EP38【非情な命令、後始末開始】

 あれ?


 今日は何故か劣勢れっせい気味だな〜。


 昨日の最前線では両陣営とも、槍と盾の応酬で一進一退を繰り返していた。


 だが今日は一転、徐々にではあるがカイヌ帝国側が押されている。


 明らかに最前線へ投入している兵の数が、昨日に比べて少ない。


 負傷して後退した兵の補充要員が追いついていない為、そこからブリード王国兵が入り込んで来て、今にも前線が崩壊しそうだ。


 ちなみに今日の私達の活動内容は、高所からの一方的な弓矢狙撃作戦を実行中だ。


 ただ、この戦場はひたすらに平坦な草原地帯だ。


 山や崖などの様な高所はない。


 なだらかな丘はあるが、貴族連中が占有しているし、最前線から離れすぎて弓矢の狙撃は出来ない。


 そんな地形でどうやって高所からの狙撃を可能にしているかというと、脚立きゃたつを使っている。


 当然ただの脚立ではなく、木製ではあるが高さが30mほどある特大サイズの脚立である。


 そのてっぺんに嫌がるカトレアちゃんを無理矢理縄で縛りつけて、高所へ持ち上げたのだ。


 当然脚立が壊れない様に、私が常に魔力を注ぎ込み強度を保っている。


 この狙撃用脚立は最前線から60m離れた位置に設置。


 60m離れた距離と30mの高さは、敵の矢などの遠距離攻撃の完全なる射程外。


 平地だと50m狙撃のできるカトレアちゃんだが、高さのアドバンテージがあれば更に遠くの80mぐらい先の敵を狙撃の可能なのだ。


 これはお兄さん譲りの弓矢の才能がある、カトレアちゃんだからこそ出来る芸当だ。


 普通の人ならまず無理だろう。


 万が一カトレアちゃんに敵の矢が当たってはいけないので、木製の板を胴体にくくりつけてある。


 ギリギリ届く程度の矢なら、それで十分防げるだろう。


 初めは怖がっていたカトレアちゃんも次第に高さに慣れて、ブリード王国兵の小隊指揮官レベルの兵を精密狙撃で順次仕留めていっている。


 いくら大軍勢でも、指揮を取っている人間がやられれば、その隊は混乱して逃げていくしか手段が無くなるのだ。


 カトレアちゃんは動いている的への狙撃は苦手らしいが、今日はあちらこちらに設置されている馬防柵により敵は自由に動けず止まった的同然だった。


 昨日使った馬車突撃を警戒しての馬防柵だったのだろうが、今日の私達の作戦に対しては逆に自分達の逃げ道を塞ぐ結果になっている。


 敵ながら可哀想だとは思うが、悲しい事にこれが戦争なのだ。


 たぶん強制参加だろうが、逃げ出さずに、自分の意思で戦場に立っている以上、死傷するのは自己責任として受け入れてもらおう。


 最初こそは一方的な狙撃で優勢だったはずだが、最前線の攻防が押され気味で、危うくブリード王国兵の突破を許しそうになっている。


 カトレアちゃんは遠距離狙撃から、ところどころ最前線を突破してくるブリード王国兵に向けて中距離狙撃に切り替えていた。


 しかし、次第に最前線を突破するブリード王国兵が増えてきて、1発ずつの狙撃ではとても対処しきれなくなってきている。


 こんなはずではなかったのに、いったい何処で読み違えたのか?


 私の計画に穴があったというのか?


 困惑してきた私の後ろで、親方様とご主人様の会話が聞こえてきた。


 「まずいな、昨夜の囚人奴隷部隊収容所の一件で、何故か制御の出来なくなった囚人達が暴動を起こしている。 そちらの対処で職業軍人部隊のほとんどが駆り出されてしまったのが、かなり響いているな」


 「やはりブリード王国の仕業ですか? 昨夜の爆発と何か関係があるのでしょうか?」


 「分からない。 だがあの爆発以降、囚人達が命令を聞かなくなったところを考えると、ブリード王国はもしかして、奴隷の首輪の効力を失わせる兵器を開発したのかも知れない」


 「そんな! そんな兵器があったなら、奴隷運用で成り立っているカイヌ帝国は、いったいどうなるのですか!」


 「そこが問題だ。 今後、皇族陛下や貴族、軍上層部とで対策を早急に協議する事になるだろう」


 2人とも、とても深刻な表情で話されている。


 話の内容を聴いた私は、冷や汗を掻いている。


 もちろんブリード王国の新兵器に対してビビっている訳では無い。


 何しろ昨夜の大爆破と囚人奴隷部隊の暴動のきっかけを作った真犯人を、私は知っているのだから。


 そう、何を隠そう、いや隠すけど、真犯人は感情的に行動を起こしてしまった、この私自身だ。


 つまり、このカイヌ帝国側が押され気味となった原因を作り出したのも、私自身という事になる。


 今の状況を一言で表してみよう。


 『ヤバイ』である。



 少しして親方様とご主人様の元へ伝令が走って来た。


 「ご報告申し上げます。 カイヌ帝国総員、最前線総崩れにより、千馬身約1,500m後退されたし、後退後に改めて戦線構築を予定。 皇族特別権限こうぞくとくべつけんげんにより各貴族は奴隷を殿しんがりにして後退時間を捻出せよ。 以上であります」


 何と!


 そこまで切迫詰まった状態になっているとは!


 やはり人間、感情的に行動を起こすのは良くないね。


 勉強になったよ。


 「「、、、、、、、、、、」」


 伝令の言葉を聴いて、親方様とご主人様が凄く複雑そうな表情を浮かべ、沈黙している。


 何を押し黙っているのかな?


 さっさと私達奴隷へ『貴族達の後退が完了するまで最前線で戦い、時間を稼げ』と命令して、自分達は逃げ出せば良いのに。


 「父上! 僕はカエデやカトレアへ、そんな命令は出したくありません! 2人は奴隷ですが、もう僕らの家族です! 家族を盾にして、おめおめと逃げ出すなんて、絶対にしたくありません!」


 おぉぉぉ、ご主人様!


 凄く感動的な台詞だ!


 だが、正直足手纏あしでまといだから、早く下がってほしい。


 退却戦までご主人様を守りながら闘う余裕は全くない。


 「私も彼らにそんな非情な命令を下す事など、、、したくない。 だが、お前の言う通り、、、この者達は家族同然だ、私も彼らと共に死地に残り闘おう! それが帝国貴族当主の最後の役目だ。 ロイ、、、、ハーネス家を、よろしく頼む!」


 おいぃぃぃぃぃ!!!!


 ご主人様より断然マシだが、親方様も十分足手纏いだから、ご主人様と一緒に早く下がってほしい。


 仕方ない、多少荒い手法だが、手段を選んでいる余裕は今はない。


 「カエデ姉さ〜ん! もう無理です〜!! 敵を抑えきれませーん、敵の矢が届き始めてい、って、ギャァァァァァァァァア!!!」


 私が魔力を流し込んだ事により、狙撃台として使用していた30mの脚立が粉砕されて、カトレアちゃんは言葉を最後まで言えずに、泣き叫びながら堕ちてきた。


 堕ちてきたカトレアちゃんは私がしっかりとキャッチしてあげた。


 究極魔法『クッション精製』により落下の衝撃は最低限に留めたが、カトレアちゃんば恐怖の余り、気を失ってしまった様だ。


 私はカトレアちゃんを物資運送用の馬車の荷台に投げ入れる。


 「おいカエデ、何を、ウッ!」


 「父上!? カエデ、父上に何を、って、ウッ!」


 私は親方様とご主人様へボディーブローを1発ずつお見舞いし、2人の意識を刈り取った。


 カトレアちゃん同様、ダウンした2人も馬車の荷台へ投げ入れる。


 文字通りさん達を後方へ発送してもらおう。


 私はその場に残った親方様の男性奴隷2人へ、馬車を引いて後方へ下がってほしい旨を伝えた。


 困惑している奴隷2人は、少しだけ迷った表情を浮かべだが、私が一睨みしたらとっとと行動を開始して、馬車を引いて後方へ移動を開始してくれた。


 良かった、これで足手纏いは居なくなった。


 遠ざかる馬車の荷台から、よろよろと状態を起こして、私を振り返るご主人様の姿が見えた。


 「ありゃ〜、少し手加減しすぎたかな?」


 私が反省点を呟いていたら、ご主人様の声が聞こえてきた。


 「カエデー! 命令だー! 死ぬなぁぁぁぁあ!!!」


 意表を突かれた命令に一瞬、私はキョトンとした表情を浮かべてしまった。


 でも、こんなに熱い気持ちのこもった命令は、全然悪い気はしない。


 それこそ、うっかり微笑んでしまうぐらいにね。


 ご主人様の主の指輪と、私の奴隷の首輪に埋め込まれた赤い宝石が強く光り輝く。


 「かしこまりました。ご主人様」


 ご主人様へは聞こえないだろうが、私は深々とお辞儀をしながら、小声で応えた。


 すぐにご主人様達を乗せた馬車は見えないところまで後退していった。


 では始めるとしますか、私のやらかした事に対する後始末をね。


 私は苦笑いをしながら、迫り来るブリード王国軍へ向き直り、歩みを進めて行ったのであった。

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