外伝 ホウリの冒険

 空からは横殴りの雨が激しく打ち付け、海が荒々しくうねっている。崖から見る海は来るものを中に引きずり込み二度と外には返さない化物の様に見える。

 何年かに一度起こると言われている嵐の中、俺は今親父に連れられて海のそばにある崖に来ていた。そして、刑事ドラマの犯人の如く親父に追い詰められていた。

 刑事服を着た親父が拡声器を使って俺に話しかける


「犯人に告ぐ、無駄な抵抗は止めなさい」

「うるせぇよ!ここに連れてきたの親父だろ!なんで俺が逃げてここに来た感じにしてんだよ!」

「ノリ悪ぃな。そんなんじゃこの先思いやられるぞ?」

「んな事はどうでも良いんだよ!とりあえずこの状況を説明しろよ」

「それもそうだな」



 そう言うと、親父はポケットから金色に光る何かを取り出す。



「チャラララッチャラーン、『どこかにコイン(ダミ声)』」

「何でDえもん風!?」



 俺の言葉を無視し、親父はコインを俺に向かって弾く。

 俺が何とかキャッチしたのを見ると親父は口を開いた。



「そのコインはな、ここではないどこかに移動したいと強く願うとコインの半径100km以外の場所にワープする。もちろん、地球上のな」

「つまり、必ず遠くに移動するってことだな。で?これを渡してどうするんだ?」

「そのコインを使ってワープしてさっき居た町まで戻って来い」

「わかった。さっきの町まで戻るんだな。制限時間は?」

「特に設けないがなるべく早く帰ってこい」



 案外簡単そうだ。地球の裏側に行ったとしても1週間位で戻ってこれるか?

 俺がそう考えていると、親父が微笑みながら近づいてくる。嫌な予感しかしない。



「まさか、そのまま使えるなんて思ってないよな?」

「……は?」



 抵抗する間もなく親父は俺を投げ飛ばした。



「それじゃあ、頑張れよ〜」

「おやじぃぃぃぃ!?」



 親父の気の抜けた声とともに俺は海面へと落ちていく。

 あの野郎何考えてんだ!?こんなの死ぬに決まってるだろ!?

 嵐の中、荒れ狂う海に投げ出された俺は抵抗もままならず海に飲み込まれた。

 飲み込まれた俺は洗濯機の衣類のごとく上下左右あらゆる方向に流されていく。もはやどこが上かわからなくなるほどの激しい海流に流されていく。

 このままじゃ本当に死んじまう!早くワープを……

 次の瞬間、背中に強い衝撃が走り思わず息を思い切り吐いてしまった。後ろをチラリと見てみるとゴツゴツした岩肌が見えた。どうやら岩に叩きつけられたらしい。

 このままじゃマズイ……思考が……もう…………

 死を覚悟した俺の頭に今までのことが走馬灯の様に駆け巡る。



・後ろから岩に追いかけられる俺を見ながら笑っている親父

・檻の中で3頭の虎と格闘している所を大笑いしながら見ている親父

・弾丸の雨を必死に避けながら逃げている俺を爆笑しながら見ている親父

・命がけのギャンブルのなか後ろでニヤニヤ笑いながら見ている親父



 ……親父を殴るまで死ねねぇ!!必ず生きて親父をぶん殴ってやる!!

 俺はコインを握りしめて強く念じる。

 ここではない何処かへ!

 瞬間、コインが光り少しの浮遊感を感じたところで俺の意識は途絶えた。




☆   ☆   ☆   ☆




 鳥の鳴き声や獣のうめき声、風で木々が揺れる音があちらこちらから聞こえる中で俺は目を覚ました。



「ゴホッ、ケホッ、ひどい目にあった。まずはどのくらい気絶していたかとここはどこかの把握からしないとな」



 気絶していたじかんはお腹の空き具合などから判断して40分くらいみたいだ。獣に襲われなかったのは幸運だった。

 場所は周りにある木の種類から、南米辺りのどこかに飛ばされてきたみたいだな。詳しい位置は星の位置から判断したいが道具が無いな。何とかなるか?



「とりあえず、食料確保しながら移動だな。人が見つかれば一番良いのだが……」



 俺が思考を巡らせていると、突如草が大きく揺れはじめた。同時に何者かの気配を感じる。

 気配の数は一つ。大きさは俺より少し小さいぐらいだ。虎などの猛獣とは考えにくいが一応、逃げられるように構えておく。

 草の揺れが徐々に大きくなり、隠れていた者の姿が現れる。

 そいつは手に鋭い槍を持った男の子だった。俺は構えを解かず男の子に英語ではなしかけてみる。



「こんにちは」

「……こんにちは」



 話し慣れていないようだが、一応言葉は通じるようだ。俺は少し安心しながら、男の子に話しかける。



「実は眠っている間にここに置き去りにされたんだ。町とかに行きたいんだけどどこにあるか知らない?」

「……どういうこと?」



 そりゃ分からないよな。たとえ、英語に慣れているやつでも今の返しをするだろう。 

 どうやって伝えたものか頭を捻っていると男の子が話しかけてきた。



「俺、部族、住んでる、集落、ある、あっち」

「集落があるのか。本当に?」

「『ルルブ族』ウソつかない」



 ルルブ族ね。なるほどなるほど。

 俺は男の子についてきて欲しいとジェスチャし森の中に入る。男の子は律儀に俺の後をついてくる。

 俺は手頃な蔓を見つけるとより合わせてロープを作り始める。その様子を見て男の子は俺に尋ねる。



「なにしてる?」

「ちょっと入り用でね。これ作ってる間に聞きたいことがあるんだけどさ」

「なんだ」

「まずね」



 それから小一時間、俺は男の子に質問し続けた




☆   ☆   ☆   ☆




「なるほど、君の名前は『ロック』で、ここは『ニゲル』国か」



 南米にある『ニゲル』。確か、『ココルヘ』と言う大きな街があったな。そこに行けば親父がいる街まで船で行けるはずだ。

 俺は長短1本ずつ作ったロープを手に取る。短い方の両端に石を縛り付け、長い方には片方にだけ縛り付ける。

 それらを持って俺はロックに軽く頭を下げる。



「ありがとう、助かったよ。じゃあ俺はこれで」



 俺が立ち去ろうとすると、ロックが腕を掴んで俺を引き止めた。



「俺たち、お前、もてなす、集落、こい」

「いや、いいよ。時間もないし移動しないといけないしさ」

「いや、お前、集落、いく」



 話を聞いて貰えそうにないな。

 俺は一つため息を吐く。



「わかった。だがその前に一つだけ聞いていいか?」

「なんだ?」

「あれを見てくれ」



 俺は遠くの木を指差す。ロックは目を凝らして木を見ている。



「あの木か?」

「違う、もっと遠くのやつだ」



 ロックは目を細めながら必死に遠くを見つめる。



「どこだ?おい」



 ロックが再び後ろを振り向いた時



「な!?」



 俺は跡形もなく姿を消していた。




☆   ☆   ☆   ☆





 ロックを撒いた後、俺は慣れない森を全力で走り抜ける。理由は唯一、あいつ等に捕まらないためだ。


 

「くそっ!あの部族の近くにワープなんて運が悪すぎる!」



 『ルルブ族』、この部族の特徴として、高い身体能力が挙げられる。3〜4mは軽々と跳び、一殴りするだけで虎が死ぬ。その明らかに異常な身体能力は集落の御神体に関係がある。

 その御神体の効果は集落のものが仕留めた生き物を食べたときに発揮される。その効果とはその者の身体能力を上げるというものだ。だが、鳥や獣では効果が薄く一年で握力が一キロ上がる位のものだ。

 しかし、御神体の効果に唯一の例外がある。それは仕留めた獲物が集落以外の人間だった場合だ。人間一人を食べるだけで握力が五十キロは上がるらしい。つまり、あの部族は人食い部族ってことだ。

 何故俺がこの事を知っているのか。それは三ヶ月前に親父と一緒に御神体を盗み出したからだ。この事に激怒した部族は俺達を必死に追いかけたが遂に捕らえることは出来なかった。そのことは絶対に覚えられている。だから捕まる訳にはいかない。だが……



「クソっ、もう追いついてきたか……」



 流石はルルブ族、持ち前の身体能力の高さで俺との距離を素早く縮めてくる。距離としては、10メートルといったところか。

 逃げる俺に向かってロックが叫ぶ。



「なんで、逃げる?」

「食われたくないからだよ!」

「おれたち、おまえ、くわない、ルルブ族、うそつかない」

「うるせぇ!集落に来た奴を騙して毒入りスープ飲ませるのがお前らのやり方だろうが!」

「……ふだんは、ちがう、やりかた」

「こいつ認めやがった!」



 追いかけっこだと分が悪い。まずはそれを何とかしないと。

 そう思った俺の目に先程と似たような開けた場所が見えた。三ヶ月前に親父が木を掘り起こして眠りやすくしたキャンプ地だ。

 よし、ここで時間を稼ぐ!

 俺は広場の中央に立つと石を結んでおいた短いロープを構える。

 心臓がバクバクなっているのを聞きながら慎重に草むらを眺める。

 次第に草むらが揺れ始め、次第に大きくなっていく。

 まだだ……、まだ…………、今だ!

 揺れが一際大きくなったのを確認すると、ロープを地面に平行になるように投げる。

 ロープは草むらに飛んでいったかと思うと、勢いよく飛び出してきたロックの足に絡みついた。



「うわっ!?」



 ロックは足がもつれてしまい派手にすっ転んだ。その間に俺は森の中へ全力疾走した。

 後ろからロックの怒声が聞こえる。



「逃げるな!卑怯者!」

「お前等の部族にだけは言われたくねぇ!」



 この広場があるという事はあと少しのはずだ。

 少し走ると高さが5メートルはある大きな岩が見えた。岩の側には深さが50メートルはある巨大な崖が大きく口を開けていた。俺が目指していた目的地に間違いない。

 俺は素早く長いロープを取り出し、丈夫な木の枝に括り付けてある石を投擲する。ロープは木の枝に絡まる。試しに少し引っ張ってみてもびくともしない。そのロープを持ち、岩の上に上がり崖の方へ向く。

 準備は出来た。後は──

 そこまで考えると、後ろから枝と葉っぱの揺れる音が大きくなってきた。

 考えてる時間は無い、とにかく今は!



「うおおおおぉぉ!」



 ロープを掴みながら岩から崖に向かって飛び降りる!

 振り子の要領で崖に投げ出される。振り子の最高点でロープを放し、反対の崖に向かって飛ぶ。勢いよく投げ出された俺は無事に反対の崖に着地することが出来た。

 振り向いてみると、さっきまでいた崖にロックがこちらを見ながら立ちつくしていた。ロックは俺が見ているのに気付くとすぐに助走をつけて崖を飛び越えようとする。だが、



「……う!?」



 ロックは飛び越えるどころか崖の手前で止まってしまった。

 それはそうだろう。人間には誰しも恐怖心というものがあるのだから。

 ロックが安全な地上で走り幅跳びをするならこの崖をやすやすと超える記録を出せるだろう。しかし、崖を飛び越えるなら話は別だ。『落ちたら死ぬ』という恐怖が身をすくませ飛ぼうとする気持ちを抑えつける。『死』の恐怖と戦うにはそれなりの勇気がいる。それは簡単なことじゃない。俺も飛ぶ前に覚悟しなかったら飛び越えられなかっただろう。

 恐怖に身をすくめているロックを背に俺はその場を後にした。




☆    ☆    ☆    ☆

 



 二週間後、なんとか親父のいる街に着いた俺は酒場に行き扉を蹴り開けた。中では親父が酒を飲みながら酒場のマスターと談笑していた。俺は早足で親父のもとへ行って思いっきり机にこぶしを叩きつける。



「(ドンッ)おやじぃ!よくも嵐の中の海に投げやがったな!危うく死ぬところだったじゃねぇか!」

「だから、あの嵐のあとには魚がよく獲れるんだが───」

「コッチヲ見ロォ~!」



 親父の耳元で叫ぶとようやくこっちを見てくれた。

 


「よう、無事そうでなによりだ」

「無事?ルルブ族に襲われながら必死で逃げ、やっと着いた街では伝染病にかかった挙句、なんとか治して船に乗ると殺人事件の容疑者にされたんだが、これが無事なのか?」

「生きてるなら無事だろ」

「この野郎!」 



 こぶしを固めて殴ろうと振りかぶると、親父は酒を飲みながら口を開いた。



「そのコインの秘密知りたくないか?」

「コインの秘密?」



 見事にごまかされたような気もするが、コインの秘密も気になる。

 俺はこぶしを引っ込め、親父に続きを促す。


「で、コインの秘密って何だ?」

「そのコインはな、呪われているんだ」

「は?呪い?そんなのあるわけないだろ」

「いや、呪いは実在する。現にそのコインを使ってワープしたらひどい目にあっただろ?」

「……つまり、このコインの呪いのせいで俺はひどい目にあったわけだな?」

「そうだな。ちなみに、このコインの具体的な呪いの効果は『使ったものを二週間のうちに呪い殺す』ってものだ」

「なんてもの使わせてんだ!」



 仕舞っていたこぶしを再び振りかぶると、親父が言葉を続けた。



「これには続きがあってな『その呪いに二週間耐えたものは生涯幸運に恵まれるだろう』」

「……なるほど」



 俺は握っていたこぶしを再び仕舞う。

 つまり、親父の狙いは鍛えようがない部分である『幸運』、そこを鍛えることにあったみたいだ。

 俺は笑顔で親父と向き合う。



「俺、親父を疑ってたよ。全部俺のためだったんだな。本当にごめん」

「分かればいいんだよ」

「ちなみに今まで呪いを耐えた奴は何人ぐらいなんだ?」

「二万人挑戦して一人だな」

「この野郎!やっぱり危険なんじゃねえか!」

「ちなみに、その一人は俺だ」

「普通の人間には不可能って事じゃねぇか!」



 こいつ、死ぬかもしれない事に息子を巻き込みやがったのか!?なんて神経してやがるんだ!?



「死んだらどうするつもりだったんだよ……」

「生きてるからいいじゃねぇか」



 元も子もねぇな。もう、文句も出てこない。



「もう呪いはこりごりだ……」

「人生分からないものだからな。もしかしたら、常に呪いが腰にある状況になるかもしれないぞ?」

「どんな状況だよ」


 

 呪いなんてそうそうかかるものじゃねぇし、大丈夫だろ。



「で、今度はどこにいくんだ?」

「そうだな……、都会でパアーッと豪勢にいくか!」

「よっしゃー!」



 久しぶりの都会だ!ふかふかのベッド、豪華なご飯、空調の利いた部屋、わくわくするな!



「じゃあ、飛行機取ってあるからいくか」

「いえーい!」



 親父が席を立ち会計をするためにカウンターに向かう。俺はふと湧いてきた疑問を親父にぶつけてみる。



「なあ親父」

「なんだ?」

「なんで俺を旅に連れてきたんだ?」

「……そのうちわかるさ」



 意味ありげな言葉とともに親父は会計を済ませて外に出る。

 俺は何か違和感を覚えつつ親父の背中を追った。





☆   ☆   ☆   ☆






「親父、これはどういうことだ?」

「何って、都会でパァーッとやってるんだが?」

「パァーッとやってるのは弾丸だろうが!」

「まあ、こんなこともあるさ」

「全部親父のせいだろうが!なに『自分は悪くない』みたいに言ってんだ!」

「まあ、突破頑張れよ。俺は逃げるから。じゃあな」

「追い待て!どこ行くんだ!親父!おやじぃぃぃ!」

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