EP27【密偵さんとキャンプファイヤー】
私に対する『カエデちゃ〜ん! ウフフ、呼んでみただけ〜(笑)』の流行りは、1週間程度で落ち着いた。
この1週間は精神的疲労が重なって、私は胃痛になるんじゃないかと思った程だ。
ならなかったけどね。
だが、何らかの形で気晴らしをしたい気分ではあった。
そんなある日、奴隷のお仕事としてハーネス侯爵邸の周囲の山から、薪となる木材を収集していた時の事。
私はハーネス侯爵家とは無関係の人影を1人、木の上に発見していた。
何やら個人携行型の望遠鏡らしき筒を持って、ハーネス侯爵邸を観察している様子だった。
ただの覗き魔か、はたまた他国の密偵か?
一応まだ実質的な被害は出ていないから、このまま魔力感知にて監視を続けよう。
私が見える範囲では殺傷能力のある武器の携行は無い様だ。
暗殺者の様に、隠し武器の様な物があれば気付けないかも知れないけど、たぶんそれはない。
こいつは木に登っているだけで、格好が密偵や忍者の様に目立たない工夫を一切していない。
一般人の振りをして、怪しまれない様にターゲットへ近づくタイプという線もないだろう。
その場合、木に登って望遠鏡で屋敷を観察するなんて怪しい行動自体を取らないはずだ。
結論、何らかの目的を持ってハーネス侯爵邸を観察してはいるが、ズブの素人である。
脅威度はほぼ無い。
ハーネス侯爵邸の各居室にはカーテンが付いており、着替えを覗かれる心配も無い。
うっかりフルオープンで着替えしている人がいたら、仕方ないから諦めて覗かれてもらおう。
私はとりあえずの結論を出しつつ、薪運びのお仕事を続けた。
その日の日没前、薪運びのお仕事は奴隷預かり係により、慌ててストップが掛けられた。
薪置き場を山盛り状態にしてしまった事が、何だか問題だった様だ。
積み上げ過ぎて、上の薪は手が届かず、下の薪は取ると崩れるとの事。
知らんがな。
日没まで薪を集める様に指示した、奴隷預かり係りが悪い。
倒木を魔力刃で程良くカットし、テキパキ運んだ私に責任は無い。
これに懲りたら奴隷預かり係りの監督責任をサボらずに務め上げる事だね。
だが、何故か私が怒られたので、薪の山は日没までに3つの小山になる様、積み直しをさせられた。
やや理不尽を感じつつ、私にしては大した労力では無いので従った。
今回の作業により、以降1ヶ月は薪集めのお仕事が中止になるそうだ。
暇になったらどうしよう。
そして日が沈んでも、例の木の上の観察者はまだそこにいた。
今の季節は春、夜はそれなりに冷える。
魔力感知で見たところ、大した防寒はしていない様だ。
流石に冷えてきたら、引き上げるだろう。
私は本日のご褒美ディナーへ気持ちを切り替えて、不審者の事は意識の片隅に留め置くだけにしていた。
そして、私達はもう就寝の時間になり、女奴隷、女使用人、奥方様における恒例のガールズトークを切り上げ、各自の部屋へ戻っていく。
ほんの数週間で、ハーネス侯爵家内で女性陣の団結力がどんどん強くなっている気がする。
それに対抗してか、男性陣はたまに男子会なる集まりをしている様だ。
まぁ、どうでもいい事である。
今日もよく働いたので、ベットに飛び込み休む事にした。
最近の私は精神的疲労もあり、夜は寝る習慣が付いてきたところだ。
たぶん良い事なんだろうね。
と、そんな時、魔力感知にて監視を続けていた例の観察者が、木の上から降りたのが分かった。
やけに勢いよく、まるで倒れる様に、着地も派手に失敗して。
ん?
コレは降りたのではなく、
降りたのか、堕ちたのか、よく分からない観察者はその場から動く事なく、のたうちまわり震えている。
野営の準備はしてなさそうだから、とっとと帰れば良いのに、何しているのかな?
私は微妙に気になってきたので、邸をこっそり抜け出し、木の下で震えている観察者へ接近してみた。
「さささささ、寒いぃぃぃぃ、痛いぃぃぃぃぃぃ、お腹が減ったぁぁぁ、、、どうしてこんな事にぃぃぃ、、、」
「どうしても何も、無計画すぎたのでは?」
「はっ!!」
よく見たら、観察者は私より少し歳上の様に見える女の子だった。
私に気が付き、観察者の女の子は震えながら警戒する視線を私へ向けてきた。
視線を向けるだけで、特に何も出来ない様子だ。
とりあえず私はここへ持参した薪を積み上げて、魔力で火花を出し、焚き火を作る。
どうせ薪はたくさんあるから、このぐらいは問題ないだろう。
「まぁ、とりあえず、焚き火で暖まってから落ち着いてお話ししましょう!」
相変わらず、観察者は警戒しながらではあるが、諦めた様に焚き火に手をかざし、すぐに顔から力が抜けて緊張感が消失していた。
なんかチョロそう。
「私はカエデって言います、あなたは何と呼べば良いですか?」
「え?、、あ〜、名前か、私はカトレアよ、あなたは見たところ奴隷みたいだけど、こんな事して大丈夫なの、その〜、私みたいな怪しい人間を助けたりして」
あっさり名前を教えてくれたカトレアさん。
少し優しくされたからと言って、無警戒過ぎやしませんかね?
やっぱりチョロ過ぎて、工作員や偵察任務には一切向いていなさそうだ。
「ご心配なく! 私は私のやりたい様にやるだけです! ご主人様如きに口出しはさせません!」
「え!? ご主人様、如き!? 奴隷、だよね?」
「もちろん!」
カトレアさんは困惑顔で、当然の事を確認してくる。
それに私は胸を張って、肯定する。
ちなみに今、私が張っているこの胸は、以前の幻影魔法で見せていた、実体の伴わないないケチな代物ではない。
究極魔法が施されていて、実際に質感もあるのだ!
そう、究極魔法『クッション精製』である。
私は常に進化を続けているのだよ!
以前ご主人様の手が、私の胸元を空振りした時の屈辱、あれを決して忘れてはいなかったのだ!
、、、何故だろう?、、、
「それで? カトレアさんはここで何をしてたんですか? 朝から晩まで木の上から、熱心に侯爵邸を覗いていたみたいですけど?」
「うっ! そんな時から気付かれていたとは、、、さすがはハーネス侯爵家と言ったところね!」
いや、私以外は誰も気づいていないと思う。
「そこまでバレてては仕方ないから話すしかないわね。1週間前この邸に襲撃事件があったでしょ?」
あぁ、あったね、そんな事。
あの事件の関係者かな?
「あの襲撃犯『ソビビアの夜明け』のメンバーに、私のお兄ちゃんがいたの」
ほほう、あの中にね〜、、、ダメだ誰一人顔を覚えていない。
「お兄ちゃんはクロスボウの名手で、動いている素早いウサギや鳥なんかも一撃で仕留められる実力者なんだよ!」
それは凄い!
私なんか、止まっている5メートル先の大きめの樽に石を飛ばしても、5発中1〜2発しか当たらないのに、、、。
ん!
クロスボウの名手?
あぁ〜そう言えばいた気がする。
確か、楯突いてきた貴族の男性をクロスボウの早撃で仕留めて、奇襲をかけた私に矢を当てて来て、びっくりした私に殴り飛ばされた男がいた気がする。
でも、やっぱり顔は一切覚えていない。
「私もお兄ちゃんと同じく『ソビビアの夜明け』のメンバーの1人。 お兄ちゃん達が最後に襲撃をかけて捕まったこの邸でなら、メンバーが何処へ連れて行かれたのかが分かると思って観察していたの」
うわぁ〜、大した抵抗もなく重要な事をペラペラと喋る子だなぁ〜。
素直過ぎる。
お兄さんも、この子を襲撃時に連れて来なかった理由が良くわかる気がするよ。
「で、丸一日木の上から観察していて、何か分かりましたか?」
私の問に、カトレアさんは首を振って応える。
「全く何も、、、そもそもこの邸に忍び込む方法すら想像も出来なかった。そのうち、木から自分で降りられなくなって、力尽きて堕ちちゃった」
やっぱり、堕ちてたのか。
てか、本当に『ソビビアの夜明け』のメンバーなのか?
お兄さんに付いていただけの、ただの妹ちゃんなのでは?
そこは
さてと、すらすらと話してくれたのでスムーズに状況が掴めた。
後の事はこの人らに任せるとしようかな。
「じゃぁ、後はお任せします」
「へ?」
私の言葉にカトレアさんは呆気に取られる。
「あ、あぁ、そうだな。ありがとうカエデ」
私達の周りには親方様、ご主人様、使用人の皆さんがずらりと並んで立っていた。
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