EP19【奴隷のパーティーリハーサル】

 親方様の特殊な趣味を何故か披露された翌日。


 これまた何故か奴隷の食生活が希望以上に改善された事により、ここハーネス侯爵邸は奴隷として大当たりの職場であると私は確信していた。


 やる気に満ち溢れながら仕事に取り組む先輩奴隷達を残して、私はご主人様に中庭演習場へ呼び出された。


 ご主人様の成人お披露目パーティーの打ち合せをするらしい。


 本当はこの場に親方様も同席する予定だったそうだが、どうやら本日親方様は体調不良にて来れないそうだ。


 ご主人様によると親方様は震え上がり、ベットで毛布に包まり出て来たがらないようだ。


 きっと昨夜の特殊な趣味に興じすぎて、風邪を引かれたのだろう。


 まぁ、自業自得だから仕方がないが、その特殊な趣味に、まだ幼さの残るご主人様を巻き込まないであげて欲しい。


 幸いご主人様は昨夜の事をすっかり忘れているようだ。


 奴隷部屋へ親方様と共に来たところまで覚えているが、その後の事は覚えておらず、『何か嫌な夢を見ていた気がする』とのこと。


 ご主人様はまだお子様なだけあって、あの親方様の特殊な趣味を目撃する前に、既に眠られていたようだ。


 私が目撃した、震え上がり耳を塞いでいるご主人様の姿は見間違いだったんだね。


 とりあえず一安心である。


 さて早速、ご主人様の成人お披露目パーティーの打ち合わせを始められるようだ。


 手順は老齢の紳士的な使用人が教えてくれながら進められた。


 パーティーが始まり来賓客が揃ったのを確認したら、親方様とご主人様が壇上に上がる。


 私はご主人様の3歩ぐらい後を追従する。


 親方様により壇上で、ご主人様の紹介が行われる。


 その後、ご主人様は改めて自己紹介して一言、帝国貴族の一員となる抱負などを発表する。


 最後に初めての奴隷である私へ、命令を下して見せる。


 命令内容は3つ。


 ・ご主人様のグラスへ果実水を注がせる。


 ・ご主人様の靴へ口づけさせる。


 ・奴隷が自分の指の皮膚を軽く噛み切り、ご主人様が果実水を飲み終えたグラスへ生き血を注がせる。


 この3つの命令を無事終えることができれば来賓の皆様より認められ、晴れて帝国貴族の仲間入りがなされる。


 ん!?


 最後の命令なんて言ったかな?


 皮膚を噛み切り血を出す・・・だと!?


 いやいやいやいやいやいや!


 文字通りの出血大サービスなんて、私の通常奴隷業務では承っておりませんよ!


 ジト目で睨め付ける私に対して、ご主人様は気まずそうに目線を逸らす。


 「、、、頼む」


 「お断りします」


 目を逸らしたまま、ご主人様は一言つぶやくが、私は即答で拒否をする。


 「ご安心ください、坊ちゃん。奴隷の首輪があれば、奴隷は拒否する事はできませんので、坊ちゃんが的確に命令を発令するだけで良いのですよ」


 この使用人はご主人様と私の主従関係について、誤解しているようだ。


 それも当然で、本来奴隷はご主人様の命令には絶対服従を強制される。


 あくまでも普通の主従関係ならばそうだろう。


 だが、私が魔改造した『奴隷の首輪』には『強制的に服従する』という条件を『気が向いたら言う事を聞くだけは聞く』に書き換えてある。


 したがって、私が痛い思いをし、出血をする必要のある命令は気が向かないので聞く必要はないのだ!


 「では、わたくしはこれにて失礼致します」


 使用人は大まかな当日の流れを説明し終えて、他の仕事に微笑みながら戻っていった。


 残された私とご主人様は、その場で呆然としていた。


 「どうしたら良いんだろう?」


 弱々しく呟く困り顔のご主人様。


 私へ聞いているのかな?


 ならば奴隷として応えねばなるまい。


 「ご褒美次第ですが、痛いのは嫌なので相当な物でなければお断りですね」


 「やっぱりそうだよね〜、なら食事にもう一品増やすのはどうだ?」


 「食生活は充分満足なので他が良いです」


 「ならばパーティーの後は何日か休みをやるのはどうだ?」


 「退屈になるのでいりません」


 「他には、、、何が良いんだ?」


 「ネタ切れ早くありません?」


 そもそも帝国貴族に『奴隷へ褒美を取らせる』なんて慣習はない。


 その為、ご褒美の内容を思いつかないのも致し方ない事なのかも知れない。


 しかし、このままではご主人様含めハーネス侯爵家はお取り潰しの未来が待っている事になる。


 それは私にとっても都合が悪い。


 仕方がないので私はご主人様へ助け舟を出す事にした。


 「わかりました、こうしましょう!」


 「ん!?」


 私の希望したご褒美は奴隷それぞれに個室を与えてもらう事だ。


 魔力感知で確認したところ、この侯爵邸には使用人用の個室が全部で15部屋ある。


 それに対して使用人の数は11人しかいない為、空室が4部屋あるのだ。


 どうせ余っているなら、奴隷に個室をくれても良いよね?


 私を含めた3人の女性奴隷に使用人用の空き部屋を、2人の男性奴隷に今までの奴隷部屋を一室ずつ与える。


 奴隷部屋にはベットは無いから、ベットもそれぞれ用意してあげて欲しい。


 私へ文字通り出血大サービスをさせるのだから、そのぐらいのお願いを聞いてもらうべきだろう。


 私の挙げたご褒美の提案を聞いたご主人様は、ガックリ肩を落として呆れたような表情で私を見てくる。


 「昨日に引き続き、今日もとんでもない要求だな」


 「我ながら控えめな要求だと思うのですが?」


 「せめてお前1人を個室にするだけではダメなのか?」


 「昨日も言いましたが、私だけ特別扱いされたのでは、先輩奴隷の皆から反感を買うかも知れませんから、これが最低条件です」


 少し食い下がってきたご主人様だったが、私はこれ以上の譲歩できない事を淡々と伝える事により諦めて頂いた。


 「一応、父上に掛け合ってみるけど、希望通りにできるかは何とも言えないよ」


 あまり気が乗らないご様子のご主人様は、邸に向かって歩き出した。


 そのまま親方様のお部屋へ行かれて、私の提案を伝えてくれるのだろう。


 ちょっと気になるので親方様のお部屋へ到着したご主人様の背後に、こっそりついて行ってみた。


 ドアをノックし、お返事をもらってから入室する。


 ご主人様が私からの提案をそのまま伝えてくれているのを背後から確認する。


 「またあの奴隷の要望か? 今度は一人部屋を寄越せと!? しかもそれを奴隷全員にか!?」


 親方様は片手を額に当て、頭が痛そうな表情を浮かべる。


 まだ体調が良くなっていないのかな?


 自業自得とはいえ、お気の毒にね。


 「どうしたものか〜、、、ん?、、、はっ!!」


 親方様はご主人様の体の真横から、ひょっこり顔だけを出している私と目が合った。


 みるみる内にお顔が青ざめていく。


 体調が悪いのはどうやら間違いなさそうだ。


 すると突然親方様は腰掛けしていたベットから立ち上がり、叫び出した!


 「わかった! そのように手配しよう!! さっそく部屋割りを検討するよう使用人に言っとくから、今夜にでも個室は用意できるから安心すると良いぞ〜!!!」


 顔色が悪いのにも関わらず、何だか慌てたご様子で私の希望を聞き入れてくれた。


 その勢いに私とご主人様は驚いたが、私には親方様のお考えが分かる気がする。


 私と目が合った瞬間に、奴隷の処遇を改善する事によって作業効率の向上が望める事に『はっ!』と気がついたのだろう。


 やはり親方様は人の上に立つのに相応しい人だ!


 体調不良の時にも関わらず、部下の提案に対し、すぐその価値を見抜き、行動に移す事ができる。


 組織のトップはこうあるべきだろう!


 改めて親方様は尊敬に値する。


 さすがは私好みのイケオジだ!


 私が心の中で親方様への賞賛の嵐を巻き起こしていたら、私とご主人様はすぐに追い出されてしまった。


 お忙しい人だ。


 その日の夜は私たち女奴隷は1階の空いている使用人の部屋へ、男奴隷は元々の奴隷部屋を一部屋ずつ使える事になった。


 奴隷部屋へは男奴隷自ら親方様の命令によりベットが運び込まれた。


 その命令の時、何故か奴隷の首輪は特に何も反応している様子はなかったが、男奴隷2人は泣きながら命令に従っていた。


 そういう事もあるのかな?


 知らんけど。


 しかし、希望が通ってしまい、先にご褒美を受け取る形になった為、私は後日のパーティーにて出血大サービスを必ず行わなければいけなくなった。


 実に気が重い。


 どうしたものかね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る