EP33【甘いですよご主人様!】

 帝都旅行の帰り道、謎の武装集団から襲撃を受けた私達ハーネス侯爵家一行。


 結果的に言えば、私達への被害は一切無かった。


 厳密に言えば、ご主人様のトラウマがまた一つ増えたぐらいだから、被害とは言えまい。


 もう直ぐ戦の初陣なのだから、いい加減グロ耐性を身につけてほしいところだ。


 戦場で流血沙汰が起こる度に眠ってしまう様では、さすがに面倒を見切れない。


 今回は付き添いで来ていた使用人の歳の差カップルが、まさかの実力者だったから事なきを得た。


 でも、毎回この2人の様に実力者に囲まれた状態での戦闘になるとは限らない。


 戦場では今回の10倍、20倍、もしかしたら更に多い敵から命を狙われる可能性もある。


 私が自由に動けるなら、いくら敵が来ても簡単に返り討ちにできるだろう。


 だが、ご主人様が殺された時点で、いくら私が戦果を上げようと戦では負けである。


 その瞬間、私は奴隷ペットではなくなり、野良のらに成り下がるのだ。


 せっかく超大当たりのご主人様かいぬしさま奴隷ペットに慣れたのだ。


 今さら野良になるのはゴメン被る。


 もう少し開戦まで日時があるので、何か対策を考えよう。


 とりあえず今は、武装集団の生き残りに対して尋問を執り行う時だ。


 いくら殲滅したと言え、さすがに全員殺す訳はない。


 私達が攻撃した際に、たまたま傷が浅かったり、倒れた衝撃で気を失っただけの者は生存している。


 敵の生存者の数は総数20人に対して8人。


 12人は、普通に元人間だった肉の塊への加工が完了して、動かなくなっている。


 いちいち誰がどれだけ仕留めて、どれだけ生け取りにしたのかは数えてはいないが、クレアさんの担当した左後方から来た敵には、生き残りはいなかった。


 皆正確に、喉元か左胸のどちらかへ一本ずつナイフが刺さって動かなくなっていた。


 味方ながら怖過ぎる。


 クレアさんがもし敵勢力に加担していたら、私はご主人様を守り切る自信が一切ない。


 さて、生き残りの尋問は、先程武装集団が待ち伏せしていた岩場で行われた。


 尋問担当はキースさんだ。


 クレアさんはご主人様のお守り。


 私とカトレアちゃんは武装集団が起こした焚き火で、芋を焼いている。


 せっかくの焚き火だから、有効活用してお昼ご飯にする事にしたのだ。


 目を覚ましたご主人様も誘ったのだが、どういう訳か食欲が湧かないそうだ。


 人間そういう日もあるのだろう。


 私には経験ないけど。


 尋問中の背後から『ギャー、ギャー』うるさいBGMが聞こえて来るが、私とカトレアちゃんの食欲には一切影響は無かった。


 キースさんの尋問もひと段落し、私とカトレアちゃんのお腹も程よく満足した頃、ハーネス侯爵家一行は集まり、状況の確認が始まった。


 キースさんによると、今回襲撃して来た者達はブリード王国の尖兵であり、開戦前に有力な貴族や軍人さんをターゲットに奇襲をかけて戦力を削る作戦を取っているそうだ。


 この武装集団がターゲットにしたのは、私達が初だったそうだが、他にも帝国内に何グループか民間人のフリをしてカイヌ帝国へ潜入し、色々と工作活動をしているそうだ。


 まぁ、こういう戦争前の裏工作はお互い様だろうね。


 カイヌ帝国側も私の今世で生まれ育ったオーシャン伯爵家襲撃とかやっていた事だし。


 「なんて汚いやり方をする奴らなんだ! 堂々と戦場で雌雄しゆうを決する気概きがいがないとは、ブリード王国とは、とんだ卑怯者国家だな!」


 いやいやいやいや、ご主人様よ、カイヌ帝国もそれなりに卑怯な手段取ってますよ!?


 戦時中以外で敵の有力貴族家への夜襲とか、奴隷を無理矢理戦場で戦わせて、貴族は高みの見物を決め込むとか。


 もしかしたら、奴隷に自分の出身国の人間と殺し合いをさせるなんて事もやりそうだよね?


 カイヌ帝国人の『自分の事は棚に上げる』という思考スタイルは、未だに健在のようだ。


 ご主人様は、私の呆れてた視線に気が付く事なく憤慨している。


 これが穢れを知らない無垢な子供の、恐ろしい一面なのだろうね。


 まさに思想教育の賜物たまものというべきかな?


 それでこの奴隷達をどうするべきかの相談が始まった。


 一応カイヌ帝国の法律では、敵国のスパイや兵士を生け取りにした場合は速やかに軍部へ引き渡すか、貴族の手により奴隷にするかを決めなければならない。


 決して無力化した後に、敵の命を奪う事は許されていない。


 変なところだけ人道的な考え方の様に感じるが、たぶんカイヌ帝国に無数に点在している多種多様な鉱山の働き手となる奴隷を、より多く手に入れたい思惑があるのだろう。


 その為、カイヌ帝国にはどんな凶悪犯でも死刑制度は無いのだ。


 代わりに重い罪を負った者には、一生鉱山奴隷の刑が与えられる。


 そして、その表面的な事実が『カイヌ帝国は人道的な国家である』と、国民に思い込ませる教育がなされている。


 私が昨夜、帝都図書館の禁書保管庫で得た知識は、まさかの翌日に有効活用されていた。


 それで、本題の生き残りの8人の処遇だが、私とクレアさんは『目撃者も居ないから始末した方が楽で良いです』という意見。


 ご主人様とカトレアちゃんは『法律を守るのは帝国貴族の勤めだ』『抵抗もしないのに、殺しちゃ可哀想です』と、反対意見だ。


 キースさんはどちら着かずで、苦笑いをしている。


 でも、基本的に団体の代表者の意見が尊重される為、ご主人様の『法律遵守』が採用されそうな雰囲気だ。


 含むところはあるが、皆んなそれ以上の文句は言わなかった。


 あくまでも雇われの身だからね。


 意見具申はするが、あくまでも決定権は雇い主側にある。


 しかし、ここで1つ問題がある。


 どうやってこの8人の捕虜を連行する?


 または通報して、憲兵に全てを委ねる?


 どちらにせよ、今いるこの位置は帝都から馬車で半日の距離。


 ハーネス侯爵領までも馬車で半日の距離。


 襲撃に対応する為に時間を取られて、後少しで夕方になってしまう。


 基本的に街灯もない道を馬車で移動するのは危険が付きまとう。


 常識的に考えて、今日はこのままこの岩場で野営するしか手は無いだろう。


 しかし、捕虜の中には戦闘で重傷を負った者も2人いる。


 一晩手当がなされなければ、間違いなく命はないだろう。


 襲って来たのはこいつらなので自業自得だが、野営中に連れている捕虜が死ぬのは気分の良い物ではない。


 かと言って今から1人馬で憲兵を呼びに行っても、再びこの地に辿り着くのは翌日の昼頃になる。


 結果は変わらない。


 残念ながら、重傷の2人はこのまま看取ることになりそうだ。


 一応、私なら魔力で傷口を塞いで助けられない事は無い。


 だが、それをすると、奴隷の首輪を付けているのに、何故魔法が使えるのかの説明ができない。


 ここは特に助ける義理もないので、私はこのまま見捨てる選択をするのが妥当だと判断していた、、、、のだが。


 「カエデ、、、何とかしてあげられないかな?」


 「は!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る