EP15【ご主人様への調教開始】

 中庭の演習場にて、親方様によるサプライズ(本人もビックリ)に、その場にいる全ての者が眼を疑った。


 私のご主人様もその光景に、目を見開いて言葉を失っているご様子。


 気がつくと、親方様はいつの間にか逃げ出していた。


 たが、魔力探知によって自室の書斎で震え上がっているのが、私には丸見えだった。


 まぁ、そっとしておこう。


 私は気を取り直し、ご主人様へこの後の確認をする。


 「奴隷への命令を出す訓練はどうなさいますか?」


 「えっ! あぁ、一応やっておこうかな?」


 ご主人様は深呼吸をして指輪へ魔力を流し込む。


 「えーと、果実水を樽ごと僕の元へ持って来い」


 「かしこまりました、ご主人様!」


 私は笑顔で応えてみせる。


 私にとって、この程度の重さなど大した重労働とは言えないからだ。


 軽い足取りで樽へ向かう私を見て、ご主人様は不思議な物でも見ているご様子だった。


 そして軽々と主人様の前へ樽を持ってきて見せる。


 「お待たせいたしました、ご主人様!」


 笑顔で任務の完遂報告をする。


 これは要するにペットに対しての『取ってこーい』という芸と同様で、ペットになったからには一度やっておきたいイベントだった。


 そして『取ってこーい』の芸にはご主人様の義務として、ご褒美タイムがお約束だ。


 このご褒美タイムが無ければ、ペットは次から言う事を聞く必要がないと判断する。


 さぁ、ご主人様よ、私へご褒美を寄越すが良い!


 「えーと、よくやった」


 何だか表情が硬い褒め言葉だったので私には不満だ。


 親方様の手本の様な褒め言葉なら、立派なご褒美として成立するかもしれない。


 私以外ならね。


 「ありがとうございます! では、ご褒美として、私も果実水をいただきま〜す!」


 何の躊躇いもなく、樽から果実水を汲んで一気飲み!


 呆気に取られるご主人様は何も言い出せない。


 「ぷっはー! ご馳走様でした!」


 「えーと、おかしくない?」


 そこで、ようやく正気に戻ったご様子のご主人様。


 「飲んで良いなんて言ってないんだけど?」


 「ダメとは聞いてませんでしたので」


 またもや呆気に取られるご主人様。


 お困りのご様子なので、説明申し上げる事にした。


 「ご主人様、先ほどの親方様のお手本をご覧になられましたよね? 親方様は命令を遂行した奴隷に対して、手厚く労われていらっしゃいました」


 いきなり始まった、私の説明に狼狽えながら続きを聴くご主人様。


 「あれこそ上に立つ者の真の姿です。 ですが、ご主人様は形式だけの心のこもらない『よくやった』の言葉だけでした。 あれでは人の上に立つ者としては、不適格と言わざるをえません!」


 次第に機嫌が悪くなっていくのが、表情で分かる。


 「ですので私は、ご主人様の不足している慰労の気持ちを、果実水を頂く事で、相殺させて頂きました」


 堂々と胸を張って説明する私に対して、ご主人様はとうとう激昂する。


 「ふざけるな!! 奴隷の分際でご主人様に意見するのか!? そこに跪け!」


 顔を真っ赤にしながら主の指輪へ魔力を流しつつ命令を下すご主人様。


 指輪が赤く光るが、私は何食わぬ顔でご主人様を見上げる。


 「何か?」


 「えっ!?」


 命令に従うはずの奴隷である私が、何食わぬ顔して堂々と立っている。


 当然である、私の装着している奴隷の首輪には文字通り魔改造が施されている。


 首輪に魔力で込められた条件は『強制的に服従する』から『気が向いたら言う事を聞くだけは聞く』へ変更済みだ。


 なので今回の様に『そこに跪け!』なる命令は、気が向かないので聞く必要はないのだよ!

 

 一瞬、キョトンとするご主人様だが、すぐに気を取り直して新たな命令を出してくる。


 「そこに直れ!」

 「はい?」


 「平伏せ!!」

 「ふぁ〜(あくび)」


 「靴を舐めろ!!!」 

 「(あっかん)べ〜」


 「非礼を詫びろー!!!!」

 「そんな事よりお腹が空きました〜」


 この微笑ましいやり取りをしている間、主の指輪へどんどん無駄な魔力が注ぎ込まれていくご主人様。


 ご主人様の魔力がそろそろ切れそうになってきた時、私へ距離を詰めて来た。


 ご主人様は真っ赤な顔をして、私の胸ぐらへ手を伸ばし、そのまま掴みかか・・・れなかった。


 スカ!


 私の胸ぐらを掴もうとした瞬間、確かに握り締めた筈が手応えがなく空を切り、目前で空の拳だけが握られた。


 お互いに何とも言えない空気が、その場を支配する。


 「坊ちゃん、なんて事を!」


 私たちから数メートル離れた場所から3人、男女の使用人が近づいて来る。


 「へっ?」


 拳を握ったまま、私の前で固まっているご主人様。


 私は咄嗟の思いつきで、幻影魔法を使い、小細工を施す事にしたのだった。

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