EP69【熱烈志願者 と 皇帝の涙】

 皇帝陛下に手招きされて、恐る恐るバルコニーに出たご主人様は、目の前へ広がる大量の兵士達を見て、身体を硬直させていた。


 「来たー、聖人様だー!!」


 広場ににいる兵士の1人が、バルコニーに出て来たご主人様に気が付き叫び出した。


 「本当だ、聖人様だ! 聖人様、我らにお役目をー!!」


 「この命、この忠誠、お受け取りください!」


 「聖人様バンザ〜イ!!」


 集まっていた軍の集団は、皇帝陛下そっちのけでご主人様の姿に対して歓声をあげている。


 国のトップなのに哀れだね、皇帝陛下オッサン


 広場に集まっている兵士達の人数は一個大隊どころか、カイヌ帝国基準で一個旅団ぐらいの人数がいた。


 つまり1,000人前後の兵士達が正面広場に集まっていたのだ。


 「へ、陛下、これはいったい?」


 大粒の冷や汗を掻きながら、ご主人様は皇帝陛下へこの状況の説明を求めていた。


 「人脈は問題無いでしょ?」


 皇帝陛下も相当参ったご様子で応えていた。


 皇帝陛下の説明によると、この3日間で、特に召集した訳では無いのに、各地から勝手に集まって来た兵士達らしい。


 どうやら出所不明の『聖人様が新たな軍隊を創設するらしい』と言う噂があり、『それなら是非に志願したい!』と集まったとの事。


 その話を聴いて、ご主人様は何故か訝しむ表情で私を見て来た。


 「何でそこで私を見るんですか!? 私、今回は何もしてませんよ!!」


 「今回は?」


 「いえ、何でも無いです」


 危ない、うっかりボロが出るところだった。


 でも今回に限って私は無実だ。


 ここ3日間の活動は、別の目的で動いていたのだから間違い無い!


 「あぁ、ごめん。 何となく、カエデならやりかねないかな〜と思って」


 「失礼な、私を何だと思っているんですか!? 至って健全で、忠実な、どこに出しても恥ずかしく無い、立派な奴隷ですよ!」


 私その言葉を聴いて、ご主人様と他聖騎士3人が、ジト目で見て来る。


 何か言いたい事があるなら言って欲しいな、私、傷付くぞ!


 「まぁ、そう言う事にしとこうか」


 未だに訝しんだ表情のまま、ご主人様は皇帝陛下の方へ意識を戻した。


 私はその態度に凄く不服を申し立てたい!


 誰だ、私へこんな恥ずかしめの原因を作った奴は!?


 あいつか?


 あの自称神様か!?


 私がイライラしている雰囲気を察した様で、皆んな私から少し距離を置いている。


 「世の言葉で解散命令を掛けても、一向に応じてくれぬのだ。 頼む、これ、何とかしてくれ〜」


 皇帝陛下の哀れな泣き言を、まさかこのタイミングで聴く事になるとは誰が予想しただろうか?


 もはや、そこに威厳と呼べるものは介在していなかった。


 その哀れな姿を見せられたお陰で、私の怒りは興覚めしていた。


 哀れな皇帝陛下の説明によると、ここに集まっている兵士達以外にも志願者がたくさんいるらしい。


 それで何故、新設する部隊が一個大隊なのか?


 志願者の総数は軽く1〜2個旅団ぐらい出来そうな規模だそうだ。


 しかし、それをされてしまうとカイヌ帝国の治安維持に回せる兵士が減り過ぎてしまう。


 その為、志願者の中から一個大隊だけを選出して、選ばれなかった兵士達には、それで諦めてもらおうと言う事らしい。


 なるほど納得だ。


 だが、それだけ聴いて、ご主人様は改めて血気盛んな志願者達を見下ろす。


 そして明らかに持て余して、げんなりしたご様子だ。


 「カエデ〜、、、助けて〜」


 そこで何故私に振るかな〜?


 この場合は面倒見の良いライルさんが適任じゃないかな〜?


 そう思って私はライルさんに視線を向けたら、勢いよく視線を逸らされた。


 さすがのライルさんも、これには許容の範囲外らしい。


 「はぁ〜、仕方ありませんね〜、ご褒美は弾んでくださいよ〜」


 「さすがカエデ、頼り甲斐があるね! 本当に自慢の奴隷だ! 正に聖騎士の鏡だ〜!」


 まったく調子の良いご主人様だ。


 今回の仕事に対するご褒美は、後でしっかり無茶振りさせていただくとしよう。


 私はご主人様の代わりにバルコニーへ姿を現す。


 「おぉ、あれは聖女カエデ様だ!」


 「聖女カエデ様〜!」


 「聖女様〜、我らへ御導きを〜!」


 私はいつのまにか聖女様へと格上げされていた様だ。


 あれ?


 聖女様と言う事は、聖人様のご主人様と同等なのか?


 それはよろしく無い!


 私がトップとなってしまっては、夢のペットライフが送れなくなるでは無いか!?


 このままでは私の野望が潰えてしまう!


 何としても、ここから成り下がらなければ!


 ならばこうするしか無いな。


 「よく集まったな、このウジ虫ども!」


 ご主人様と皇帝陛下は私へ向けて、目を見開き、驚愕の表情で見つめて来る。


 良いんだよ、これで!


 ちょっとここで評価を落としておかないと、私の野望が実現不可能になるからね!


 「貴様らに1つ言っておく。 聖人様は無能な兵士には全く用は無い! それでも役に立ちたいのなら兵士としての価値を示せ!」


 なるべく悪役っぽい印象を意識して演説するのだ!


 こいつらを幻滅させてやる!


「それが出来ぬウジ虫どもは直ちに自らのいるべき本来の巣穴へ引っ込むが良い! 無価値なウジ虫に聖人様の貴重なる思考のお邪魔をする資格など無いのだ!」


 ここまで言えば、ほとんどの者は心折られて立ち去る事だろう。


 な〜に、中には変わり者も一個大隊分はいるだろうから、それだけ残れば十分だ。


 「3日後、再びこの宮殿に我らは現れる。我らの求めるのは価値ある兵士のみで! 残念ながら、今の腑抜けた貴様らにその価値があるとは到底思えない。 実に嘆かわしい限りだ。 本当に兵士の価値を示せる覚悟のある者だけ、この場へ立ち戻れ! その時改めて、聖人様へ、我ら聖騎士へ、その価値を示しに来るが良い! 話は以上だウジ虫どもよ、解散!」


 どうだ?


 これならば、さぞ幻滅した事だろう?


 これで2度と私を聖女様などと呼ばなくなるであろう?


 これで私の奴隷ペットライフは安泰だ。


 「かしこまりました聖女様!!」


 「浮かれ過ぎていた我らの気を引き締める為に、敢えて憎まれ役を買って出られるとは、何と健気な!」


 「どこまでも我らの事をお考えになられているとは、俺は感激しました!!」


 「必ずこの場に再び馳せ参じますぞ〜!!」


 「聖女様バンザ〜イ!!」


 あれ!?


 何だか思っていた反応とかけ離れている気がするのだが、気のせいかな?


 気のせいだよね?


 これでまた来るのは相当ヤバい奴らだと思うのだけど、どうなるのかな?


 「さすがは聖騎士カエデ様ですね。 まさかその歳で軍人の心得を弁えていて、敢えて冷遇し、兵士達のやる気を引き出させるとは、将来は間違いなく立派な軍の指揮官、いや軍の大将になる素質を持っておられる。 いやはや全く感服致しました」


 皇帝陛下の側近である宰相さんより説明がなされた為、私は今自分のやらかした失敗に気が付いたのだ。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ〜!!!」


 私は余りのショックで、頭を抱え込み、しゃがみ込んでしまった。


 「カエデ、、、浮かれに浮かれた兵士達の現状を憂いて、無理して口汚く接していたのか、、、自分の心を犠牲にしてまで、、、お前の気持ち、決して無駄にはしないよ」


 何キレイに纏めようとしてるんだ、この能天気ご主人様は!?

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