第十八話 居場所

 新たに仲間になったビニー。

 コンビニを覆うように蜷局を巻いていた大蛇の子供だ。


 大蛇から生まれたとは思えないほど、小さく可愛いのだが。

 

「おい服の中はダメだって」


 ビニーが袖から服の中に入ってきて非常にくすぐったい。

 残念なことに出てきてくれる気はないらしい。

 

「ま、しょうがないか」


 蛇は変温動物って聞くし。小さいうちは、外だと肌寒いのかもしれない。

 噛んだりしない限り我慢しよう。

 とりあえず、ズボンの紐はきつく締めておいた。


「むぅ!」

「どうした?」

「こびんのことおろそかにしないでっ」


 疎かて。

 難しい言葉知ってるねきみ。


「あ、ビニーくすぐったいって」

「むー!」

 

 コビンちゃんどうやら不機嫌らしい。

 

 これは、あれか?

 妹が出来るって聞いて最初は喜んでたのに、あとになってお母さんが取られたって嫉妬するあれ。


 コビンもコビンで今日生まれたばっかりだからな。

 かまってほしいのかもしれない。

 

「大丈夫だってコビン」

「べつにいいもん」


 これは完全に拗ねてるな。

 

「コビンのこと疎かにしないよ」

「ほんと?」

「本当だよ」


 不安そうな顔で俺の前にやってくるコビン。

 

「こびんだいじ?」

「もちろん。ごめんな不安にさせちゃって」


 コビンの小さな頭を撫でる。

 その手にひしっと彼女が抱き着いてきた。

 

「こびんもわがままいってごめんね」

「そんなことないよ」

 

 よし、仲直りできたか。

 

「えへへ」


 嬉しそうに手に抱き着いてる。

 かわいいやつめ。


「っと、そろそろ学校が見えてくるはずなんだが」


 誰かいればいるだろうか。

 俺は地上に出てきてから、未だに一人も人に出会っていない。


 学校は一応、災害が発生した時のここら一帯の指定避難所になっている。

 まあ、今の状況にも当てはまるのかは疑問だが。

 

 モンスターの中には学校ぐらい平気で破壊しそうなのもいるからな。

 巨大な蛇しかり、俺しかり。

 

 けど、他の建物よりも誰かがいる可能性は高いはずだ。

 僅かな希望を持って向かう。

 

「あ?」

 

 首を傾げてしまった。

 あれ……どうなってんだ?

 

 先に進めない。

 

 学校はもう見えている。

 しかし、見えない壁のような物に阻まれてこれ以上先に行くことが出来ない。

 あと少しだっていうのに。


「どうしたの?」

「え」


 コビンは見えない壁の存在に気付いてすらいない様子で、壁の向こうへと進んだ。

 俺だけ進めないのか?


「シャー」


 いや、ビニーもだ。

 

 これはもしかして、結界ってやつ?

 

「コビンは先に進めるのか?」

「うん、すすめるよ?」

 

 恐らく、魔物は中へ入れないようになっているんだろう。

 妖精のコビンはいけて、俺とビニーが進めないってことは確定か。

 

 全力で殴れば壊せるかもしれないが、そのせいで中にいる人がモンスターに襲われたら責任取れないしな。


 こんなのがあるってことは、誰かが学校にいるとみていいだろう。


 それはまず朗報だ。


 けど厄介だな。

 中の様子が確認できないじゃないか。


「まじか」


 まさか、こんなものがあるとは想像してなかった。


「そういえば、俺って人間じゃないんだったな」


 身体が人間に近くなったから、忘れていた。

 今でも爪の鋭さやら立派な角は鬼のままなんだけどさ。


「やまとどうする?」

「あー、そうだな」


 このまま、ここにいてもどうにもならないしな。

 人がいることの確認ができただけで満足しておくか。


「今日は一旦引き返し――っ!」

「……収穫……たっすね」

 

 諦めて帰ろうとしたとき、背後から人の声が近づいて来ていた。

 

 人だ。

 よかった、人はちゃんといるんだな。

 

 急いで建物の陰に隠れたが、まだ気付かれてないよな?

 家族ならまだしも、知らない奴に姿を見られるのはまずい。

 

 武装した人の集団が、恐らく学校の方へ向かって歩いている。


「あれ、誰かいたように見えたんすけど。気のせいだったんすかね」

「気のせいだろ。ここら辺にはもう生き残りはいないはずだ」


 ギリギリセーフか。

 

「遠くから避難してきたのかもしれないじゃないっすか!」

「それこそ、ここにいる理由がないだろ。魔物でもない限り、誰でも勝手に入れんだから」

「えー、見間違いだったんすかねぇ」


 若い女と男が大きな声でしゃべっている。

 その集団の中にいたのだ。

 よく見知った顔の人が。

 

「あか――」


 彼女の名前を呼びかけて、なぜか咄嗟に自分の口を覆ってしまった。

 あかねなら、角が生えていようと俺だって分かってくれるはずだ。

 

「あれ、どうしたんですか?」

「今、誰かに呼ばれた気がした」


 あかねが立ち止まってキョロキョロしている。

 

「まじか。本当に誰かいたんじゃないか?」

「だから、言ったじゃないっすか。人がいたって」

「いえ、気のせいだったみたい」

「そうか?」

「ええ」


 歩きはじめたのを確認してホッと息を吐いた。

 

「あかねさん、さすがですよね。あの魔法の威力!」

「べつに」

「相変わらずクールなんだからもー」

 

 あかねたちは、そのまま話しながら結界の中へと入っていった。

 

 俺は、なんで隠れてしまったのだろうか。


「やまと、あのひとたちもういったよ? ……?」

「シュ~?」


 しばらく、そのまま隠れていたが、日が沈みかけているのに気付いて家の陰からでる。


 あかねは無事みたいだ。あかねが生きていることを確認できたのは素直に嬉しい。

 元気はなさそうだったが、1人ではなく仲間もいるみたいだ。

 

 彼女は今、俺ですら入れない結界の中にいる。

 かなり安全なはずだ。

 

 見えない結界に触れる。

 

 自分の黒く鋭い爪。

 頭には角も生えている。

 俺は、もう人間ではなくモンスターなのだ。

 この結界に入れないのが、何よりの証拠。

 

 それに俺がいきなり出て行ったら、彼女も驚くだろう。

 

 俺はもう、彼女の前で一度死んだ。

 ここにはいるはずのない存在。

 

 あかねも、家族だって、俺の死から前を向いているのかもしれない。

 いや、前を向いていくだろう。

 

「俺は、この世界にいてもいいのかな」

「やまと……」


 会うべきじゃない。

 そんな気がする。

 

「よしよし」

「コビン?」


 これは、抱きしめられているのだろうか。

 コビンが俺の頭を抱きしめながら撫でていた。

 

「大丈夫だよ。やまとは、いてもいいんだよ」


 慰めて、くれてるのか?


「こびんがいるもん。やまとがいないと、こびんがこまるもん」

「シュ~」

 

 首元から出てきたビニーも頭に巻きついてきた。

 二人とも、俺を元気づけようとしてくれてるんだな。

 俺が落ち込んでいたから。

 

「そうだな。今日は帰ろう」

「うん!」

「シャ~!」


 これからのことは、明日考えよう。


 今日は一度、家に帰ろう。

 もうそろそろ日も沈みそうだ。

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