EP30【驚きのニュースは突然に!】

 自称『ソビビアの夜明け』残党のカトレアちゃんが、侯爵家の1人息子、ロイ・ハーネス様の奴隷となって3日が経過した。


 初めこそは自分が奴隷になってしまった事に対し、落ち込む仕草はあったが、毎日の文化的な食事、安心して眠れる1人部屋、チヤホヤしてくれる使用人や先輩奴隷達。


 あっという間に新たな生活環境に馴染んでいる様子が見てとれた。


 「カエデ姉さん、私、奴隷のお仕事を誤解していたみたい。 仕事内容が少しキツくて汚いだけで、今は何だか凄く楽しいよ!」


 カトレアちゃんは私の事を『カエデ姉さん』と呼んで慕ってくれるようになり、当の私も満更ではない気分だ。


 喜んで仕事内容、ハーネス侯爵邸での生活の事、ご主人様のあしらい方や、親方様の利用方法等、色々教えてあげている。


 しかし、元気いっぱいに働いているカトレアちゃんとは違って、親方様とご主人様は最近元気があまり無いようだ。


 昨日なんか『『カエデが増殖してしまった』』と訳の分からない事を呟いていた。


 私の魔法では分身の術みたいな事はできないのに、どうしたのだろう?


 きっと人の上に立つ人間には、その立場特有のストレスがあるのだろう。


 そのストレスが極限に達してしまい、幻覚でも見えているのかも知れない。


 この世界にもメンタルクリニックや精神科みたいな物があれば良いのだけれど、今のところ私は聞いた事がない。


 純粋な疲労なだけなら、私が夜中にでも枕元に現れて、脳内疲労物質の排出をコントロールしてあげても良い。


 だが精神的疲労だと、何故かそれだけでは治る事はない。


 これは私がここ最近、自身の体験により分かった事だ。


 残念ながら、私には精神医学の心得は無い。


 ブリード王国にいた頃、王立図書館にあった『精神病』に関する書籍によると、悪霊や悪魔が取り憑く事が原因とされているそうだ。


 つまり『原因がよく分からない症状は、悪霊や悪魔のせいにしておけば、全て丸く収まるね』の理論である。


 一応私が契約している悪魔にその事を伝えて、事実確認したところ『根も葉もない出まかせ情報です! 人間が勝手に悪魔のせいにするので、我々は迷惑しています』と教えてくれた。


 冤罪事件とかこうやって始まるのかな?


 あれ?


 悪霊に関しては否定してないね?


 そちらの方面は感知していないのかな?


 それについても聞いてみたところ、守護霊的な者が1〜3人それぞれの人間に付いているから、だいたいそれに護られるそうだ。


 知らなかったが、私には生前の恨みを持った約400人分の悪霊が取り憑いていた。


 その悪霊も、今は悪魔が報酬として受け取ってしまい、もういないようだ。


 普通そんなに取り憑いていたら、まともに生活できないそうだが、私は2人の守護霊により強力な魔力を与えられているそうだ。


 その魔力により、私は無意識で悪霊を無力化していたのではないかとの事。


 どこのどなたか分からないが、2人の守護霊様には大いに感謝だね。


 それにしても約400人の悪霊とは、そんなに人に恨まれるような事をした記憶はないのだけれど?


 人間、どこで恨みを買うか分かったものではない。


 私の魔力量が多い理由や、身に覚えのない恨みを買っていた事実、それにより取り憑いた大量の悪霊が知らない内に解消されていたという内容盛りだくさんな、悪魔との軽い談話だった。


 そんなノホホンとした日の昼過ぎ、ハーネス侯爵邸の門前に一台の馬車が停められた。


 馬車からは軍人のお偉方らしき男性1人と、2人の若い軍人さんが降りてきた。


 直ぐ使用人により親方様へ報せが走って、呼び出された親方様が門まで歩いてやってくる。


 若い軍人さんから親方様へ封書が手渡され、軍人さん立ち会いの元、開封される。


 文章に目を走らせ、元々元気の無かった親方様の表情が、更に険しい表情となっていくのが分かる。


 「これはどう言う事だ!? 息子は成人したばかりで、まだ13歳だぞ! 初陣には早すぎるだろう!!」


 『初陣』と言ったかな?


 『初陣』とは、初めて戦へ参加する事を意味する言葉だ。


 親方様のリアクションを見る限り、カイヌ帝国では13才で初陣するのは普通より早いのかも知れない。


 私の初陣(勝手に)は7歳の夏だった。


 懐かしいね〜。


 「普通初陣は15才からだろう! 何を考えて」


 「成人お披露目パーティーでの、ご子息ロイ様による奴隷使いは見事な物だったと聞き及んでおります」


 親方様の抗議の声を遮り、軍人さんらしき男性は少し高圧的な態度で話だした。


 「パーティーに参加されていたゴーシャ公爵より皇帝陛下へと話が広がり、その見事な奴隷使いの腕前に、高い興味を惹かれた様なのです」


 そこまで説明されて、親方様は愕然としていた。


 「皇帝陛下は戦場にて、ご子息ロイ様の腕前が披露される事を強くお望みございます」


 軍人のお偉方らしき男性は淡々と、言葉を続ける。


 「当然、皇帝陛下自らも戦場へ赴き、観戦される事になりました! おめでとうございます! ご子息ロイ様は皇帝陛下に目を付けていただき、戦いぶりを直に観ていただける栄誉を承れるのです!!」


 いやいや観戦って、スポーツ観戦みたいな軽い感覚だね。


 「皇帝陛下自ら戦場に!? それは余りにも危険すぎる! 側近の皆様はお《いさ》諌めするべきでしょう!」


 「ご心配はごもっともですが、今回の戦争相手はブリード王国です。 まだ公にはなっていませんが、今回は今まで我々を苦しめてきた、オーシャン伯爵家の参戦はありません」


 「なんと! あの無敵のオーシャン伯爵家が不参戦とは! と言う事は当然、オーシャンの赤き猟犬も戦場に現れないと言う事なのだな? それならば話は変わってくるな!」


 親方様の表情がいくらか回復しているのが見て取れる。


 それにしても、よりにもよってブリード王国が相手とはね。


 何しろ私は、今話に挙がっているブリード王国出身であり、今世の実家はオーシャン伯爵家なのだ。


 オーシャンの赤き猟犬については知らないが、いないのなら問題ないだろう。


 その後、いくらか細かい話をした後、軍人さん御一行は馬車に乗り込み、帰って行った。


 少し表情が回復したご様子の親方様だったが、まだ元気になった訳では無さそうだ。


 少し経って、ご主人様と私が親方様のお部屋へ呼び出された。


 困惑するご主人様と、門の近くで身を隠し、大体の内容を聴いていた私が揃って入室する。


 その後、親方様により事情が説明される。


・先日の成人お披露目パーティーの一件でご主人様の奴隷使いの腕前に、皇帝陛下が関心を持っている事。


・次のブリード王国との戦にて、ご主人様の奴隷使いの腕前を披露しなければならない事。


・皇帝陛下も観に来るので、失敗は許されない事。


・開戦は今から2ヶ月後(初夏)である事。


・開戦自体は当初の予定通りだったが、ご主人様が急遽参加する事になったので、その戦支度を急いで始める必要がある事。


 それだけ告げられて、ご主人様は無言で微動だにせず、真っ直ぐ立っていた。


 いくら成人したとはいえ、13才の若い少年にはプレッシャーが強い内容だと思うけど、この堂々とした立ち振る舞いを見ると、案外立派な覚悟をお持ちなのかも知れない。


 不覚にも、少し感心してしまったよ。


 私はご主人様が今どの様な顔で立っているのか気になったので、チラリと覗いてみる事にした。


 白目を剥いて気絶していた。


 また『どこでも寝てしまう癖』が出てしまったようだ。


 私の感心を返せ!

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