EP35【健気なお嬢様と黒歴史】

 重傷を負い、私の魔力操作で看病を受けながら、ブリード王国兵の1人が気になる話をしてきた。


 どうやら私に似た人が、ブリード王国にいる様だ。


 世間には自分と瓜二つの人間が3人はいるらしいから、そんなに驚く事ではない。


 現在行っている魔力操作はだいぶ単調な作業なので、私は話の続きを暇つぶしに聴かせてもらう事にした。


 「そのお嬢様は、もし今も生きておられたならカエデ様と同年代ぐらいの、鮮やかな赤毛をされた美しい少女でした」


 ほほう、ブリード王国にいた頃の私と外見がとても似ているのは間違いないようだ。


 だが『生きておられたなら』とは、察するにそのお嬢様は残念ながら、もう亡くなられているのだろう。


 「名前は存じ上げませんが、いつも活発で好奇心旺盛なお嬢様でした」


 うん、子供は元気が1番だ!


 私もそうしていたからよく分かる。


 「ですが、ご家族とはあまり関係がよろしくなかったようです。 なのに辛そうなお顔一つお見せにならずに、いつも微笑まれていらっしゃいました。 きっと強がっていたのだと思います」


 よくある話だね。


 そういう健気な少女には、魔法使いのおばあさんが登場して、何やかんやあって、ワザと落としてきたガラスの靴の持ち主を、王子様に探させて計画どおり玉の輿こし! という展開がありそうだ。


 しかし、ここは世知辛い異世界だ。


 そんなメルヘンチックで、都合の良い話にはなかなかならないだろう。


 「よく川や森にお1人で行かれて、魚や虫など取ってくるような子どもらしい一面もありましたね。 お淑やかというより、わんぱくな少年の様に振る舞われるところも、領民から微笑ましく見られ愛されていました」


 川や森とは懐かしい。


 私もよく貴重な動物性タンパク質となる魚や虫を取りに行っていたものだ。


 「しかし、そんなお嬢様も本当のところは精神的に限界が来ていたのだと思います。 夜な夜な屋敷を抜け出し、山に1人で出かけられ、カメハ○ハーとか、ハド○ケーンとか、ひたすら叫ばれてい、、、うっ!!」


 「えっ、どうしたの!? 大丈夫なのか!? カエデ、彼はどうなったんだ!?」


 それまで穏やかな表情で語っていた、ブリード王国兵はいきなり呻き声をあげて意識を失ってしまった。


 悶えていた状態から回復されたご主人様が、ブリード王国兵の異変に気が付き、私に彼の安否を慌てて訊いてくる。


 「無理して話し過ぎたようです、大丈夫です、気を失っただけです、寝てれば平気です、ついでに記憶喪失になればなおさら良しです」


 「いや、記憶喪失は良くないだろ!」


 まぁ、私がいきなり体内の血流の速度を上げたショックで、気絶してしまった訳だが問題は無い。


 問題なのは、彼が私の黒歴史を目撃していた生き証人だったという事実だけだ。


 最新の注意を払っていたつもりが、当時はまだ魔力感知を開発しておらず、目撃者がいた事に気が付いていなかったらしい。


 一応、血流の変化により、傷口が開く事は無かったが、再度調整を行う。


 しかし、どうしたものか?


 『記憶喪失になってくれれば』とは言ったものの、私は記憶消去魔法なんて開発していないし、この世界では聴いたこともない。


 いっそこのまま目撃者を亡き者に、、、と考えたが、とても心配そうにブリード王国兵を見守るご主人様を見ると、それはとても気が引ける。


 私は激しく悩みながら、看病を一応続けて馬車に揺られていくのだった。


 何か、妙案よひらめけ〜!!!


 

 それから半日弱、何の妙案も閃く事なくハーネス侯爵領へ到着。


 スムーズに襲撃犯であるブリード王国兵達が、憲兵に引き渡されたのであった。


 無論、私の黒歴史を知るあの兵士も含めて、である。


 でも、まぁ、彼らはこれから一生鉱山奴隷であり、私の黒歴史がこれ以上広がる事はないだろう。


 私はそう楽観視していたのであった。


 数日後、奴隷収容区画がブリード王国兵の尖兵に襲撃を受け、大量の奴隷が奪還されて、ブリード王国へ皆逃げられたと報せが届いた。


 逃げ出した奴隷の中には、私を『大天使カエデ様』と謳う者や、私の黒歴史を知る者も当然含まれいた。


 前代未聞の大事件に、カイヌ帝国全体が動揺する。


 そして私も同様に、いや、それ以上に動揺し、愕然とし、頭を抱えていた。


 今後の方針として、奴らの口は封じなければならない。


 特に私の黒歴史を知るあの兵士!


 次に会った時には、、、って、やばい。


 顔、全然覚えていない!


 あまりその兵士自体に興味が無かった為、顔を全然記憶していないのだった。


 当然、名前など訊いていない。


 私の黒歴史が広まらないように手を打ちたいが、その肝心の打つ手が思いつかない。


 あまりの太刀打ちできない現実に打ち当たり、私は力無く倒れ込んでしまい、3日ほど寝込んでしまった。


 お姉さん奴隷の優しい看病の元でね。

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