EP16【ご主人様の苦悩】
僕は奴隷への命令訓練を初めて実施したが、上手く出来なかった。
それで、つい頭に血が昇って、自分より小さい女奴隷へ暴力を振るってしまった。
いや、振るってしまった筈だが、全く手にその感覚は無かった。
僕は確か女奴隷の胸ぐらを掴もうとした。
だが、まるで幻でも掴もうとしたのか?
胸ぐらを手がすり抜け、盛大に空振りをし、拳を握っただけになった。
「坊ちゃん、なんて事を!」
さっきまで父上の言動に感動してバカ騒ぎしていた、使用人たちが驚いて近づいてきた。
そこで、今の自分達の状況に気が付いた。
盛大に空振りをした僕の右手は、現在、小さな女の子の顔の前で拳を握っている。
端から見たら僕がまるで小さな女の子を殴りつけた後のようだ。
そして、何故か触れてもいないはずの女奴隷の左頬が、赤く腫れていた。
「坊ちゃん、いくら上手くいかないからって暴力を振るうなんて! 親方様のあんな立派な見本を見せられた後なのに、見損ないましたよ!」
いつも優しく身の回りの世話をしてくれる使用人達が、真剣に僕を非難してくる。
「違う誤解だ、殴ってなんかいない!」
とっさに誤解であることを伝えるも、どう考えても苦しい言い訳にしか見られないだろう事が自分でもすぐにわかった。
次の瞬間、涙目になった女奴隷が僕に背を向け走り出した。
このまま行かしたら、使用人たちから誤解されたままになってしまう。
「待ってくれ!」
制止の声とともに、右手の主の指輪が鈍く光る。
先ほどまで全く言うことを聞かなかった女奴隷が急に停止し、前のめりに転倒してしまった。
僕を含めその場にいた全員が少しの間、言葉を失った。
「坊ちゃん、あなたって言う人は、そこまでやりますか? 実に嘆かわしい」
使用人が、まるでとどめのように僕へ追撃の言葉をかけてきた。
とうとう耐えられずに、僕は泣き出し逃走した。
一瞬、振り返り冷めきった目で僕を見つめる使用人達の近くで、うっすらと笑みを浮かべている女奴隷が見えた気がしたが、気のせいだろうか?
僕は邸を飛び出して、近くの森の中にある小川に座り込んでいた。
相手が奴隷で無意識だったとは言え、僕はあんな小さな女の子に対して暴力をふるってしまったんだ。
ハーネス侯爵家の息子として、そして男として最低だ。
邸に帰ったら、あの女奴隷に謝るべきなんだろうけれども、どうしても気恥ずかしさが勝ってしまう。
どうやって謝ったらいいものか?
答えは出ない。
ひたすら1人で悩んでいると背後から人の足音が聞こえてきた。
気づいたときには、その人物がすぐに後ろにいる状況だった。
ここら辺は治安がいいから、人間だとしたら使用人の誰かだろう。
僕はその使用人にどうやってあの女奴隷へ謝れば良いか相談するため、ゆっくりと振り返った。
だが、そこにいたのは先ほど殴ってしまったはずの女奴隷だった。
女奴隷は初めて奴隷商で会った時と同じ、何かを企んだいるのじゃないかと思うような、怪しい笑顔で座り込んでいる僕を見下ろしていた。
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