EP06【紳士的、洞穴トーク】

 まさかこんなにも早く、話が進むとは思っていなかった。


 当初の予定では、13才から15才になったら、晴れてご主人様の元に政略結婚によって嫁ぐという名目で飼ってもらう予定だった。


 そこまで待つつもりが、まさか10才になりたてで奴隷商人に引き取ってもらえ、新しいご主人様を見つけてもらえる話になるとは。


 日夜寝る間を惜しんで自分磨きに努めた甲斐があったという物だ。


 このようなプランを用意しているなら、盗賊団も早く教えてくれれば良かったのに。


 そうしてくれていれば、私の勘違いで盗賊団の3/4も切り刻む必要もなかったのに。


 残り5人にまで減ってしまったが、これは完全なる不可抗力という物だ。


 物事には守るべき順序という物が存在する。


 盗賊団は最高の奴隷ペットライフプランを説明する前に、私へ縄を掛けようとしたのだ。


 そんな事をされれば、誰だって抵抗して相手を切り刻んでしまうだろう。


 盗賊団は基本荒くれ者の集まりだから、そう言った社会の常識を学ばずに大人になってしまったのだろう。


 高い授業料になったとは思うが、これで1つ社会の常識を身につけられたと納得してくれる事だろう。


 まぁ、私自身そんな常識を誰に教わったわけでもないがね。


 要領の良い人間とは、直接教えられなくとも、暗黙のルールを察して身に付ける事ができるのだ。


 盗賊団の中に、そういう要領の良い人間が1人でも混じっていれば、このような行き違いによる悲劇は防げただろうにね。


 その点に関しては同情する。


 補償は絶対しないけどね。


 盗賊団の案内により、アジトとして使用しているらしい洞穴に到着した。


 洞穴の中には盗賊団の残りのメンバーと思われる男達が2人、盗賊の格好をしているが直立姿勢で整列しているカイヌ帝国軍と思われる男達9人とその指揮官と思われる偉そうな男1人がいた。


 「やぁ、おかえり。 首尾はどうかね? 計画通り行ったかね? 他のお仲間や、助っ人に付けてやった私の部下達はどこかな?」


 指揮官と思われる男が、盗賊団の親分に訊ねていた。


 「いゃ〜、それが、、、オーシャン伯爵家の邸は燃やして、そこの人間はこの嬢ちゃん意外は全員始末できたが、、、」


 親分は困った表情で私にゆっくり視線を向けてきた。


 「おぉ〜、その娘かね? 例のオーシャン伯爵家の令嬢は! 確かに赤髪赤目の整った顔のお嬢さんだ」


 指揮官は少し私を観察しながら、何やら考え込んでるように見えた。


 そして親分が困ってるようだから、私は軽く助け舟を出してあげる事にした。


 「あなたが、私の両親、兄や姉、使用人たちを殺させたの?」


 幻影の魔法で出てもいない涙を投影して、鋭い目つきも演技してみせた。


 「いきなりだったからの皆んな殺されちゃったけど、オーシャン伯爵家の誇りにかけて、あなた達の仲間は何人も私の家族が道連れにしてあげたんだから!」


 親分は指揮官の真横で目を見開き、驚愕の表情をしている。


 こらこら、親分!


 合わせろよ!


 演技だとバレるだろうが!


 まぁ私は嘘はついていないけどね。


 『私の家族』の中には私自身も含まれている。


 死んでいった私の家族の道連れに、私が切り刻んだ盗賊団が含まれているというだけの話だ。


 必要もないのに嘘をつくのは良くないよね。


 「そうか、やはり武勇の優れたオーシャン伯爵家だな。夜間の隙をついた奇襲作戦にも関わらず、多くの我が同胞を道連れにするとは、敵ながら見事なものだ」


 腕を組み目を閉じ、染み染みその光景をイメージでもしてるのか?


 指揮官は勝手に色々と納得しているようだ。


 さぁ、指揮官が目を閉じているぞ!


 今のうちに親分はとっとと開きぱなしの目を抑えて驚愕の表情を直したまえ!


 バレるぞ!


 私が一瞬、親分にひと睨みして無言の圧力をかける。


 幸い親分はその一睨みで私の真意を悟ってくれたようで、すぐに真顔に戻ってくれた。


 これこそ以心伝心。


 良好な人間関係構築には必須スキルなのだよ。


 「一夜にして愛する家族や使用人達を目の前で殺されたにも関わらず、正気を保ち、圧倒的なまでの力の差を分かりつつ、その気丈な態度を崩さない姿、実に立派だ! 健気過ぎてお涙頂戴なお話しだな」


 そう言って、出てもいない涙をハンカチで拭く仕草を取る指揮官。


 こらこら!


 泣く演技なら私みたいに幻影魔法とかで実際に涙を見せないか!


 この指揮官の演技は落第点物だ、全くけしからん!


 「まあ良い、今回死んでいった部下達は、囚人奴隷の使い捨てだ。 痛くも何ともない」


 何と!


 この指揮官、人の命を何だと思っているのだ!


 いくら囚人奴隷だとしても、人の命は尊い物だ!


 使い捨てにして良い命など1つもない!


 私!?


 私は良いのだよ、被害者だし、正当防衛だし、ストレス発散にもなったし。


 「盗賊の皆んなにも大いに犠牲を出させてしまったようだね。 お悔やみ申し上げるよ」


 意外にも盗賊団に対しては誠意のこもった態度を取っている。


 身内に厳しく、対外的には紳士的な内弁慶タイプというところかな?


 私の予想では『事が済んだら貴様らは用済みだ〜』なんて言って皆殺しにする流れかと思っていた。


 私の、指揮官に対するイメージが大きく変わった。


 絶対に結婚相手としては選びたくないがね。


 「約束の成功報酬だ、迷惑をかけた分も色を付けておくとしよう」


 部下から大量の金貨の入った袋を受け取り、指揮官は自分の懐からも更に金貨を一掴み取り、袋の中へ足していた。


 その袋を親分に直接手渡ししている。


 親分は呆気に取られた表情をしている。


 たぶん親分も私と同じ『事が済んだら皆殺し』の可能性を想像していた為、余計驚きだったのだろう。


 ていうか指揮官!


 その誠意を、少しでも囚人奴隷に見せてあげれば良い物を!


 バランスおかしいとは思わないのかね!?


 ツッコミどころが多い指揮官だが、私は必死の形相でそれを声に出すのを我慢していた。


 その私の様子を見て、何を勘違いしたのか?


 「そんな顔をしないでくれ。 君から大切な家族を奪ったのは申し訳なかったが、これは大義のある、やむおえない事柄なんだ。 君も大人になれば悟る時が来るだろう」


 そこじゃねーよ!!


 いい加減疲れてきた。


 魔法により疲労物質は強制的に排出しているはずなのに、おかしな話である。


 指揮官は親分と少し談笑をした後、私の処遇について話していた。


 丁度いいタイミングで、もうすぐカイヌ帝国のとある貴族の坊ちゃんが、初めての奴隷を選ぶ時期が来るようだ。


 その為、今の時期は他国で捉えた奴隷を高値で買い取ってもらえるとの事。


 もちろん利用価値のある働き盛りの青年や、元戦士、色香漂う美人、私のような整った容姿の10才ぐらいの子供が高価買取の対象となる。


 特に初めての奴隷としては、健康的な10〜15才の女性がよく選ばれる傾向にある。


 その為、私は今の時期、更に高値がつくそうだ。


 どおりで我がオーシャン伯爵家で私だけが生け捕りの対象だったのか。


 両親は論外、兄2人はまだ16才と14才にも関わらず、中年太りで役に立たなそうだし、姉は12才で顔面崩壊系に加え兄2人を超えるメタボ体系だ。


 客観的に見て、誰も奴隷として欲しくはないだろう。


 使用人は抵抗されると厄介だから、速攻で殺されたようだ。


 皆んな性格悪かったし、姉からは妬みで何度か暗殺されそうになったから、皆殺しにされても私の心は痛まなかった。


 ただ、襲撃の時点での政略結婚プランをぶち壊された怒りがあったから、暴れたに過ぎない。


 私にとっての愛するべき家族とは、前世の優しい両親だけだ。


 前世の両親は昔から良くしてくれていたし、間違っても私を暗殺するなんて考えない、信頼すべき人達だった。


 今世の家族と比べるのも失礼な話だ。


 私の奴隷としての買取価格の取り分は全額盗賊団の物にして良いと、指揮官は言い残し、和気あいあいといった雰囲気で帝国軍御一行は帰って行った。


 少しの沈黙の後、親分から私へ力無く声がかけられた。


 「お前、本当にガキなのか?」


 「こんな可憐かれん無垢むくな美少女を捕まえて、いったい何を訳の分からない事を言っているのかな?」


 私は腰に手を当て胸を張りながら、堂々と当たり前の事を言ってのけたのだった。




       あとがき

 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 今更ですが、この作品はフィクションです。

 読者の皆さんは主人公のかえでの価値観に影響されないように気を付けながら物語を楽しんでいただければ幸いです。

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