EP79【罪悪感 と 新たな忠誠心】

 人質だった皇帝陛下が無事解放されたが、私はまだブリード王国軍に囚われの身となっている。


 「約束が違うじゃないか! カエデもすぐに解放してくれ〜!!」


 ご主人様がブリード王国軍へ向けて叫んでいる。


 何も知らずに可哀想ではあるが、これも筋書き通りだ。


 もうしばらく、大人しくしててもらいたい。


 「聖人様、残念ながら無事に我々が国へ帰れる様に、もう少し聖騎士カエデ様には人質を続けてもらわねばなりません。 ご安心ください。無事に貴方達の追跡がない事が確認出来たなら、その時に解放させてもらいますから、そこで大人しく待っててください」


 おっと、悪役が板について来た指揮官さんだと思っていたけど、ご主人様に向かってだけ、先程と違い敬語を使っているね〜。


 無意識だろうけど、怪しまれないかどうか心配になる。


 演技指導がまだ不完全だった様だ。


 次があれば気を付けるとしよう!


 「そんなぁ、、、、そうだ! カエデ!、、、魔力使用制限を解除する! 君ならそんな縄、魔力を使えば引きちぎれるだろう!? 頑張って、脱出してくれ〜!!」


 えっ?


 そう来たか〜!!


 ご主人様の想定外の叫びに、私は困惑してしまった。


 どうしようかな〜?


 ここで自力で脱出できた場合、一気にブリード王国軍がカイヌ帝国軍に制圧されてしまう。


 それはさすがに申し訳ない気がする。


 私が悩んでいると、再びご主人様から声が届く。


 「どうしたんだカエデ!? 何故、脱出しないんだ!?」


 やば〜い!!


 この状況、どう誤魔化せば良いんだ〜!?


 相変わらず、私の立てる作戦には穴がある様だった。


 今回は私だけで無く、聖騎士大隊の幹部陣も混ぜての作戦立案だったのに。


 まったく悪巧みは中々最後まで上手く行ってくれない様だ。


 「聖人様、カエデ様の表情をご覧ください。 顔色があまりよろしく無く、眉間にしわも寄せて苦しそうな表情を浮かべています。 おそらくブリード王国軍により、何らかの薬物を投与されて身体の自由が効かないものと思われます。」


 「そんな!?」


 ニーナ副官、ナイスアドリブ!!


 ご主人様もうまい様に騙せているみたいだ。


 「う〜、身体に、力が、、入りません」


 私は咄嗟に、身体が地面に崩れ落ちる演技をして見せる。


 「本当だ、カエデ、、、くそぉ〜、僕はこんな時にも、何も出来ないのか〜?」


 ご主人様は地面へ両膝を突き、悔しそうに泣き崩れている。


 あぁ、なんかすごい罪悪感。


 帰ったら少しの間、ご褒美なしで、ご主人様の言う事に従ってあげよう。


 「、、、カエデ様、、、どうされたのですか?」


 「良いから早く私を抱えて逃げてください。 私へ刃物を突きつけながらですよ!」


 ブリード王国軍の指揮官さんが小声で訊いてきたので、私も小声で指示を出していた。


 この指揮官さんは、ニーナ副官と違ってアドリブは苦手の様だ。


 その後、言われた通り私を抱えてブリード王国軍の撤退が開始された。


 「良いな、少しでも追跡者がいれば、この聖騎士は直ぐに殺害する! 誰も追って来るんじゃないぞ!!」


 私はで、聖騎士大隊とカイヌ帝国軍へ口元が見えない様に警告を出した。


 指揮官さんの声による警告により、皆んな身動きが取れずに悔しそうな表情を浮かべている。


 皆んな悪いね、騙してしまって。


 て言うか指揮官さん、あんたまで何ビックリして私を見てやがる!?


 とっとと逃げろよ、バレるだろ!


 私は一睨みして、指揮官さんへ行動を促した。


 それでようやく行動を再開して、指揮官とブリード王国軍は撤退して行った。


 何かこのやり取り、少し前に似たような事があった気がするが、デジャヴかな?


 「カエデェェェェ!!!!!」


 どんどんと遠くなってい、ご主人様の叫び声が、私の罪悪感をどこまでも攻撃して来る。


 勘弁して欲しいね。



 その後、半日ほどブリード王国軍の中隊が解放した領民達を引き連れて撤退している最中の事。


 私は周囲を魔力感知で警戒しながら、馬車の中で1人過ごしている。


 今のところ警告に従って、追跡者は出していない様だ。


 とりあえず一安心である。


 「聖騎士カエデ様、本当にこれでよろしかったのでしょうか? あんなに心清らかな聖人様まで騙す様な真似をしてしまい、私はとても心苦しく思ってしまいます」


 「私も同じ気持ちです。 ですが、こうでもしないと、哀れな領民達を自由の身にする事が叶いませんでした。 その場合でも、ご主人様、いえ、聖人様の心を苦しめ続ける事になったでしょう。 この後、私が無事に戻れば、全て丸く治ります。 どうかお気になされないでください」


 今の会話を周りの兵士達も聴いていて、何だか男泣きしながら歩いている。


 皆んな心優しい人達なんだね。


 戦の相手になったら、私は彼らを切り捨てなければならないと考えると、何だか心が痛むよ。


 今まで、戦で人間を切り刻む事に、特に抵抗は感じていなかった。


 しかし、それはあくまでも見ず知らずの人間が、敵意を持って向かって来たから出来た事だ。


 一応知り合いが敵になっても、私なら切り刻む事は出来るだろう。


 しかし、その後しばらく寝覚めが悪くなると思う。


 出来る事なら、戦場で彼等と出会わないでいたいものだ。


 「さて、ここら辺でいいかな?」


 私は指揮官さんへ声をかけて、馬車を降りた。


 指揮官さんを始め、中隊の何人かが一度足を止めて、私へ向けて跪いて来た。


 「聖騎士カエデ様、此度のご恩、我々決して忘れませぬ。 これより我々はブリード王国へ帰参いたします。 ですが、この身、この魂、必要とあらばいつでも聖人様、並びに聖騎士様達へ捧げたく存じます。 どうか我々の忠誠心を、是非お受け取りいただきたい!」


 うげっ!


 このタイプの流れか〜、あまり好きじゃないんだけどな〜。


 私は人の上でなく、人の下で甘い汁を吸える奴隷ペットの役割が好きなのに〜。


 まぁ、ご主人様がちゃんといる間は、別に良いけどさ。


 面倒だなぁ、、、あっ、そうだ!


 私はブリード王国軍の兵士達へと向き直り、ある提案をしてから、笑顔で彼等と別れたのであった。


 どうせ忠誠を誓われるなら、有効活用させて頂くとしようじゃないか。


 これも理想の奴隷ペットライフの為だ。


 私はブリード王国軍の姿が目視で見えなくなるまで手を振って見送り、その後、聖ロイ・ハーネス領へ帰るべく笑顔のまま回れ右をした。


 そして振り返った目と鼻の先、笑顔で私を見ているクレアさんの姿がある事に気が付いた。


 私は目の前の光景が理解できず、思わず硬直してしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る