EP78【人質交換】

 「え〜と、聖騎士カエデ様、、、こちらのお方は、私の勘違いで無ければ、、、」


 「たぶん勘違いでは無いと思いますよ。 こちら、カイヌ帝国の皇帝陛下、、、名前、何だっけ?、、、まぁ、良いや、とりあえず一番偉い人です!」


 ブリード王国軍の中隊指揮官さんは、足元で気を失っている皇帝陛下を見て、何故か冷や汗をかきまくっている。


 今日は体調でも悪いのかも知れない。


 お気の毒にね。


 「え〜と、ですね、聖騎士カエデ様、、、私が確認したいのは、どうして皇帝陛下が、お供も連れる事もなく、私達のキャンプ地にて眠られているのか、その説明をして頂きたいのですが、、、よろしいでしょうか?」


 「何故って、昨夜の内に私達が皇帝陛下をさらって、ここまで運んで来たからに決まってるじゃないですか」


 私は当たり前の事を訊かれたので、当たり前の回答をしてあげた。


 私の回答を聴いて、指揮官さんは目頭を押さえて、俯いてしまった。


 どうやら頭痛も発症している様だ。


 可哀想に、指揮官の職務は大変だね。


 「あっ、そうそう、大事な事を言い忘れていました。 ちゃんとブリード王国軍を差出人にして、犯行声明文は置いてきましたから、1週間以内にカイヌ帝国軍が対応してくれると思いますよ。 これで安心ですね!」


 私は彼らを安心させてあげるべく、言い忘れていた大事な情報も教えてあげた。


 指揮官さんは、とうとう頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


 そこまで具合が悪いなら副官などに仕事を任せて、指揮官さんは休んでいれば良いのに。


 この人はきっと責任感が強すぎるのだろうね。


 上手く部下へ仕事を振り分けて、自らの負担を軽減する事も指揮官の役割だぞ!


 上司が働き者だと職場の雰囲気は良くなるかも知れないけど、あまり頑張り過ぎてしまうのは自らの身が持たなくなる。


 この指揮官さんはもっと部下を頼るべきだ!


 そこまで私が考えていたら、背後いいる聖騎士ライルさんから脳天チョップをお見舞いされた。


 「痛っ、えっ、私、今何で殴られたんですか!?」


 「説明不足だ!」


 その後、私は聖騎士ライルさんにより、少しだけお説教をくらい、説明不足だった事を理解した。


 私の説明だと、ブリード王国軍の人達を余計不安にさせてしまいそうと言う事で、以降の説明は聖騎士ライルさんが引き継いでくれた。


 昨夜の内に私達聖騎士4人と副官1人は密かに帝都エサバへ行き、皇帝陛下を誘拐した。


 皇帝陛下は薬により眠ってもらい、抵抗はされておらず、見張りも門番も全て眠らせて、誰にも目撃される事なく宮殿から連れ出す事に成功した。


 そして朝までに聖ロイ・ハーネス領まで連れて来たのだ。


 皇帝陛下を無事に返す代わりに、捕えられたドギーマ子爵(元)領の領民達全員を引き渡す様に取引を持ち掛ける。


 さすがに1,000人以上の囚人解放の取引材料となると、皇帝陛下ぐらいの重要人物でないと、応じられないだろうと考えての人質人選であった。


 この作戦は聖騎士4人と副官1人しか知らない極秘作戦であり、聖人ロイ・ハーネス様は感知していない。


 以上の事を聖騎士ライルさんにより、説明されたのであった。


 「まったく、私の調合した眠り薬がこんな事に使われるとは思いませんでしたよ!」


 「ごめんね〜、静かに見張りを無力化出来る人と言えば、ニーナ副官しか思い浮かばなくて、今回協力してもらっちゃった〜」


 腕を組みながら、少し呆れた様に文句を言ってくる私の部下、聖騎士大隊第1中隊副官のニーナさん。


 今回の誘拐作戦で最も活躍してくれた、陰の立役者である。


 何しろ聖騎士4人とも、静かに見張りを無力化する事は中々に難しかったのだ。


 なので、ニーナ副官へは聖騎士意外で唯一作戦を打ち明けて、協力してもらう事にしたのだ。


 彼女には門番や見張りの兵へ密かに近づき、吹き矢にて眠り薬を塗りこんだ針飛ばし、騒ぎを起こさずに無力化する事が出来るのだ。


 お陰でアッサリ作戦を進める事が出来た。


 ニーナ副官は毒薬だけで無く、薬物なら何でも使いこなせる最強の薬師なのだ。


 そして彼女は万能型内科医でありながら、忍者さながらの潜入や暗殺などもこなせてしまう、ビックリ人間だった。


 今回は人死を出したく無かったから、眠り薬を使用してもらった。


 能力だけ言えば、もう彼女は中隊の隊長クラスの実力者と言っても良いかも知れない。


 そんなこんなで、無事に皇帝陛下をこの場へ連れて来れたと言う訳だ。


 この後はブリード王国軍の皆さんも協力してもらう事にしよう!



 2日後。


 「ブリード王国軍に告げる! 直ちに人質である皇帝陛下、並びに聖騎士カエデ様を解放せよ! 不本意ではあるが、貴様らの要求は叶えよう! だから、絶対にお2人を無事に解放してくれ〜」


 聖ロイ・ハーネス領から森の街道へ向けて、カイヌ帝国軍を従えた宰相さんが、必死でブリード王国軍へ呼び掛けている。


 「う、うるさい! 言葉だけで無くて、行動で示せ! この2人の人質の命は、貴様らの行動次第でどうにでも出来るんだぞ! 早く囚人となったドギーマ子爵領の領民達を解放して、我々の元へ連れてこい!」


 ブリード王国軍の中隊指揮官さんも頑張って、誘拐犯らしい演技をしてくれている。


 ここまでは私達の作戦通りだ。


 「カエデ〜、大丈夫だからな〜、必ず僕らが助けるから!!」


 「なりません聖人様、危険です、お下がりください!」


 何も知らずに、ご主人様が涙ながらに叫んでいる。


 聖騎士ライルさんにより静止させられているが、今にも私を助けに飛び出して来そうだ。


 うわぁ〜、心が痛むなぁ〜。


 当然私はワザと捕まえられた振りをしている。


 カイヌ帝国の間では、私は奇跡の御技を使いこなす事が出来て、奴隷の首輪を破壊する事が出来る事になっている。


 そして、私の隣では奴隷の首輪を装着された皇帝陛下がナイフを片手に持って、座らされているのだ。


 私達の筋書きでは、ブリード王国軍が突如現れ、奴隷の首輪で自由を奪われた皇帝陛下を盾にされていた。


 主の指輪を装着している者は物陰に隠れて、姿が見えない為、不用意にこちらから手出しが出来なかった。


 ブリード王国軍の要求により、奴隷の首輪を破壊する事が出来る聖騎士カエデを武装解除させて、人質となる事を要求。


 私はやむ無く従う事になった。


 そして私の手足は縄で拘束されていて、身動きが取れなくされている。


 報せを受けたご主人様やカイヌ帝国軍の面々が、その後次々と集まって来た、と言う事になっている。


 お互いに手出しが出来ない状態での睨み合いが続き、そのまま夜になった。


 ブリード王国軍の要求通り、各地の囚人収容施設から、続々とドギーマ子爵(元)領の領民達が連れて来られていた。


 領民達が順次引き渡されていくのを、私は退屈ではあったが、横目で観察して過ごしていた。


 皇帝陛下や私にはブリード王国軍より、少ないが食料と水を与えられ、排泄にも個別で連れて行ってもらってはいたが、他の行動は許されなかった。


 まぁ、そうする様に私達が演技指導した訳なんだけどね。


 そして翌朝、とうとう最後の囚人となっていた領民の引渡しが完了したのだった。


 ドギーマ子爵(元)領の領民、総数1,120名。


 全員無事ブリード王国兵士に保護され、そのままブリード王国へと誘導されて行った。


 「要求は叶えたぞ! 約束通り、皇帝陛下と聖騎士カエデ様を解放しろ〜!」


 宰相さんの必死の叫びが、森の街道へと響き渡っていた。


 「よし、約束通り解放してやる。 ただし、皇帝陛下のみだ。 聖騎士カエデ様は今しばらく預からせてもらおう」


 ブリード王国軍の指揮官さんは悪役っぽく笑い、皇帝陛下をカイヌ帝国側へ歩いて行かせる様に手で追いやった。


 そして皇帝陛下が無事にカイヌ帝国軍によって保護されたのは、誘拐事件発生から、実に3日後の事であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る