第九話 10階層ボス

──────

『ヤマト』

 種族:ハイゴブリン

 レベル:1/30

 職業:

 スキル:暗視 治癒 アイテムボックス 直感

──────


 ぐっ、治ったか?

 無事に進化出来たみたいだな。

 いつかはこの身体が作り変わっていく感覚に慣れる日が来るのだろうか。

 

 

「…………グギャ?」


 少し身体が大きくなったな。

 あとの細かい変化は……小さい角が3本になってる。

 これがハイゴブリンの特徴なんだろうか。

 能力的には、力が増した感じはあるが、それだけだ。


 得たスキルは、直感か。

 あまり強そうなスキルでもないな。

 

 次の限界レベルは30か。

 どんどん伸びていってるな。


 進化する毎に、進化が大変になっていく。


 

 まあ、これでボス部屋に挑める。

 こんなに豪華な扉でボス部屋じゃなかったら拍子抜けだが、その時はその時だ。

 

 ゆっくりと扉を開けてみる。


 ほお?

 何も、いない。

 まさか、ここまで来て空き部屋だとでもいうのか?

 

 しかし、入らないわけには行かない。

 他に道はないし、この部屋に次の階層への階段があるはずだ。


 ここが最深部という可能性もあるが、それはない気がする。

 うん?

 これが直感スキルか?


 考えつつ、部屋に入ると、背後で扉が閉まった。


「グギャ!?」


 く、開かない。

 閉じ込められたか。


 部屋の中央で、魔法陣のようなものが光り出した。

 なるほど、ボスを召喚する魔法陣か。


 現れたのは、ホブゴブリンが一匹にゴブリンが二匹。

 いずれも木の棒のような武器を持っている。

 よし、一匹ずつ確実に仕留めていこう。


 俺はゴブリンに向かって走り出した。

 まずはゴブリンから。


「グギィ!?」


 ふん!

 俺の突進に驚いているゴブリンを全力で殴りつける。

 殴られたゴブリンは、壁にぶつかって消えた。

 まずは一匹。


 あー、脳筋だと自分でも思うが仕方ないじゃないか。

 俺だって異世界に来たら魔法とか使ってみたかったんだがな。

 無理なものは無理。


 次のゴブリンへと走り出す。

 ゴブリンを殴りつける直前、嫌な予感がした。スキル直感だ。


 直感に従い、右に転がる。


 すると、さっきまで俺がいた場所を火の玉が通過してゴブリンに当たった。


「グギャアアア!」

「グ、グギィ……」


 ゴブリンが燃えて火だるまになっていた。

 ホブゴブリンは悔しそうな顔をして俺を睨んでいる。

 

 は、もしかして、今の火の玉。

 ホブゴブリンが出したのか。


 おい、魔法か。それは。魔法なのか、それは!


 改めてよく見てみると、ホブゴブリンが持っている木の棒は杖に見えなくもない。

 ゴブリンにも魔法使いなんているのか。


 取り敢えず、燃えていたゴブリンにトドメを刺しておく。

 このまま死んだら俺に経験値が入らなそうだからな。


 よし!

 もう一発出してみろ!


「グギギ……」


 杖を振るって念じるように鳴いているホブゴブリン。

 俺も真似してみよう。


「グギギ……」

 

 あ、うん無理。

 何も出ないや。

 

 早々に諦めて観察していると、ホブゴブリンの前に火の玉が浮かび上がり、俺に飛んでくる。

 うおっ。


 横に転がって避ける。

 しかし、魔法の発動に少し時間がかかるんだな。


 それなら。


 殴った方が早い。


「グギャ!?」


 何かを念じているホブゴブリンに近寄って全力で拳を叩きつけた。

 そのままタコ殴りである。

 うん、ボス戦終了かね。

 ボスを倒したからか、部屋の奥に下へ降りる階段と宝箱が現れた。


 これで先に行けるってわけね。


 よし、まず宝箱を開けに――。


『出て……いけ』


 は?

 頭の中で声が聞こえた。

 俺じゃない誰か。


『出ていけ』


 声が少しずつ大きくなっていく。


『ダンジョンを出ていけ』


 聴いていると吐き気がするような声。

 ダンジョンを出ていけ?


『ダンジョンを出ていけダンジョンを出ていけダンジョンを出ていけダンジョンを出ていけダンジョンを出ていけダンジョンを出ていけダンジョンを出ていけ』


「グギャ……!?」


 なんだ、この声。

 

『出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ』


 絶え間なく、俺の脳内に直接声が送られてくる。

 くっ、頭が痛い。

 考えがまとまらない。

 立っていられずに膝をついてしまう。

 頭が闇に埋め尽くされるような感覚だ。


 

『人間を殺せ』


 は?

 

『人間を殺せ人間を殺せ人間を殺せ人間を殺せ人間を殺せ人間を殺せ人間を殺せ』

 

 人間に対する明確な敵意。


 どれだけ頭を振るっても声が止まない。

 この声は、俺に何がしたいんだ。何をしてほしいんだ。

 

『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』


 人間を、殺せ?

 そんなの無理に決まってるじゃないか。

 なんで、そんなことを言われないといけないんだ。


 ぐ。

 この声を聴き続けるのは、まずい。

 本能が、この声に従いそうになる。


 

『出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ』

 

 頭が埋め尽くされる。

 苦しい。

 自然と身体が声に従って、立ち上がる。

 

 意識が薄れていくのを感じる。

 

 俺が、俺でなくなる。

 身体が、ダンジョンの外へ出ようと、歩きはじめる。

 

 

 外に出て……人間を……殺す…………。

 

 

 今はただ、この苦しさから解放されたかった。


【それは、困る】

 

 刹那。

 暖かさに包まれた。


 頭の靄が晴れていく。

 ああ、助かったのか?


【大丈夫】


 頭の中を埋め尽くしていた声が止んだ。


【先へ、すすんで…………】


 先程までの悍ましい声とは、別の声。


 助けてくれたのか?

 もう頭の中には何の声も聞こえない。


 いや、怖すぎるが?

 どっちの声も急に出てきて意味がわからない。


 謎の声は言った。

 ダンジョンを出ていけ、人間を殺せ、と。


 俺を助けてくれた声は、進めと言った。


 

 この声を止めてくれたのがどこの誰なのか知らないし、別にその人の言うことに従うってわけでもない。

 けど、まあ、このまま外に出てたら、声に従って人間を殺してたかもしれないしな。


 なら、進ませてもらおうじゃないか。

 元からそのつもりだし。

 

 ふう。

 けど、なんか一気にドッと疲れたような気がする。

 身体がじゃなく、精神的に。


 ゆっくり宝箱開けて休ませてもらおうか。

 そんで少し休んだら先に進もう。

 

 あの声のせいで、この宝箱も放置して行くところだったぞ。

 許すまじあの声。


 流石に罠もないだろうし、直感スキルでも何も無さそうだ。

 遠慮なく開けさせてもらおう。

 さてさて、中身は何かなっと。


「グ……ゲ?」


 入っていたのは、赤い布だった。

 布?


 綺麗な生地だなぁ。

 けど、何の布なんだこれ。


 持ち上げてみて、ようやく分かった。

 あ、これふんどしだわ。

 いわゆる、赤ふんである。

 

 おいおい、なんでこんな物が宝箱の中に入ってんだよ。

 詐欺である。

 一層目の宝箱の中身がアレだっただけに期待してしまったじゃないか。


 これは、身につけた方がいいんだろうか。


 確かに進化して腰布がキツくなってきてはいたが。

 一応、履いてみた。

 履き方はこれで合ってるんだろうか。


 うん、自分で言うのもあれだが、似合ってるんじゃないだろうか。


 おっと、そういえばボス倒してレベルは上がったかな。

 まだ確認してなかった。



──────

『ヤマト』

 種族:ハイゴブリン

 レベル:2/30

 職業:

 スキル:暗視 治癒 アイテムボックス 直感

     炎熱無効

──────


 おー、レベル上がって……え?


 スキル欄に見覚えのないスキルがあった。

 その名も、炎熱無効?

 え、無効?

 俺って炎とか効かなくなったってことで大丈夫かね。


 なんでこんなスキル持ってるんだ。

 いや、心当たりは一つしかないけど。


 ついさっき身につけた赤ふんである。


 えーと、試しに脱いでみるか。

 けど、これ履くの面倒くさいんだよなぁ。

 

──────

 スキル:暗視 治癒 アイテムボックス 直感

──────


 想像通り、赤ふんを脱いだら例のスキルは消えた。

 もう一度履くと、スキル欄には炎熱無効が表示されている。


 これでわかったことは、アイテムの中にはスキルを付与する装備があるってことだな。

 便利なアイテムがあったもんだ。

 いや、他人事じゃないんだが、これこんな宝箱なんかに入ってていいの?

 履くだけで炎が効かなくなるなんて強すぎないだろうか。


 いや、強すぎる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る