第十六話 旅立ちの日に
───魔法屋───
魔法屋とは、魔法について様々な事をやっている所である。魔法やMPの操作方法を教えたり、魔方陣の資格の講習や試験をやっている。ポーション等の材料も売っているので様々な人が立ち寄る。
☆ ☆ ☆ ☆
ある日の朝、俺はいつものように起きて軽くストレッチをする。そして、何か忘れ物が無いかを細かくチェックして、部屋を出る。
この世界に来てから1ヶ月、この部屋には世話になりっぱなしだった。1ヶ月とは言え、感慨深いものがある。
出る前に部屋に向かって一礼する。1ヶ月間ありがとう。
部屋への挨拶を済ませ今度こそ部屋を出る。階段を下り宿の食堂へ向かう。
食堂には既にフランが座っていた。俺はフランと同じテーブルに座る。
……何か人が少なくないか?
「おはよう」
「ふぁ~、おはようじゃ」
フランは眠そうに大きくアクビをして挨拶をする。相変わらず朝は弱いようだ。
朝食を頼むためにディーヌを呼ぶ。
「おーいディーヌ、注文を頼む」
「今行きまーす」
ディーヌが注文表を持ちながら駆け足で奥から出てきた。
「注文をどうぞ」
「『パンの盛り合わせ』と『キノコのポタージュ』を2つずつ。フラン、飲み物いるか?」
「『オレの実のジュース』を貰おう」
フランが眠そうにしているのを見て、俺はちょっとしたイタズラを思い付いた。
「じゃあ、これを2つ」
そう言って、俺はとっても酸っぱい『レモの実のジュース』をフランに見えないように指差す。
ディーヌは『良いのかな?』という表情の後、コクンと頷いた。
「注文は以上で良い?」
「注文は以上で良いが1つ質問良いか?」
「なあに?」
「食堂に人が一人もいないんだが何かあったのか?」
「……し、知らないなー。偶然じゃないかなー」
目を半端なく泳がせながらディーヌが言う。これは確実に何か知ってるな。
「何を企んで───」
「私、ご飯準備してくるね!」
そう言って、ディーヌは逃げるように厨房に入っていった。
「フランは何か知ってるか?」
「何も知らん。わしが食堂に来たときから人は誰一人おらんかった」
「俺達の暗殺とかでは無いだろうが気にはなるな」
ディーヌの様子を見る限り、知らないのは俺達だけみたいだし、何を企んでいるんだ?
「まあ、そのうち分かるだろ。それよりもこれからの予定を相談するぞ」
「そういえば、聞いておらんかったの。まだ決まっておらんならわしが決めてやるがどうする?」
「いや、既にどこに行くかは決まっている。ここだ」
俺は地図を広げると『グランガン』という街を指差す。
「『グランガン』か……。何故この街なんじゃ?この街の周りの魔物はお主の強さに合っておらんぞ?」
「俺の目的は『レベル上げ』じゃなくて『仲間探し』だ。俺はこの街のイベントに用がある」
「イベント……、『ユミリンピック』か」
「さすがフランだな。その通りだ」
『ユミリンピック』とは、世界一の弓使いを決める大会だ。優勝すれば、王のお抱えの弓使いになることも出来る。
「その優勝者をスカウトするんじゃな?」
「いや、違う。スカウトするのは入賞していない奴だ」
「?、何故じゃ?」
不思議そうにフランが尋ねる。
「簡単なことだ。入賞した奴は高い給料の所からスカウトされる。『冒険者にならないか?』と誘ったところで無駄だ」
「しかし、お主なら……」
「俺を過大評価しすぎだ。俺にも無理なことはある」
出来ない事を無理矢理やろうとしたら、何かしら不都合が起こる。だから、出来ない事を無理矢理しようとは考えない方が良い。
「だから、『入賞していない伸びしろが多い奴』をスカウトする」
「お主の考え方はわかった」
そこまで話すとテーブルに広げた地図に書かれた『オダリム』から『グランガン』までの道のりをなぞる。
「考えているルートとしては草原を馬車で進んだ後に森を歩いて進む」
「わざわざ森を歩く理由は何じゃ?全て馬車で進むのではダメなのか?」
「途中で魔物を狩ってレベルを上げる事を考えている。それに、全てを馬車で移動するとかえって時間がかかる。この距離なら移動した方が早い」
「なるほどのう」
フランが納得したように頷く。
納得してくれた事に安堵しつつルート上のとある街を指差す。
「『グランガン』までの道のりはかなり長い。だから、途中で『サンド』というで物資を補給する」
「『サンド』にはどのくらい滞在する予定じゃ?」
「一泊したらすぐに街を出る予定だ」
「確かに、物価は高いとか治安は悪いとか良い噂は聞かぬのう」
「だから長居はしたくない。買い物が済んだらすぐに街を出る事も考えている」
「了解じゃ」
フランとの打ち合わせを終え、テーブルの上に広げた地図をしまった後、タイミング良くディーヌがトレーに料理を乗せて運んできた。
馴れた手つきで料理をテーブルに並べる。
「おまたせー。パンとスープとジュースね」
「なあ、ディーヌ───」
「じゃあ、私は仕事あるから!」
声をかけた瞬間、ディーヌは慌てたように厨房に引っ込んでいった。
明らかに何かあるよな?
パンを口に運びながらフランに尋ねる。
「フラン、どう思う?」
「わしにも分からん。スキルを使えばある程度分かるじゃろうがどうする?」
「いや、いい。さっきも言ったが俺達に危害はないだろう。それに」
「それに?」
「なんか、あれこれ探ると良くない予感がする」
「そういう物かのう?」
そう言うとフランはジュースを手に取る。そして、ジュースを一口飲むと目をカッと見開いてゴホゴホと咳き込んだ。
「す……、酸っぱ!?ゴホッ、何じゃこれ!いつものジュースではないではないか!」
「アッハッハ、引っ掛かったな」
「お主の仕業か!」
「でも目が覚めただろ?」
「ぐぬぬ……」
フランは悔しそうにちびちびとジュースを飲む。
「悪い悪い。次からはやらないようにする」
「そんなの信用できる訳ないじゃろ……」
機嫌が悪そうにスープを啜る。
うーん、少しやり過ぎたか?
「本当だって。俺が信じられないのか?」
「むしろ、信じられる要素がほぼ無いのじゃが」
俺ってそんなに信用ないか?今までの行いを少し思い出してみる。
・宿屋の店主の弱味を握って脅して値引きさせた
・詐偽紛いの方法で冒険者達から金を巻き上げた
・戦闘では正面から堂々と戦う事無く卑怯な手ばっかり使ってた
うん、全く問題ないな。
そんな話をしていると、ディーヌが料理を乗った皿を持ってきた。
料理は全て出てきたはずだし、客も俺達しかいないから注文ミスでも無いだろうし。あれは何の皿だ?
俺が疑問に思っているとディーヌは俺とフランの前に皿を置いた。それを見て、俺は少し面を食らう。
それは、この店のメニューのパンケーキだった。だが、いつものパンケーキとは違いホイップクリームやフルーツなどが豪華にトッピングされている。
「ディーヌ、これって……」
「ホウリ君達、今日でこの街から出ていっちゃうでしょ?これは私からのサービス」
そういうことならありがたくいただいておこう。
ナイフとフォークを使ってパンケーキを味わう。いつもとは違うパンケーキに舌鼓をうっていると、あることに気付いた。さっきはすぐに厨房に引っ込んでいたディーヌが料理を運び終わってもその場で俺達を眺めている。
何か言いたい事でもあるのか?
「どうした、ディーヌ?」
「えっとね……あのね……」
歯切れが悪そうにディーヌが言い淀む。
無理に聞き出すのはマズイかもな。何を言いたいかは分かるが自分から言い出すのを待つか。
パンケーキを黙々と食べ進めているとディーヌが決意したように口を開いた。
「ホウリ君、もう行っちゃうんだよね?」
「そうだな。一週間前に言った通りに今から出発する」
「わ、私も一緒に───」
「そうだ。俺もディーヌに渡す物があったんだ」
ディーヌの言葉に遮るように懐から2つの封筒を取り出す。
悪いがその言葉を言わせる訳には行かない。
ディーヌは困惑したように封筒を受けとる。
「これなあに?」
「俺からの手紙とプレゼントだ。この街で世話になった人に配っている。中身は違うけどな」
この街には世話になった人が多い。その人達に感謝を伝えるためにも一週間前から手紙とプレゼントを用意していた。今渡すことになるとは思ってなかったけどな。
パンケーキを食べ終わりナプキンで口を拭いて立ち上がる。その間、ディーヌは嬉しいような、だけど悲しいような、そんな複雑な表情をしていた。
「それじゃあな、ディーヌ」
「………………」
ディーヌは何も答えず、下を向いている。良く見ると、涙を堪えて震えている。恐らくこれで別れるということが悲しいが俺に泣くところを見せたくないといったところだな。
そんなディーヌの思いに応えるために、俺はディーヌを抱き寄せた。
「ディーヌにはこの街で一番世話になった。ありがとう」
紛れもない本心を、本当の気持ちをディーヌに伝える。本心を話す機会を奪ってしまったせめてものお詫びに。
「……私も楽しかった。ありがとう」
涙を堪えながらディーヌは何とか言葉を絞り出した。
それを聞いた俺はディーヌから離れ、出口に向かう。
「行くぞ、フラン」
「……うむ」
俺達は扉を開けて宿の外へと踏み出した。
☆ ☆ ☆ ☆
「お主はあれで良かったのか?」
「何がだ?」
街の東口へ向かうために歩いているとフランが尋ねてきた。
「ディーヌの事じゃ。お主のことじゃ、ディーヌの気持ちに気付いておったじゃろ?」
「そりゃあな」
「それなのに、手紙で済ませてしまって良かったのか?」
「俺はあれがベストだと思っている」
もし、言葉で伝えてしまったらディーヌが「付いてくる」と言い出しかねない。この旅はただの旅では無く
「お主が良いのなら良いのじゃが、それよりも……」
「分かってる。周りの状況だな?」
今俺達が歩いているのは冒険者エリア。いつもなら昼夜問わず騒がしいのだが。
「いつもより静かすぎるな」
「不自然なほどにの」
いつもどんちゃん騒ぎしている冒険者の姿が全く見えない。これは異常な光景だ。
「まさか、何者かの襲撃でも受けたのか!?」
「店が全て閉まっているからそれは無いな。襲撃なら店を閉める余裕はないはずだ」
一応木刀を腰に差して何が来ても対応出来るようにする。
冒険者エリアを抜け、商店エリアに入るために曲がり角を曲がろうとした瞬間、
『『『うおおおおおお!!!』』』
東口の門へと向かう道の端に大勢の人が並んでおり、大歓声が上がった。道には良く通っていた酒場の店主や図書館の司書、果ては豪華な衣服を身に纏った身分の高そうな人など様々な人が歓声を上げていた。
「何じゃこれ!?有名人でも通るのか!?」
「いや、俺達しかいないだろ」
俺達が呆気にとられていると、見知った顔が(全員見知ってるけど)人混みからやって来た。
「やっと来たねホウリ君」
「コレト!?」
そこには豪華な神殿長の服装ではなく装飾の付いた白い服と青のスカートを身に付けたコレトがいた。
「コレト、とりあえず説明して欲しいんだが」
「見て分かるでしょ?街の皆がホウリ君とフランちゃんのお見送りに来てるのよ」
「街の皆が来ておるのか!?」
まさかとは思ったが全員いるのか。観光客の相手しなくちゃいけない筈なのによくやるよ。
「さあさあ、急いでるんでしょ?プレゼントがある人は出口付近に集めてあるから行った行った」
コレトに促されるままに大勢の人の中を、時折聞こえてくるに答えたり笑顔で手を振ったりしながら進む。
「……わしはお主の力を舐めておったかもしれん」
「……俺もこんなに集まるとは思わなかった」
これだけの人に見送られてると、パレードの主役になった気分になるな。オープンカーでも借りてくれば良かったか?
何て事を考えていると、東の門が見えてきた。門の前には大小様々な包みを持った人達がたっている。
「この人達が直接お礼を言いたいって人ね。ちょっと時間がかかると思うけど時間は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「では、まずは俺から」
始めに登場したのは大きな包みを持ったギルドマスターだった。
「行っちまうのか、ホウリ」
「まあな。ギルマスには世話になったな」
ギルマスには良い報酬のクエストを斡旋してもらったり、戦闘の訓練に付き合ってもらったりした。
早急に金とこの世界の戦い方を学ぶ事が必要だった俺にはかなり助かった。
「俺の方こそ妻の件では世話になったな。お陰で離婚せずにすんだ」
「あれはギルマスが全面的に悪かったけどな」
奥さんが最近冷たいとギルマスが泣き付いてきたので渋々何とかしてあげた事があったっけか。ギルマスが奥さんを蔑ろにして呑み歩いていたのが原因だったから呆れたんだよな。
「あれから奥さんとはどうなんだ?」
「ホウリの言いつけを守ってるから良好だ!っと、時間が無いんだったな。ホウリに渡したい物があるんだ」
そう言うとギルマスは手に持っていた包みを渡してきた。受けとるとそれなりに重さがある事が分かる。
「これは?」
「防具を手入れするための道具だ。お前は武器が貧弱だからせめて防具は大事にしろよ」
「武器が貧弱は余計だ」
軽く小突きながら包みを受けとる。この防具には長いことお世話になる予定だから手入れの道具はありがたい。
「次は私ですね」
「貴方はティム・リコットさん」
次に現れたのはギルマスよりも大きな包みを持ったケーキ屋『ディフェンド』のオーナー兼ウエイターの『ティム・リコット』さんだった。
あの事件の後も『ディフェンド』にはフランと二人で定期的に通っていた。おかげで、ティムさんはこの街でディーヌとギルマスの次に会っていた人だ。
「…………」
「どうしたフラン?」
「いや、この人の名前を初めて知ったと思ってのう」
そう言えば、フランは店でしか会ったことなかったな。店ではウェイターとしか呼んでなかったから名前は初めて知ったんだな。
ティムさんは店の時と変わらない様にキレイなお辞儀をする。
「ホウリ様、この度は───」
「ティムさん、ストップ」
話し出そうとするティムさんを止める。ティムさんは不意を付かれてキョトンとしている。
「ここは店じゃないだろ?だから客としてではなくて一人の友人として話してくれないか?」
「…………わかりました。ホウリさん、君が居てくれなかったら私達は店を続けられなかっただろう。本当にありがとう」
ティムさんは深々と頭を下げる。
「少しでもお店に貢献出来たなら俺も嬉しいです。今までおいしいケーキをありがとうございました」
「私達のケーキを気に入ってくれて嬉しいよ。これは旅の途中で食べてね」
そう言って包みを渡してきた。受けとると大きさの割に軽い。
「それは、私達が作った特性のキャンディーだ。気に入ってくれると嬉しいよ」
「ありがとうございます!!」
この日一番のテンションで叫ぶ。
ディフェンドの味が旅でも味わえるなんて思ってもみなかったぜ。これで旅の楽しみがひとつ増えたな。
一人でテンションを上げていると袖が引っ張られた。見てみるとフランが袖を引っ張っていた。
「何だ?」
「わしにもよこせよ?」
「………………わかってるって」
「おい!今の間はなんじゃ!」
ギャーギャーうるさいフランを放っておいて次の人に視線を移す。
次に現れたのは男の集団だった。人数は20人位はいるか?
コイツらか……、あんまり関わりたくないんだけどな……。
「どうしたホウリ?」
「……たぶん、コイツらは俺じゃなくてフランに用があるんじゃないか?」
「わしに?わしはコイツらをしらないぞ?」
「だろうな」
男達の中の一人がフランの前に立つと腹の底から大きな声で叫び始めた。
「俺達は!ファンクラブ『フランちゃんを見守る会』の会員です!」
「…………ホウリ?」
フランが絶望が宿った目を向けてくる。
俺は目を背けながら言う。
「すまん、一度全滅させたがもう一度出来てしまった」
「ホウリ!」
フランが俺の首元を締め上げる。
「お主なら必ず!必ず!潰してくれると信じておったのじゃぞ!今からでもなんとかせい!」
「もう無理だって。もう街から出るんだから諦めろよ」
フランの手を外してファンクラブの奴等の前に向かわせる。フランは嫌そうにしながらも渋々会員の前に立つ。
「……で、わしに何のようじゃ?なにかくれるのか?」
「はい!俺達からはこれを!」
そう言って懐から何か取り出してフランに差し出す。それは、長さが二メートルはある鞭だった。
フランがひきつった顔で尋ねる。
「これはなんじゃ?」
「はい!鞭です!」
「それは見れば分かる。わしが聞きたいのは、何故わしに鞭を差し出しているかということじゃ」
「それはですね!俺達は今までフランさんのために頑張ってきたのでご褒美をいただけないかと!」
「は?」
再びフランがこっちに視線を向けてくる。
俺はため息を吐いて説明をする。
「コイツらを潰せなかった理由はお前への情熱もあるが、お前の為にかなり働いていたからなんだよ」
「働いていた?」
「お前を口説こうとした奴を排除したり、お前が行く店の予約を取ってスムーズに入れるようにとかだな」
正確には予約をしてフランが行く頃合いを見計らってキャンセルして強引に空きを作るって方法だけどな。
フランは少し考えるように下を向く。
「そう言えばわしが行く店はどんなに混む店でも必ず空きが有ったのう。今思えば不自然じゃな」
「全部こいつらのお陰だ」
フランが納得したように頷く。
「なるほどのう。謎が解けたわい」
「納得しているところ悪いがアイツらは良いのか?」
俺は顎でファンクラブの連中を示す。フランが振り返ると先ほど鞭を差し出してから微動だにしていないファンクラブの会員達の姿があった。
「……やらねばならぬのか?」
「動機はどうであれ、こいつらのお陰でお前は快適にこの街で過ごせた。それを踏まえてどうするかはお前が決めろ」
フランは歯をギリギリと食いしばりながら鞭を睨み付ける。が、やがて観念したのか差し出された鞭を手に取った。
「…………一応聞いておくが、わしはこれでどうすれば良い?」
「はい!」
会員はこの日一番の大きな声で叫んだ。
「俺達を思いっきり叩いてください!」
「そうじゃと思ったわい!(ピシャッ)」
「ありがとうございます!」
フランは叫ぶと思いっきり鞭を振るった。男は叩かれるとお礼の言葉を叫ぶ。
鞭を振るう少女と鞭で叩かれて喜ぶ男。何とも言いがたい光景だな。
「次は俺にお願いします!」
「おいどんにも!」
「あー!もうやけじゃ!最後まで付き合ってやるわい!(ピシャッピシャッ)」
「「ありがとうございます!」」
鞭を振るうフランの前にファンクラブの会員達の規則正しい列が出来る。
これは長くなりそうだな。とりあえず、次に行くか。
目の前の光景に呆然としているコレトに話しかける。
「コレト、長くなりそうだから次の人呼んでくれ」
「え?これほっといて良いの?」
「大丈夫だろ」
コレトは「良いのかなあ」と呟くと次の人の元へ案内する。
次の人は他の人とは違い豪華絢爛な服装に身を包んでいた。長い髭を蓄えており、荘厳な佇まいをしている。周りには多くの兵士やいかにもな執事が立っていた。
この人誰だ?こんなに目立つ人なら一目見たら忘れそうにないが。
「コレト、この方は?」
「この領地の領主の『リコット・カルテット』様。どうしてもホウリ君に会いたいって」
「領主!?」
そんな偉い人に会った記憶なんてねぇぞ!?
リコットは俺よ姿を確認すると右手を軽く降った。すると、兵士が素早く横に割れリコットまでの道が出来上がる。
リコットが重々しく口を開く。
「キムラ・ホウリ、お主が近付くことを許そう」
「恐れ入ります」
ポーカーフェイスを保ちながらリコットに近付き膝をつく。
「この度は領主様に会えて、まことに光栄でございます」
「うむ、わしもお主には一度会っておきたかったんじゃ」
「領主様、私に会いたいという理由をお聞きしても良いでしょうか?」
「うむ、良かろう」
リコットは髭を一撫ですると重々しく口を開いた。
「お主はこの街のほとんどの店の経営に関わっておるそうじゃな?」
「はい。微力ながらお手伝いさせていただきました」
「その影響で街の中にある店の売上が軒並み上がってのう。徴収した税金も10%上がったんじゃ」
「お役にたてたようで光栄でございます」
店を持っている人には片っ端からアドバイスしていたがそこまで上がっているとは思わなかった。
「それでのう、お主の能力をわしが認めた証として受け取ってほしいものがあるのじゃ」
リコットが左手を降ると側にいた執事が銀色のトレイを俺の前に持ってきた。
「ここにギルドカードを置いてください」
言われた通りにギルドカードを置くとカードを乗せたままリコットの元へ向かう。
リコットはギルドカードをトレイから取ると懐から何かを取り出しギルドカードに押した。そして再びトレイに乗せると執事が俺の前に持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ギルドカードを手にとって見てみる。渡す前と何も変わりがない様に見える。
「それに魔力を通してみるが良い」
言われた通りに魔力を通してみる。すると、カードの隅に金貨の袋のマークが浮かび上がった。
「それは、『オダリム』の領主であるわしが認めた人物だと言うことを表すマークじゃ。それを見せるとこの国のあらゆる店での買い物で10%の割引がつく」
結構割り引かれるな。それにこの国全ての店で使えると言うのもありがたい。それに、領主に認められたという印にもなる。信用を勝ち取るのにも使えそうだ。
けど、何で俺にこれをくれるんだ?色々と貢献出来たとはいえ、たった1ヶ月しかいなかった奴に渡すものではないだろ。
「それとな、大事なことなんじゃが、そのインクは一年で消えてしまう。一年以内にこの街を訪れないと意味が無くなってしまうから気を付けるのじゃぞ」
そういうことか。定期的にこの街に来てもらう為の手段か。信用できるものではなく、この街に利益をもたらす者にこのマークが贈られるというわけか。どうやら、この領主は商人のような考え方をしているらしい。
「すばらしい物をありがとうございます」
「うむ、下がって良いぞ」
恭しく礼をしてコレトの所へ戻る。丁度フランも戻っていた。心なしか疲弊仕切った顔をしている。
「……ホウリか。領主から何か貰ったようじゃの?」
「ああ、この国の店で割引してもらえるマークをギルドカードに付けて貰った。ところで、何かあったのか?」
「何も無かったぞ?ただ、お主が見捨ててからわしは鞭を降りまくっておっただけじゃ」
「なんかすまん」
目の中の光が完全に消えてるフランを横目にコレトと話す。
「で、次は誰だ?」
コレトはにっこり笑うと口を開いた。
「次はね私」
「コレトが?」
「うん。ホウリ君、ちょっとそのネックレス貸して?」
言われるがままコレトにネックレスを渡す。
コレトはネックレスを握りしめると呪文の様な事をぶつぶつと呟き始めた。そして、呪文が止まると握りしめていたネックレスが紫色に変わっていた。
「はい、このネックレスにエンチャント効果を付与したよ」
「おお、どんな効果を付与したんだ?」
「『異常状態耐性』だね。ホウリ君がこの前欲しいって言ってたから」
「サンキュー!スッゴく助かる!」
前々から『異常状態耐性』はスッゴく欲しかった物だ。この街には無かったから諦めかけていたんだが、まさかコレトがくれるとは思ってなかった。
新しいネックレスを身に付けつつ辺りを見回してみる。
「これで全員か?だったら、そろそろ行きたいんだが」
「ちょっと待って、最後に一人ホウリ君に会いたいって人がいるの」
「見たところ他に人は居ないようだが?」
「うーん恥ずかしがっているのかな?おーい、出ておいでー!」
コレトが門の影に隠れていた人物に声をかけた。門の影から出てきた人物は……
「ディーヌ?」
さっき別れた筈のディーヌだった。宿屋のときのエプロン姿ではなく、真っ白のワンピースを着ている。
ディーヌは恥ずかしそうに門の影から出てくる。そして、今度はコレトの後ろに隠れた。
「何でディーヌがここに?」
「…………」
ディーヌに話しかけても中々答えてくれない。
コレトは少しため息を吐くとディーヌを背中から引き離し、俺の方に向けた。
「ほら、これで最後になるんだからキチンと伝えて来なさい」
そう言うとディーヌの背中を押す。
「きゃっ!?」
背中を押されたディーヌはバランスを崩しながら俺の前まで来た。
ディーヌは少しの間俯くとポツリと喋り始めた。
「えーっと、なんか恥ずかしいね……」
「俺もだ……」
あれでお別れかと思って臭い台詞を吐いちまった……。スゲー恥ずかしい。
というか、さっきまで騒がしかった周りの人間がディーヌが出てきた瞬間に静かになりやがった。さては、全部知ってやがるな?
「……ホウリ君から貰った手紙、読んだよ」
「……そうか」
「全部書いてあったね。私の事をどう思っているのかも」
「……そうか」
「だけど、私どうしても言っておきたい事があるの」
ディーヌは目から涙を出しながら、それでも笑顔で言った。
「あなたが好きです」
ディーヌの一世一代の告白。これは真面目に答えないとダメだ。
俺は真っ直ぐにディーヌを見つめる。
「ディーヌ、俺を好きでいてくれてありがとう」
「…………」
「だが、ディーヌの想いに応えることは出来ない」
「…………うん」
「俺の旅はかなり危険な旅になる。それにディーヌを巻き込みたくないんだ」
「わかってる(グスッ)」
「……すまない」
「……ホウリ君」
「なんだ?」
「私の気持ちと向き合ってくれてありがとう」
ディーヌは泣きながら話す。
ディーヌの為と思っていたんだが胸が凄く痛い。
「…………ホウリ君」
「なんだ?」
「渡したい物があるの」
「ディーヌからはパンケーキを貰ったぞ?」
「いいから。目を閉じて」
「な───」
「いいから」
今までこんなに強引なディーヌは見たことがない。
俺は言われた通りに目を閉じる。
「今までありがとう」
その言葉とともに頬に柔らかい何かが当たる。
慌てて横を見ると唇を押さえながら顔を真っ赤にしているディーヌがいた。
「無事に旅が出来るおまじない」
顔を赤らめながらディーヌがはにかむ。
「ホウリ君」
「なんだ?」
「また、この街に来てくれる?」
「もちろんだ。必ずこの街に戻ってくる」
そう言うとディーヌは嬉しそうに笑った。
「そろそろ出発しまーす」
「今いきまーす」
門の外から御者が呼ぶ声がする。
俺達は門の外に向かう。
門から出る前に俺はもう一度振り向いた。そして、胸一杯に息を吸うと力一杯叫んだ。
「俺は絶対戻ってくる!それまでこの街盛り上げて行けよ!」
そう叫ぶとそれまで静かだった街人が一斉に叫び始めた。
『当たり前だろ!』
『次来たときにビックリさせてやるからな!』
『かならず戻ってくるんだよ!』
『ホウリ君行かないで!』
様々な声を背に俺は門の外へと向かった。
☆ ☆ ☆ ☆
沢山の人に見送られて『オダリム』を旅立った後、ガタゴトと揺れる馬車の中で俺達は大量のプレゼントを仕分けしていた。
馬車を見ると手配していたよりかなり大きい馬車に大量のプレゼントとコレトからの手紙が乗せられていた。
『直接渡せなかった人達の分を乗せておきます コレトより』
プレゼントの仕分けをしているとフランが話しかけてきた。
「ホウリ、わしのプレゼントが少ない気がする」
「当たり前だろ。というか、あるだけマシだろ。劇場の団長なんかからのプレゼントとか色々とあるだろ」
「うーむ、納得いかん」
「納得しろ。それよりもアイテムボックスの容量はどうだ?」
「まだまだ余裕じゃ」
「旅の必需品と大量のプレゼントを収納出来るとか本当チートだよな」
「ふっふっふ、わしを誰だと思っとる?」
「ハイハイ、魔王魔王」
馬車に揺られながらどこまでも続く草原を俺達は進んでいった。
☆ ☆ ☆ ☆
「行っちゃったね」
「そうね」
「なんだか寂しいな」
「まあ、今生の別れでもないしホウリ君ならすぐに戻ってくるでしょ。それよりも、ディーヌよく頑張ったね。おねーさんは嬉しいよ」
「本当は諦めてたんだけど、コレトさんが勇気づけてくれたから」
「内気なディーヌが好きな男の子に告白出来るまでに成長するとはねー。1ヶ月前には考えられないよ」
「ホウリ君皆の人気だし、私なんかがって思っていたし、それに……」
「それに?」
「ホウリ君にはフランちゃんがいるし」
「あー、あの二人ってそういう関係じゃないと思うよ?」
「今は違くても後々……」
「んー、うまく言えないんだけどさ、あの二人の関係って、恋人とも友達とも仲間とも違う複雑な物だと思うよ?」
「わかるんですか?」
「これでも色々と人を見てきたからね。そうだ。そんなことよりもお店開けないと。午前閉めちゃったから午後遅れちゃ不味いでしょ?」
「そうでした!私、急いでいってきます!」
「転ばないようにねー。…………ホウリ君ならきっと大丈夫さ」
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