EP24【献血のご協力に感謝を!】

 ご主人様のご命令『助けて〜』に従い、パーティー会場を制圧した『ソビビアの夜明け』のメンバーを私は次々と無力化していた。


 残っているターゲットは今、ご主人様を人質に取ってナイフを突きつけている、リーダー格の第8ターゲットただ1人だけだ。


 「派手にやってくれたな〜、かなり腕が立つみたいだが、そこからの距離だとお前のご主人様を救う事は難しいだろう」


 確かに私から第8ターゲットまでの距離は、8メートル程ある。


 この距離を一瞬で詰めても、第8ターゲットがご主人様を刺し殺す方が僅かに早いだろう。


 「その場にうつ伏せになって、両手足を広げろ!!」


 さすがはリーダー格の第8ターゲットだ。


 的確に私を無力化できるような指示出しをしてくる。


 仕方がないので、私は言われた通り地面にうつ伏せになり、両手足を広げてみせる。


 「よし! 次にその女の近くにいる男、俺の仲間が持っている縄で、その女の手足を縛り上げろ!」


 「あ、あぁ、わ、分かった、え〜と、あっ、あった」


 指示された貴族風の若い男性は、狼狽えながら近くで伸びきっている第7ターゲットの腰より縄を取り外す。


 「よし、取れた、えーと、あれ? あの女奴隷は?」


 「えっ?!」


 「お呼びですか〜?」


 バキッ!


 地面へ伏せていたはずの私の姿を見失った、若い貴族風の男性と、第8ターゲットは一瞬困惑顔をする。


 私の場所を訊かれたので、私は第8ターゲットの真ん前で返事をすると同時に、ご主人様へ突きつけられていたナイフの切先を指で摘んで折っていた。


 「「へっ!?」」


 縄を持っている貴族風の男性と、第8ターゲットは間抜けな声をハモらせている。


 何故私が第8ターゲットの前にいきなり現れたかと言うと、簡単な話だ。


 貴族風の男性が第7ターゲットから縄を取り外している時に、第8ターゲットの視線が私から外れたタイミングがあった。


 その隙に私は自分の全身へ幻影魔法をかけて、外から見たら透明になっていた。


 そのまま音を立てない様に立ち上がり、第8ターゲットまで近づいたというだけの話だ。


 不意に距離を詰められ、脅しで使っていたナイフを折られた第8ターゲットは、呆然としていた。


 考えが落ち着くのを待ってあげる程、私は暇では無い。


 第8ターゲットの顔面に私は一撃、拳をめり込ませる。


 あっさり第8ターゲットはステージ上へと、体を崩れ落としてしまった。


 ご主人様は呆然として、力無く立ち尽くしている。


 私はご主人様の隣に跪き、なるべくうやうやしく報告を申し上げる。


 「ご主人様、ご命令に従い、賊の制圧を完了致しました」


 ご主人様の表情が、困惑で埋め尽くされている。


 「「「「うぉおおおおお!!!」」」」」


 私のご報告はパーティー会場全体に聞こえた様で、ご来賓の皆様より歓声が湧き上がっている。


 「さすがはハーネス家のご子息、見事な奴隷使いの手腕だ!」


 「か弱そうな見た目の少女奴隷を使いこなし、流れる様に賊どもを制圧させたとは、将来が楽しみでなりませんな!」


 「これが『天才』という者なのでしょうな! ハーネス侯爵家、いやカイヌ帝国は彼がいれば安泰が約束されたも同然だ!」

 

 さすがは帝国貴族の価値観だ。


 奴隷の手柄は全てご主人様の手柄となる。


 私みたいな常識人には、イマイチ理解に苦しむところである。


 「順番が変わってしまいましたが、先程のご命令を遂行させて頂きます」


 「ん?」


 引き続き困惑顔のご主人様を無視して、先程果実水が注がれていた空のグラスをご主人様に握らせる。


 そして足元にて気を失っている、第8ターゲットこと『ソビビアの夜明け』のリーダーへ私は視線を向ける。


 髪の毛を掴み、顔面へもう一撃だけ拳を打ち込んで出血させ、ご主人様の持つグラスへ生き血を注ぎ込む。


 「お求めの忠誠の誓いである生き血にございます」


 『ソビビアの夜明け』による襲撃の直前、ご主人様から受けていた『このグラスへ生き血を捧ぎ、究極の忠誠を示せ!』という命令を私は忠実に遂行した。


 ご主人様がうっかり『自身の指を噛み切り』という台詞を忘れてくれた為、これでも問題ないはずだ。


 「何と! こんな生き血の捧げ方があるのか!?」


 「不測の事態であった襲撃を直前で察知し、咄嗟に奴隷への指示を微妙に変え、襲撃者の生き血を捧げさせるとは!」


 「これは間違い無い、これこそが帝国貴族の鏡! 認めざるおえない、臨機応変な発想だった!」


 どこまでも都合の良い解釈をしてくれる、ご来賓の貴族達によって、無事にご主人様は帝国貴族の仲間入りが認められたようだ。


 当のご主人様は、『ソビビアの夜明け』のリーダーのむごたらしい顔面を見た瞬間に、白目を剥いて立ったまま気を失っていた。


 相変わらず所構わず寝てしまう癖は治っていないご様子。


 親方様の趣味といい、ご主人様の癖といい、どうにもこの親子は似た者同士、変わり者だ。


 私の様な常識人が、側でしっかり支えてあげないと危なっかしいね。


 私は意識を失ってしまったご主人様を、お馴染みお姫様抱っこでステージからゆっくり連れ出すことにした。


 「見ろ! 今度はあんな小さな少女奴隷に自らを抱えさせて退場するという、凄まじい使い方を披露しているぞ!」


 「どこまでも我々を驚かせてくれる、最強の奴隷使いなだけでなく、最高のユーモアも持ち合わせた御仁だ」


 「これは何としてもハーネス侯爵家とは、末長く懇意こんいにしなくてはいけませんな!」


 「尊い犠牲はあったが、決して忘れれない最高のパーティだった!」


 「ロイ・ハーネス様万歳! ハーネス侯爵家万歳! 我らがカイヌ帝国に栄光あれ!」


 実に頭のおめでたい、そんなご来賓の貴族達を後に、私は何度目かになるお姫様抱っこのまま、ご主人様をお部屋へご案内するのであった。


 一瞬だけ振り返り、私の代わりに文句も言わず生き血を提供してくれた『ソビビアの夜明け』のリーダーに人知れず頭を下げておいた。


 「献血のご協力ありがとうございました」


 決して自発的では無いだろうけれど、この恩はいずれ返すとしよう。


 処刑されていなければ、の話だけどね。

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