り続けよう。


 そして、この街からモンスターがいなくなったら、コビンとビニーと一緒にどこか遠くへ行こう。

 だから、人間と会わないようにしながら、モンスターを倒し続ける。

 

 大丈夫だ。

 俺は1人じゃない。

 コビンとビニーがいてくれるんだ。


 だから俺は、今日もモンスターを倒しに行く。


「今日は、ビニーのレベル上げをしようと思う」

「ビニーの?」

「シャー?」

 

 うむ。

 ずっと俺が倒し続けるだけじゃ二人も退屈するだろうし。

 

「ああ、それでまずは、モンスターを倒してレベルが上がるのかを確認したいんだ」


 レベルが上がればビニーも強くなるし、上がらなければモンスターにレベルシステムはないってことになる。

 

「ビニーも強くなりたいよな?」

「シュルル~!」

 

 やる気になってくれたらしい。

 俺と同じなら、レベル10かそこらになったら進化するかもしれないし、それも楽しみだ。

 

「こびんは? こびんは?」

「コビンは攻撃の手段がないからなぁ」

 

 ビニーには牙や毒があるんだが、コビンにはそれがない。

 将来的に大きくなることが確定しているビニーと違って、コビンはずっとそのサイズのままだろうし。


「こびんもたたかえるもん……」

 

 しばらくごねていたが、明日はコビンの番という約束をして許してもらえた。


 探すのは、ビニーの毒でもダメージが入りそうな奴。

 といっても大抵のモンスターなら大ダメージだろうけど。


 道を、一匹のゴブリンが歩いていた。

 

「俺がゴブリンに近づいたら袖の中からあいつに毒を飛ばしてくれ。とどめは俺が刺す。」

「シャー」


 いわゆるパワーレベリングだ。


「今だ!」

「グギャアア!?」


 顔に毒がかかってのたうち回っているゴブリンを踏み潰す。

 これを何回か繰り返していれば、レベルが上がっているかわかる日が来るだろう。

 気長に繰り返すしかない。

 俺からはビニーのステータスがわからないからな。

 



 それを何度か繰り返していた。

 戦いの手を止める。


「コビン、人だ」

「……」


 コビンが両手で口を抑えて頷く。

 今まで何度も外で人に遭遇したときのシミュレーションはしてきたのだ。

 別に口を塞ぐ必要はないんだがな。


 俺らの方針は静かに隠れてやり過ごす、だ。

 

 しかし、あかねたちのときを除いて、実際に会ったのは今回が初めてだ。

 あの集団の中にあかねはいないみたいだな。


 そこは一安心だ。

 けど、奴らは何をしに来たんだ?

 そこが問題である。

 

 ここら辺は俺の家の近くだ。

 もしかして、俺の存在がバレたのだろうか。

 片っ端から魔物を倒しまくってるから、人間に気付かれても不思議ではない。


「よし、隠れながらついていくぞ」

「…………!」

 

 コビンが口を塞ぎながら頷いている。

 あいつらがどこに行くのか、つけてみることにした。


 男が3に女が1か。

 パッと見、強そうなのはいないな。


 軽薄そうなチャラついた男たちが真面目そうな女の人に従って歩いている。

 こういう世界になると、色んな人達が協力し合っているらしい。

 うむ、良い事だ。


 しばらく進み、目的の場所についたらしい彼らが足を止めた。

 あそこは。


「シュルルー」


 ビニーが静かに鳴いた。

 あのコンビニは、大蛇が守っていた場所だ。


「ほ、本当にいなくなってやがる」

「けど、まだ近くにいる可能性もあるから油断はしないようにしましょ」


 なるほど、今まではビニーの親が守っていたから入れなかったが、いなくなったから中の食料を確保しに来たってわけか。


「なんでいなくなったのか分からないけど、好都合よ」


 ふむ、ただの杞憂だったらしい。

 俺の存在がバレたのかとビクビクしていたが、誰とも接触していないのだ。バレるはずがなかった。


 大蛇のいなくなったコンビニの調査に来ただけか。


 今日は外に出ない方がいいだろうな。

 ばったり遭遇なんてした日には目も当てられない。

 家に帰って静かに過ごそう。


 

「――今がどういうときなのか分かってるの!?」

「うるっせえな! 大人しくしやがれ」


 コンビニの中から聞こえてきた声に帰ろうとしていた足が止まる。

 

 今不穏な会話が聞こえてきたが、気のせいだよな?

 こんな場所で仲間割れか?

 

「黙ってりゃ気持ちよくしてやるからよぉ」

「いつモンスターがやってくるのかわからないのよ!」

「だから黙ってろよ」

 

 ああ、うん。


「俺たちだって溜まってんだよ。お互い助け合いだろ?」

 

 あれは、助けに入った方がいいだろうか。

 しかし、助けにいけば、俺の存在が奴らにバレる。

 それにあの女を助ける義理もない。

 

 安全を考えるなら、ここは見なかったことにして帰るべきだ。

 

 ただ、あれがあかねだったら、俺は迷わずに助けに行っていただろう。


「はぁ……」


 自分の性格が嫌になるな。


「おい」

「あ?」


 女を襲っていた男どもに軽めの威圧を発動する。

 威圧を掛け過ぎると動けなくなってしまうからな。


「ひいっ!?」

「ころ、ころさないでくれぇ!」

 

 前世の俺なら絶対に近寄らないようなガラの悪い男たち。

 だが、今の俺からは雑魚にしか見えない。

 

「殺されたくなければ、どこかにいけ」

「ひいいいいいっ!」

「待て」

「うぐっ」


 俺の横を通り過ぎようとした男の首を掴む。

 

「こ、殺さないでくださいぃ!」

「武器は置いていけ」

 

 持っていた斧を捨てたのを見て、手を離す。

 

「お前らもだ」

 

 残りの奴らにも武器を捨てさせる。

 俺が直接手を下すつもりはないが、こんな男どもをあかねのいる学校に戻る確率は少しでも低くする。

 それに、まともな集団なら女が証言すればこいつらの居場所はなくなるだろう。


 女と武器を残して、男どもが逃げ出していった。

 威圧を解除して息を吐く。


 鬼になって初めての人との会話は最悪なものになってしまった。

 だがまあ、戦いにならなくて良かったか。

 微塵も負けるとは思えないが、今の俺に人間と戦う覚悟はまだない。

 そんなもの、ずっとなくていいが。


「おい、お前も……」


 女は気絶して倒れていた。

 クソ。

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