EP80【心から忠誠を?】

 「カエデちゃん、無事で良かった。 とても心配してたんだよ」


 クレアさんは満面の笑顔を私へ向けてくれている。


 だが、その細められたまぶたの内側に見える瞳には、不思議と喜びではない何か別の感情を秘めている気がしてならない。


 「クレアさん、、、いつから、そこに?」


 私は恐る恐る、金髪美女の使用人、クレアさんへと訊ねていた。


 「う〜んと、確か〜、カエデちゃんがブリード王国軍の兵士達に、ひざまずかれながらお話しをしていた辺り、ぐらいかな?」


 完全に見られてはならない現場を目撃されてしまった!


 次の瞬間、私はクレアさんの目の前で、咄嗟に土下座を発動させていた。


 それは地面に額を擦り付けながら、前世を含めて私史上、最も全力を出した土下座であった。


 ほんの数秒の内に私が着ている服が、汗でびしょ濡れになる程、全身から冷や汗が噴き出ているのを感じていた。


 「そのポーズ、確か前に邸でやっていた、、、『ドゲザ』だったかしら? そのポーズをしていると言う事は、何かやましい事をしていた、と言う事であっているのかしら?」


 「えっと、、、そのぉ、、、これには、、、訳がありまして、何と言うか、、その、、、」


 スパン!


 私の頬からタラリと液体が流れていた。


 そこを触ると真っ赤な液体が、手に付着する。


 これは、あれかな?


 血液かな?


 誰の?


 あれ?


 何だか左頬がヒリヒリ痛む。


 魔力感知で周囲を確認してみる。


 私の背後の地面には、斜めに突き刺さったナイフ。


 私の左頬には綺麗な横一文字に付けられた傷がある。


 そこからタラタラと流れてる血液。


 あわぁゎぁゎぁぁぁぁ、、、、、、、。


 「カエデちゃん、もし嘘や誤魔化しがあったなら、次は右眼が、、、って、あれ!? カエデちゃ〜ん、お〜い! あ〜、白目剥いて、気絶しちゃってる。 ちょっと脅かし過ぎちゃったかな? またキースからお小言もらっちゃうわね〜」




 「-------------------デ-------------エデ-------------------カエデ!」


 「は!、、、、知らない天井だ」


 「またそれ? 普通に聖騎士隊舎の医務室だろ? でも気が付いてくれて良かった」


 私が眼を覚ますと、目の前にご主人様が目元を腫らしながら、笑顔で私を見ていた。


 私が気が付いた事に安堵したのであろう、顔の緊張がどんどん和らいで行くのが見て分かる。


 と言うか、この目が覚めたら目の前にご主人様がいるシュチュエーション、デジャヴかな?


 数ヶ月前にも似たような事があった気がする。


 「すまない、僕がブリード王国軍なんかに気を許したせいで、こんな事に、カエデに辛い想いを、、、」


 ご主人様は、また泣き出しそうな表情になって来た。


 本当にすぐ泣く人だな。


 奴隷ペットの身としては、ご主人様にはもっと強い心を持っていて欲しいものだ。


 でも、やっぱり自分の為に誰かが心配して泣いてくれると言うのは、悪い気はしないかもしれない。


 「傷は大丈夫か? ニーナ副官が言うには、おそらく跡も残らず、綺麗に治ると言っていたけど?」


 私の左頬には、ガーゼの様なものが貼られてあった。


 恐らく私が気を失っている間に、ニーナ副官が治療してくれたのであろう。


 んっ、傷?


 あれ、何で私怪我したんだっけ?


 え〜と、確か〜、ブリード王国軍の人達を無事笑顔で見送って、、、そして振り返って、、、クレアさんがいて、、、全部話聴かれてて、、、、スパンって、、、、、あわぁゎぁゎぁぁぁぁ!!


 私は気を失う直前の事を全てを思い出し、咄嗟に自分の両腕を抱える姿勢で震え上がってしまった。


 その様子を見ていたご主人様は、私の頭を抱き寄せ静かに安心させようとして、声をかけてくれている。


 「カエデ、大丈夫だからな、ここにはお前を傷つける者は誰もいないからな、だから安心してくれ、とても怖い想いをさせてしまったね、本当にごめんね」


 しばらくご主人様の声を聴いていて、私は少しずつ落ち着きを取り戻していった。


 「ありがとうございます。 お陰様でだいぶ落ち着きました。 もう大丈夫です」


 ご主人様は私の言葉を聴いて、安心してベット横に戻られた。


 「良かった。 でも、しばらく休んでいると良い。 カエデは最近ずっと頑張りすぎているし、せっかく仲間も増えたんだから、この機会にゆっくり身体と心を癒してくれ」


 本当にこのご主人様は、どこまでも優しい心の持ち主だな。


 その優しさに付け込んで、色々とやらかしている私は時々罪悪感に潰されそうになってしまうよ。


 出会ったばかりの頃の生意気なご主人様なら、まだ心置きなく利用しまくれたのにね。


 いつのまにか心根まで聖人の様になられてしまった、私の大切なご主人様。


 ご主人様の為なら、私は何だって出来、、、、、んっ!?


 私は今、何を考えていた!?


 ご主人様如きを『大切な』だと!?


 いやいやいや、おかしいって!


 だってご主人様は奴隷ペットの為に存在しているに過ぎない!


 奴隷ペットがご主人様に尽くしてしまうなど、本末転倒も良いところだ!


 どうやら私は極度の恐怖体験により、心がおかしくなっていた様だ。


 危ないところであった。


 うっかり心まで、ご主人様如きに忠誠を誓ってしまうところであった。


 今後もしっかり自分の在り方を意識して行かないと、心をすくい取られてしまいかねない。


 本当に気をつけよう!


 「じゃあ僕は父上や宰相殿と話があるから、もう行くね。 カエデ、くれぐれも安静にね。 クレアさんカエデの事、後はよろしく!」


 「かしこまりました、ロイ様、お任せくださいませ」


 へっ!?


 今、ご主人様、誰に私の事よろしくお願いした?


 ご主人様はそっと部屋の扉を閉めて、歩いて行ってしまわれた。


 「じゃあ、カエデちゃん、せっかく2人っきりだから、お話しでもしましょうか?」


 ご主人様の嘘つき!!


 何が『ここにはカエデを傷つける者は誰もいない』だよ!


 傷付けた張本人が、おもいっきり目の前にいるじゃないかよ〜!!


 私は先程まで、うっかり忠誠を誓いそうになっていたご主人様へ、怒りにも似た感情を送っていたのだった。

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