第2話 気になる会話
夏休みが半ばを過ぎた頃、親から今夜は店を手伝ってくれと言われた。俺の家は魚が自慢の小料理屋をやっており、一階が店舗、一階の奥と二階が居住スペースとなっている。
昔から何回か小遣い欲しさに手伝ったことは有ったけど、正直ダルい。夏休み初日からほぼ毎日灯台に通い、灯ノ下さんと会っていた。彼女とは何となく波長が合い、とても話やすい。
けど、話すのは自分の事ばかりで、正直彼女の事をまだあまりよく知らない。本当だったら今夜も灯台へ行くつもりだった。昼間に行ってみたが、タイミングが悪かったのか、彼女に会う事は出来なかったからだ。
けど、今日はいつもより大人数の予約が入っているらしく、そろそろ小遣いも欲しいタイミングだったため、渋々手伝う事にした。
動きやすい格好に着替え店舗に顔を出すと、既に客が来ており盛り上がっていた。
口々に「久しぶり」とか「お前老けたな~」等の言葉が聞こえる。中年の男女がそれぞれを懐かしむように会話をしている。同窓会なのだろうか。
メインの調理は父親が担当し、母親はそれの補助と配膳、オーダーをとる。俺の役割は皿洗いだ。
しばらくすると、一人の男が店に入ってきた。こちらも四十代と思われる男で、少し日に焼けた肌をしている。
すると、その姿を目にした客の一人が「おいおせーよ。やっと主役の登場かよぉ」と茶化すように声を上げた。
それに対し遅れてきた男の方は「いや〜すまんすまん。色んな所に顔を出していたら思いの外遅くなっちまった」と、軽い調子で謝りながら席についた。
そして、席につくなり気になる事を口にした。
「いや〜、皆懐かしいなぁ。そういや、
すると、その発言を聞いた一人の男が慌てた様子で口に人差し指をあてた。
「おい! 声がでかいよ」
ちらりとこちら側の様子を見てくる気配がしたが、俺は顔をあげず黙々と食器を洗い続ける。
しかし、なぜあの男の口から灯ノ下さんの名前が出るのだろうか。そんな考えに囚われながら食器を洗っていると、席から注文をする声が聞こえた。
「お〜い兄ちゃん。生中頼むわ〜」
その言葉に顔を上げ横を見ると母親の姿は無い。父親は真剣な表情で刺し身を作っているから俺に声をかけたんだろう。
「はい! 只今!」
そう大きめの声で返事をし、冷蔵庫からビールジョッキを取り出し、サーバーからビールを注ぐ。トレーにお通しとビールジョッキを乗せると、素早くスマートフォンの録音機能をオンにした。
トレーの下にスマートフォンを隠し、お通しとビールを座敷まで運ぶ。
「おまたせしました。お通しと生ビールです」
注文品をテーブルに置いても、男はこちらの方を見向きもしない。久しぶりに再開する仲間との会話に夢中になっているようだ。
俺はバレないようこっそりとテーブルの下にスマートフォンを置く。頃合いを見て食器を片付けると同時に回収する予定だが、仮に途中でバレても配膳中に落としてしまったと言ってごまかせるだろう。
他の客が食べ終わった食器などを集め、洗い場に戻る。それらをシンクに置いた後、奥の居住スペースを覗きに行った。
母親がこちらに背を向け椅子に腰掛けている。ダイニングテーブルに両肘を付きうつ向いていて、手には赤いスカーフを握りしめていた。
小刻みにその肩が震えている。
(もしかして、泣いている?)
俺はそっとして置いたほうが良いと判断し、店に戻った。
客達は相変わらず騒いでいる。
二時間ほどすると、お開きムードが漂い始めた。そして、幹事らしき男が締めの挨拶をすると、客たちは三々五々帰り始めた。
食器類を片付けに客席へ向かい、そっとスマートフォンを回収する。客たちは、結局俺の置いたスマートフォンに気づく事は無かった。
そして、客が帰るのと入れ替わるように、母親が奥から戻って来た。やはりどこか元気がなさそうだが、慰めるのは俺の役目じゃない。
あらかた片付け終えると、「もう上がっていい」と父親に言われたので、お言葉に甘えて自室に戻る事にした。なにせ、録音した内容が気になって仕方がない。
俺は
ベッドに横になりながら、録音した内容を再生する。
録音されていた内容は耳を疑うものだった。
まず、客たちは俺の母校の卒業生だった。そして、遅れてやって来た男は現市長の息子であり、今回の市長選に出馬するためにこの町へ戻って来たとの事だ。今は重役として働いている長年勤めた会社を辞め、本格的に政界入りをするようだ。
確かに市長は
録音された音声を聞くまでは。
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