EP17【和解、そして交渉開始!】

 私は何となく、ご主人様の命令に対してあおりっぽく反応して遊んでいた。


 幻影魔法を駆使して、頬に殴られた様な赤みや涙目の演出もしてみた。


 ご主人様の命令で走っている時に制止させられた際、激しく転倒する演技も中々に決まったと思う。


 だけど、私もまだまだ詰めが甘い。


 一通り演技を上手く成功させた後に、うっかり笑みが溢れてしまった様だ。


 泣いて逃げるご主人様が一瞬私を見ていた気がする。


 演技をするなら最後まで貫き通さなければ、一流の女優にはなれないのだ!


 あ、私がなりたいのは女優じゃなくて奴隷ペットだった!!


 さて、気を取り直して、逃げ出したご主人様への追撃、、、ではなくて、泣かせてしまったフォローに行くとしよう。


 そこら辺は社会人として必ず抑えとくべきポイントなのだ。


 決して、幻影魔法で盛ってある胸元を、ご主人様の手が素通りした事に対する八つ当たりなどではない。


 ご主人様の現在位置は魔力感知により、既に把握している。


 さっそく近くの小川へご主人様を迎えに行こう!



 という事でやってまいりました!


 ご主人様は屋敷の近くの小川の辺りで、膝を抱え一人泣いていた。


 そんなご主人様の背後を私はあっさり取る事に成功する。


 隙だらけなご主人様は、ようやく私に気が付き振り返る。


 泣いているご主人様へ、柔らかな笑顔を見せて安心してもらう事にした。


 私が笑顔で見下ろすと、ご主人様はまるで熊でも見たかの様な恐怖の表情をされていた。


 あれれ、おかしいぞ?


 安心させる筈が、何故か怖がらせてしまった様だ。


 とりあえず私は語りかけてみる事にした。


 「ご主人様、みんな心配していると思います、一緒に邸へ帰りましょう」


 「、、、怒って、、ないのか?、、、僕は、お前を殴った上に、いきなり呼び止めて転ばせたんだぞ!」


 ご主人様は私が演出した暴力事件や傷害事件を、とても気にされているご様子だ。


 この分だと、私の胸元の違和感は失念しているご様子なので、まずは一安心だ。


 「私は大丈夫です、そんな事よりご主人様を泣かせてしまい申し訳ございませんでした」


 ご主人様いじりも、泣かせるまでエスカレートしてしまったのは私のせいである。


 いい気味だとは思ったが、私がやりすぎた事に対しては素直に謝るべきであろう。


 「な、泣いてなんかない!! ただ、お前に痛い思いをさせてしまった事を主人として、その〜、えっと、、、、本当にごめんなさい!!」


 何という事でしょう!


 ご主人様が予想に反して頭を下げて、素直に謝罪をしてきたではありませんか!


 全て私の演出により起きた暴行、傷害事件なだけあって、素直に謝られるとちょっぴり罪悪感がある。


 私はご主人様の予想外のお言葉に対して、どう応えれば良いか分からずオロオロしてしまった。


 ご主人様は私の前に立ち上がり、私の右頬を触る。


 「もう腫れは残っていないみたいだな。 転んだところも特に怪我してないみたいだね。 良かった。 それでも改めて酷い事して本当にごめん!」


 やめて〜!


 それ以上、謝らないで〜!!


 罪悪感で今にも潰されそうになる〜!!!


 とりあえず、お互いに悪い所を謝罪しあい、この場はとっとと締めくくろうと私は考えていたのだが、、、。


 「だけど、困ったな。このままだと僕はハーネス侯爵家を継げないどころか、貴族でもいられなくなってしまう」


 とてつもなく聞き捨てならない言葉が、ご主人様の口より発せられた。


 事情をお伺いした所、カイヌ帝国で貴族のご子息は13才の誕生日に親から奴隷がプレゼントされる。


 奴隷をもらってから、1週間後にその家で成人お披露目パーティーが開かれる。


 その場でパーティーの主役である貴族のご子息(今回はご主人様)がご来賓を前に、奴隷へ命令を行う見せ物がある。


 帝国貴族になるには、奴隷を意のままに操る事が絶対条件である。


 それに失敗すると、親からの世襲であっても貴族位を継承する事が認められなくなる。


 仮に唯一の跡取りがその儀式に失敗する様な事があれば、将来的にお家が取り潰しになる事を意味している。


 ご主人様は落ち込みながら以上の事を、奴隷である私へ話してくれた。


 元日本人で転生後はブリード王国人の私からしたら、とんでもない風習だ!


 しかし、これは由々しき問題である。


 私のご主人様がもし貴族位を継承できなければ、私は貧乏平民の奴隷。


 すなわちホームレスに付き従う汚いペットと同等な存在に成り果ててしまう!


 そんな未来は断固として認められる筈もない!!


 ここは私が折れるのが得策だろうね。


 しかし、ただ言う事を聞くだけでは、奴隷ペットとしては二流である。


 「では、こうしましょう!」


 「ん?」


 私が提案したのはギブ&テイク。


 私が命令を聞く代わりに、ご主人様からご褒美を受け取るという奴隷ペットとして当然の権利だ。


 当然の権利を交渉の材料にするあたり、私は少し甘過ぎる気がする。


 狂わしいほどにご主人様ラブな奴隷ペットだったら、褒めてくれるだけで十分なご褒美になるだろう。


 だが私はそこまでご主人様ラブというわけでわない。


 ご主人様が私好みの渋く、ある程度引き締まったボディーを携えた、初老の紳士だったのなら話は違って来るかもね?


 話を聞く限り、ここハーネス侯爵家にて奴隷へ与えられる食事は朝と昼の間に1度のみ。


 食事内容は蒸した小さな芋や豆、生のクズ野菜。


 味付けは一切なし。


 量は合わせて片手の上に余裕で持ててしまうぐらいの量だけ。


 その為、まずは奴隷の食生活改善を交渉条件とした。


 芋や豆に塩で味付けをしてもらう。


 動物の肉へ火を通した物も付けて欲しい。


 この世界で塩や肉は貴重品だが、ハーネス侯爵邸の住人や使用人は普通に食している。


 私たち奴隷にも分けてもらうのは、そう難しい事ではないだろう。


 1日に1度のみの食事は、そままでも構わないが、全体的に2倍ぐらい量も欲しい。


 私の食生活だけ良くして貰うのは、先輩奴隷達へ申し訳ないので、奴隷全員の食事を同様にグレードアップしてもらう。


 以上がご主人様の命令を聞く条件として、私が挙げた最低限の内容だ。


 その他、私の気が進まない命令には別途、相応のご褒美を用意してもらう。


 私がここまで話をしてみたところ、ご主人様は私を呆れた様な表情で見てくる。


 「奴隷の分際で生意気だ、もう少し弁えろ」


 おやおや?


 先ほど素直に謝罪をしてくれていたご主人様とは思えない発言だ。


 「仕方がないではありませんか、ご主人様は貴族として、できての奴隷への命令が、なのですから!」


 半歩後退あとずさりし、何か凄くショックを受けたご様子のご主人様。


 「もしこの条件が受け入れられないなら、いずれハーネス侯爵家は、お家お取り潰しになってしまいますね」


 今度は更に一歩後退りするご主人様。


 私は奴隷らしくご主人様にゆっくり追従する(迫り寄る)。


 「ご主人様のせいで、親方様や奥方様、使用人の皆様が路頭に迷う事になります、とても恨まれそうですね〜」


 そして更に一歩後退りしたところで見事に尻餅をつき、分かりやすく狼狽え始めるご主人様。


 おっ!


 また泣くかな?


 「分かった、帰ったら父上に相談してみる」


 うっすら涙目のご主人様は渋々といったご様子で、私の挙げた条件を聞き入れてくれたのだった。


 これこそ平和的な話し合いによる解決と言えよう!


 私とご主人様はゆっくり、一緒に邸へ戻って行ったのだった。


 邸では先ほどの演習場での一件により心配していたであろう使用人達が寄ってきたので、私の口から笑顔で仲直りしてきた旨を伝えてあげた。


 笑顔の私とまだうっすら涙目のご主人様を交互に見た使用人達は、微笑ましく私達を迎え入れてくれたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る