EP04【世襲と事情聴取と策謀と・・・】

 訳がわからない。


 親の代から盗賊団稼業を継いで、俺が親分になり、もう10年近く経っている。


 基本的な仕事は小規模行商人の馬車を襲い、積荷を奪う事。


 できる限り行商人は殺さず、また次回以降も積荷を運んできてくれるように帰している。


 同じ行商人を襲うのは5回に1回のペースだ。


 それ以上のペースで襲ってしまうと、その行商人が廃業してしまう。


 行商人が廃業すると、俺たち盗賊団の収入も無くなってしまう。


 このルールは行商人も分かっているらしく、襲われる度に『毎度ど〜も』みたいなノリで大した抵抗もされずに積荷を渡してくれている。


 行商人は盗賊団に襲われた場合、仕入れ額の5割ほどは領主様から補償されているようだから、損害は微々たる物だ。


 こうして盗賊団と行商人は割とよい関係が保たれている。


 ところが、ある日いきなり俺たち盗賊団のアジトが武装した集団に包囲される事件が起こった。


 相手の規模は俺たち盗賊団12人に対して、3倍近くの人数がいた。


 抵抗しても無駄と判断して、俺は武装集団の代表らしい男と話し合いをした。


 奴らは抵抗しなければ誰も傷つけない代わりに、ある仕事を俺達に持ちかけて来た。


 断れば俺たち盗賊団は即皆殺し。


 前金はたっぷり貰えて、成功報酬も同額貰える約束。


 俺たち盗賊団の人数に加え、奴らの中からも大勢助っ人をつけてくれての仕事だ。


 これだけの条件なら断る選択肢はなかった。


 だが、オーシャン伯爵家襲撃と聴いて、最初は無謀な仕事だと思っていた。


 そのはずだったのに、まったく訳が分からない。


 始まってみれば居眠りしてる奴や、緊張感なく酒を飲んでるような見張りしかいない邸だった。


 軽く奇襲をかけてみたら味方に1人の犠牲を出す事なく、あっさり制圧できてしまった。


 これが本当に戦場で武勇の知れたオーシャン伯爵家の邸なのか?


 当主も警備兵も、その他男どもも大した事なかった。


 襲う邸を間違えたのかと心配になったが、とりあえず気を取り直そう。


 評判の赤毛赤目の伯爵令嬢が、奴隷商人に高く売れると助っ人からアドバイスをされていた。


 そいつが見つかるまで、他の金にならない屋敷の人間は邪魔だから殺して回っていた。


 屋敷の人間を大体始末して、火を放ち、隠れているであろう嬢ちゃんを炙り出そうとしていた。


 そしたら何故が屋敷の外から、ノコノコと目的の嬢ちゃんが現れた。


 この嬢ちゃんを攫えば、今回の仕事は完璧に終わるところだった。


 ここまでは順調だったのに、どうしてこうなったのか訳が分からない。


 どう見ても虫も殺せそうにない、幼気いたいけな少女が、目にも止まらない速さで盗賊仲間と助っ人を物の数十秒で切り刻んでいた。


 そして今、腰を抜かして尻餅をつき、泣き言を言っていた俺に、その嬢ちゃんが詰め寄って来ている。


 もはや俺は抵抗を諦め、今までの事を洗いざらい白状していた。


 どうせ助っ人の奴らは見回した感じ、誰も残っていない。


 この仕事を持ちかけて来た奴らの情報も、出来るだけ話す事にした。


 奴らは俺たち同様盗賊の格好をしていたが、あからさまに統制の取れた軍隊の動きをしていた。


 喋り方の特徴から、東のカイヌ帝国の奴らだと分かる。


 つまりカイヌ帝国軍が盗賊に扮して、ブリード王国のオーシャン伯爵家へ奇襲を計画していたと簡単に想像ができる。


 嬢ちゃんには悪いが、これは国家間の醜い策謀の1つで間違いない。


 この嬢ちゃん相手には、どう転んでも俺たちに勝ち目はない。


 ここは生き残りの仲間を含めて、潔く投降し、カイヌ帝国の策謀である事を話してブリード王国からの減刑を狙うしかない。


 そこまで考えて、俺は震えながら嬢ちゃんに話していた。


 「そんな事はどうでも良い!」


 「、、、、ん!?」


 「大事なのは私が奴隷商人に高く売れるという話しだけ!」


 「何を、、、言っている!? 俺たちは嬢ちゃんの大切な家族を皆殺しにし、邸を燃やした。 それだけじゃなく、この話の裏には帝国軍が暗躍しているんだぞ! 悲しいとか、悔しいとか、やり切れない想いで一杯なはずだろう!?」


 俺は何故か事件を起こした当事者のくせに、嬢ちゃんに熱く語っていた。


 まるで人の道を説いているかの如く内容だが、どの口が言うんだと自分でツッコミたくなるぐらい不自然な状況だ。


 「イヤ〜だって、一時的に感情爆発して暴れちゃったけど、もう体力残っていない〜、見ての通り手足を縄で拘束されて抵抗もできない〜、後は奴隷商人に売られてステキなご主人様の元に買われていく未来しか残っていない〜、国家間の争いに私みたいな、か弱い少女が抵抗できる訳ない〜」


 し〜し〜し〜し〜五月蝿うるさい嬢ちゃんだ。


 ていうかいつの間に手足拘束されてたの?


 確かに嬢ちゃんの手足は、ガッチリ縄で縛り上げられているのが見て分かった。


 生き残っている仲間は誰一人行動できずに、うずくまっているのだが?


 そこで嬢ちゃんの手足が拘束されている事に気がついた仲間の一人が、棍棒を持って近づいて来た。


 「てめ〜ふざけやがって! よくもここまで暴れてくれたな〜!! 仲間達の仇だ〜!!」


 「よせー!!!!」


 頭に血が昇っている様子の仲間が棍棒を振りかぶり、嬢ちゃんに殴りかかる。


 俺は咄嗟に言葉で静止しようとしたが間に合わず、仲間の棍棒は嬢ちゃんの後頭部に振り下ろされた。


 パーン!


 棍棒が嬢ちゃんの後頭部当たる瞬間、乾いた音が鳴り響いた。


 普通、人間が棍棒で殴られたら『パーン』なんて乾いた音は鳴らず『ドン』と鈍い音が鳴る。


 仮に殴った衝撃で棍棒が割れたら『バキッ』という音が鳴る。


 まぁ、その様子は俺の目の前で起きていたので、何が起こって『パーン』なんて音が鳴ったのかは全て見えていはた。


 見えてはいたが、理解はできない。


 殴られたらはずの嬢ちゃんは微動だにせず、俺を見たまま満面の笑顔だ。


 振り下ろされたいはずの棍棒は嬢ちゃんに当たる瞬間、乾いた音とともに粉微塵になって、空気中に漂っい、風に流され消えていった。


 やけに長く感じる沈黙が続いた後、嬢ちゃんがスクっと立ち上がり、俺や生き残りの仲間達を震え上がらせた。


 「さっ! 王国軍が騒ぎを聞きつけて駆けつける前に、とっととずらかりましょう!」


 それは盗賊団に家族を皆殺しにされて、奴隷商人に売られていく悲惨な運命が待ち受けている少女が、決して口にするはずのない言葉だった。


 って、あれ!?


 手足の拘束は?


 さっきまで確かにしていたはずの、手足に巻き付けられていた縄はどこにもない。


 普通に手を振り、軽快に弾むような歩き方で動いているように見える。


 「は〜や〜く〜! 私はこの後の行き先知らないんだから〜! 案内よろしく〜!」


 この短期間でもう何度目かになるが、こう思わずにはいられない。


 「訳が分からない」


 あぁ、とうとう声に出てた。


 俺は項垂れながら、乾いた笑いを浮かべてトボトボと嬢ちゃんをアジトへ案内する事にした。

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