EP76【来訪の理由 と 非情なる現実】

 しばらく感涙に浸り、気遣いの人こと聖騎士ライルさんにより背中をさすられ、一等聖補が煎れてくれたお茶を飲んだりして、落ち着きを取り戻したブリード王国兵。


 あくまでも敵国に属する兵からのもてなしを、すんなり受けているブリード王国兵。


 軍人として、それで良いのかね?


 厳密に言えば、私達は帝国から独立した傭兵組織に分類されるから、必ずしも敵という訳では無いけどね。


 皇帝陛下からの依頼は、ドギーマ子爵(元)領の奪還だけだったから、既に達成済み。


 今のところ、新たに軍事作戦を実行する予定は無い。


 再びブリード王国軍相手の軍事作戦に参加の依頼が来て、それに応じた場合は再び敵同士になるけどね。


 そんな事は目の前で目元を真っ赤に腫らしているブリード王国兵2人にとっては、知る由も無い事だ。


 「お見苦しい姿をお見せして、申し訳ございませんでした。 それでは我々が今回、こちらにお伺いした理由の説明をさせていただきます」


 ようやくか。


 いい大人がグズグズ泣き崩れていないで、もっと早く本題に入って欲しかったものだ。


 ブリード王国兵もカイヌ帝国兵と同じ、社会人としての常識を弁えている者の方が少数派なのかも知れない。


 「我々が密かに援助していた、ドギーマ子爵領の解放運動、その末路を見届ける事にあります」


 ブリード王国兵曰く、ここドギーマ子爵

(元)領の平民達は領主により、日々ギリギリの生活を余儀なくされていた。


 毎日少ない食事なのは当然で、納税額も他の領とは倍近く取られていた。


 領主は気晴らしに、自領の平民達をムチで叩き付けて楽しんだり、若い娘が邸へ連れて行かれて慰め者にされたり、それを辞める様に諌めた使用人へ拷問をかけたり、とても赦してはならない領運営をしていたとか?


 そんな時、森での訓練中に隊からはぐれたブリード王国兵がおり、行き倒れていた。


 ドギーマ子爵領の領民達は、密かに行き倒れだ兵を敵国人だと分かった上で保護してくれて、自らも食べるのにやっとの食事を分け与え、傷の手当てまでしてくれていた。


 領主にバレたら自分達も更に酷い目に遭わされる事を承知で、傷付き倒れた兵を1ヶ月もの間かくまい続け、無事母国への帰る手助けをしてくれたとの事。


 それ以降、密かにドギーマ子爵(元)領の領民達へ一部のブリード王国軍が食料支援を実施していた。


 もちろん軍上層部へは内密にである。


 その時に作られたのが、この森の中に作られた秘密の街道だった。


 十分な食事で体力と判断力を取り戻していった領民達は、領主であるドギーマ子爵に今までの悪行の報いを受けさせたいと決起運動を開始していた。


 その考えを領民はブリード王国軍へと相談し、食料と医薬品等に加え武器の供与も開始された。


 並行してブリード王国軍による戦闘訓練も領民へ施された。


 準備が整った段階で領民は一斉に武装蜂起し、ドギーマ子爵領は瞬時に制圧されたのだった。


 ドギーマ子爵邸に勤めていたほとんどの使用人も、武装蜂起へと協力をしてくれた。


 使用人にも裏切られたドギーマ子爵には、数人の奴隷を強制的に戦わせるしか身を護る手段が無かっため、すぐに領民へ捕まった。


 その後、ドギーマ子爵は自らの使用人から奴隷の首輪を装着させられる結果となったのだった。


 しかし、武装蜂起して、領主を奴隷化した事がカイヌ帝国にバレると、すぐに領民達が捕まり、皆囚人とされてしまう。


 領民同士で協議した結果、ブリード王国へ領地ごと亡命しようと話がまとまった。


 本当はドギーマ子爵と、その領地だけを手土産にして亡命すれば良かった。


 だがドギーマ子爵の使用人達の提案で、先の戦の英雄、聖人ロイ・ハーネスも捕らえてブリード王国への追加の手土産にしようと画策し、失敗してしまう。


 その事で聖人ロイ・ハーネスを捕まえられなかっただけで無く、ドギーマ子爵までカイヌ帝国側へ奪還されてしまった。


 亡命の手土産が不足してしまい、ブリード王国軍上層部を納得させられ無くなってしまい、敢えなくドギーマ子爵(元)領にて、領民達は籠城戦を余儀なくされてしまった。


 これが今回のドギーマ子爵(元)領での暴動事件の顛末である。


 その後、3ヶ月以上は難なく籠城戦を制して来たが、聖騎士大隊による兵糧攻めを受けて、ドギーマ子爵(元)領民はあっさり敗北。


 軍上層部へは内密に敵国の領民へ支援物資を提供し続け、輸送に当たっていた約1個大隊分の兵を失った。


 これだけ軍規に違反し続け、著しい被害を出したブリード王国軍の責任者は厳しい処分を受け、投獄されてしまった。


 投獄された責任者は刑期が明ければ釈放されるから心配は無い。


 今ここにいるブリード王国兵が気にしているのは、今回の暴動にて捕えられてしまった領民達と使用人達である。


 領地奪還作戦にてカイヌ帝国軍も多大な被害を被った事により、多くの領民が囚人奴隷とされてしまった事が予想される。


 その事実を目の前のブリード王国兵へ伝えると、残念そうに表情を曇らせていた。


 まぁ、仲間の命の恩人達が、囚人奴隷として捕らえられてしまったと聴けば、そういう反応をするのも無理もない。


 だが、これは仕方のない事だ。


 巡り合わせが悪かっただけで、彼らの行った行為は犯罪だ。


 残念だが私達、聖騎士大隊が出来る事は何も無さそうだ、、、、って、えっ!!!


 見ると聖人様こと私達のご主人様は、今の話を聴いてボロボロと大粒の涙を零していた。


 「そんな酷い話がぁ、領民の人達が可哀想だよぉ〜、何とか助けてあげられないかなぁ〜、ねぇカエデェ〜」


 泣き続けながら私に縋ってくるご主人様。


 この人、困ったら真っ先に私に頼るの、いったい何なのだろうか?


 私はただの奴隷ペットだし、か弱き少女の筈なのだけど?


 身長もご主人様より低い。


 というか最近ご主人様もカトレアちゃんも、身長伸びてないかい?


 最初は頭1つ分の身長差だったのに、今では1.5個分の差がある。


 カトレアちゃんも背が伸びて、私と頭1つ分の差がある。


 私だけ小さいままなのだが、これはいったいどういう事だ?


 まぁ、今はそんな事どうでも良い。


 「どうにか、と言われましてもねぇ、彼ら囚人奴隷となった元領民達を救出する事は、ご主人様の立場的に難しいですねぇ」


 私は敢えて残酷な現実を提示する。


 「一応、囚人奴隷収容区画を急襲し、彼らを無理矢理解放する方法もありますが、その場合、 ご主人様はカイヌ帝国や皇帝陛下を裏切る事になりますね。 そのご覚悟は、ありますか?」


 私の冷静な分析結果を聴いて、目に見えて落ち込むご主人様。


 まるで拾ってきた犬や猫を親に見つかり、元いた場所へ戻してくる様に言われたお子様みたで、何だか可哀想に思えてきた。


 仕方ない、一応裏技の伝授もしておこうかな?


 さすがに皇帝陛下へ忠誠を誓っているご主人様は、この選択肢を取る事は無いだろうと分かった上での提案だ。


 「幸い、ブリード王国軍の工作員による囚人奴隷収容区画への襲撃事件は、過去に数回起きています。 また同様の事件が起こっても、姿さえ見られなければ、彼らの仕業に見せかける事は可能です」


 ご主人様は私が提示したプランを聴いて、驚いた表情で私を見返してくる。


 「ここにいるブリード王国兵2人は、囚人奴隷となった筈ですが、今は奴隷の首輪が着いていません。 恐らくブリード王国では奴隷の首輪を外す方法が確立しているのではないでしょうか?」


 私がブリード王国兵2人へ話を振る。


 「はいカエデ様の仰られる通りでございます。 ブリード王国にはカイヌ帝国の奴隷の首輪を外す事の出来る職人がいます。 その職人の手にかかれば、時間はかかりますが奴隷を解放する事が可能です。 実際に私やこの者、私達と共に助けられた仲間達は3日3晩、職人が作業をする事で解放されました」


 ブリード王国では奴隷の首輪を外すのに、3日3晩もかかるのか。


 私なら一瞬で壊せるけどね。


 「という事です。 全ては、ご主人様がどう判断するか次第です。 私達聖騎士はそれに従うのみ」


 さすがにクソ真面目なご主人様は、この話に乗る事は無いだろう。


 私はそう考えていたのだが、、、。


 「それだ!」


 んっ!?


 私の提示した『バレなければ犯罪にならないんですよ』作戦に、ご主人様はまさかの肯定的な反応を示すのであった。


 あれれ?


 ご主人様、、、不良になっちゃったのなか?

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