空へ沈む

玄門 直磨

第1話 灯台

 ねっとりとしたなつ夜風よかぜほほかんじながら、おれ自転車じてんしゃはしらせていた。目指めざ場所ばしょ海岸かいがん沿いにある灯台とうだいだ。

 数十年前すうじゅうねんまえまではちゃんと灯台として機能きのうしていたらしいのだが、廃灯はいとうとなったいまではただの風景ふうけいしている。

 灯台がっている敷地しきちは、ぐるりと有刺鉄線ゆうしてっせんられたフェンスでかこわれているため、基本的きほんてきにひと出入でいりすることもなさそうだ。

 もちろん、フェンスの入り口部分には【関係者以外立入禁止かんけいしゃいがいたちいりきんし】の看板が取り付けてあるから、一般人が勝手に入ることも無いだろう。しかし、

 しかも、フェンスを施錠せじょうしているのは番号タイプの南京錠なんきんじょうだったため、こっそりと夜に来ては1番から順番に試していったところ、つい先日、とうとう開錠番号かいじょうばんごうを突き止めたのだ。

 正直、誰にでも開けられてしまいかねない番号型のじょうを使用しているという行政ぎょうせい危機管理ききかんりのなさに本来ほんらいあきれる所だが、今回ばかりは感謝したい。


 早速灯台付近に到着とうちゃくすると、入り口から少し離れた目立たない所に自転車を置く。

 そして、番号が変わっていないことを祈りつつ、南京錠のドラム部分を回す。

「番号は8931、だったな。――よし、開いた!」

 さいわいというかやはりというか、番号は変わっていなかった。しかし、関係者以外が侵入しんにゅうしたとなれば番号を変えられるおそれがあったため、フェンスの内側うちがわに入ったあと鍵をかけ直した。

 振り返り、改めて灯台を見上げる。

 月の光に照らされた灯台は白く輝き、とても神秘的に見えたと同時に少し悲しげにも見えた。

 事前に監視カメラなどが無いことは確認かくにんしているため、灯台へ向かって歩き出す。

 この灯台に来た目的もくてき。一つは単なる好奇心こうきしんだった。冒険心ぼうけんしんをくすぐられるというか、内部ないぶがどうなっているのか、上からの景色はどうなっているのか、それが知りたかった。

 後は、ただ単に現実逃避げんじつとうひがしたかっただけだ。

 今日から夏休みということもあり、昨日きのう一学期いちがっき終業式しゅうぎょうしきが行われたのだが、帰りの際、気になっていた女子生徒じょしせいと告白こくはくをした。

 あわよくば彼女かのじょをゲットし、高校二年の夏休みを充実じゅうじつさせたかったからだ。

 だが、結果けっか撃沈げきちん

 その鬱憤うっぷんらすためということもあり、灯台に侵入しんにゅうしてみようと思い立った。

 別に自殺するつもりなんて毛頭もうとうない。夜の海をながめながら、趣味であるライブ配信で失恋の愚痴ぐちを言おうかと思っているだけだ。勿論、不法侵入ふほうしんにゅうだということは分かっているけど。

 灯台に近づくと、改めてその大きさを思い知る。

 約三十メートルほどのコンクリート造で、緩やかな円錐形えんすいけいの本体、塔頂部とうちょうぶはUFOのような帽子ぼうしのような形をしている。

 入り口は垂直すいちょくに取り付けられた梯子はしごのぼった先にあるようだ。しかし、その梯子といえば地面じめんまでとどいておらず途中までしか無い。侵入防止のためか、入り口に行くのには追加で何か梯子の様な物を引っ掛けるか、脚立きゃたつなどが必要なんだろう。

 だけど、俺からすれば関係ない。助走をつけて飛べば余裕で梯子に手が届きそうだ。

 軽く手首足首てくびあしくびを回した後、助走をつけて勢いよく飛ぶ。灯台の外壁がいへきさらに上への推進力すいしんりょくを追加すると右腕みぎうでばした。

 なんなく梯子をつかむことに成功せいこうし梯子を登りきる。梯子を掴んだ瞬間、老朽化ろうきゅうかによってはずれるんじゃないかと一瞬心配したが杞憂きゆうに終わったようだ。長年ながねん潮風しおかぜを受けているので、びてボロボロになっていてもおかしくはないからだ。

 灯台の入り口にはとびらなどは設置されておらず、夜のため暗闇くらやみが広がっているばかりだ。スマートフォンのライト機能をオンにし、中に足を踏み入れる。

 内部は螺旋階段らせんかいだんとなっており、ずっと上の方に続いているようだ。少しだけドキドキしながら階段を登っていく。

 すなほこりい込んでいるのか、階段を踏みしめるたびジャリジャリと音がする。

 どれぐらい登っただろうか。螺旋階段に目を回しそうになりながら上へと進むと、やがて灯室とうしつへたどり着いた。灯室の真ん中には、大きなレンズがはめ込まれた灯器とうき鎮座ちんざしていた。ライトの光をレンズが反射はんしゃする。電源を入れれば、今にも煌々こうこうともりそうだ。

「ん? 何だこれ」

 灯器には、色褪いろあせた赤いぬのれが引っかかっていた。手に取ってみると、はしの方に【T・H】と刺繍ししゅうがされている。

「まぁ、良いか」

 俺は布切れを元に場所に戻すと、バルコニーへ近づいた。すると、突然人影が視界に入って来た。

 月明つきあかりにらされた制服姿せいふくすがたの少女が、手すりに体をあずける様に海を見つめている。

「うおっ! ビックリした!」

 思わず声に出してしまった。まさか先客せんきゃくがいるとは思っていなかったからだ。

「あら、おどろかせてしまったみたいね。ごめんなさい」

 少女がゆっくりと振り向くと、柔和にゅうわ表情ひょうじょうでそうあやまって来た。着ている灰色はいいろのセーラー服は俺の学校の女子生徒の物だ。しかし、セーラー服に欠かせない赤いスカーフは付けていない。

「あ、えっと。こっちこそゴメン。まさか人が居るなんて思ってなかったから……」

 改めて少女をまじまじと見る。肩に付かないくらいに切りそろえられた黒髪。少しうれいをびた表情。低めの鼻に薄めの唇。目立つタイプでは無いけど、美少女の部類ぶるいに入るだろう。

 しかし困った事になった。一人でライブ配信をしようと思っていたのにこれじゃできない。けど、女子生徒がこんな時間、しかもこんな所に一人でいるなんて。なにか良からぬ事を考えているのだろうか。

「私も、まさか人が来るなんて思って無かった。貴方は、どうしてここに? もしかして自殺なんて考えてたり?」

「いやいや、違うよ。ちょっと落ち込む様な事が有ったから、気分転換きぶんてんかんに来てみたんだよ。君こそ、自殺しようとしているんじゃないの?」

「私は違うわ」

「じゃあ、どうして?」

「私は、本当の私を見つけてくれる人を待っているの」

 少女は悲し気な表情でそうつぶやいた。そしてチラリと海岸にある大きな岩の方を見る。本当の自分。心から信頼しんらいできる人を待っているのだろうか。

「とにかく、私の事はどうでも良いの。ねぇ、もし良かったら聞かせてくれない? 何に落ち込んでいるのか」

 両腕りょううでを後ろに組み、のぞむ様な仕草しぐさでそう言ってきた。実は見た目より接しやすい性格をしているのかも知れない。

「昨日、好きな子に告白して、振られたんだ……」

 一瞬、見ず知らずの相手に話すかどうか迷ったけど、知らない相手だからこそ別に話しても良いかと思った。好きな子の情報や自分との関係、告白の状況など包み隠さず打ち明ける。

 俺がしゃべっている間、少女は口を挟むことなく聞き手に回ってくれていた。

「私が思うに、あなたが一人だけ盛り上がってた感じかなぁ」

 俺がひとしきり話し終えると、そうポツリと呟いた。思い返せば確かにそうかも知れない。必死になって、自分だけカラ回っていた気もする。

「私はその子の事を良く知らないけれど、女の子の多くは段々と相手の事を好きになって行くものよ。でも、女の子の気持ちがピークに達すると、冷めるのも早いから気をつけてね」

 そんなアドバイスをくれた。ピークを逃すななんて、無理ゲーすぎるだろ。

「やっぱ、恋愛って難しいんだな」

 一度振られた俺に、まだチャンスはあるのだろうか。

 「そうね。でも、少なくとも告白したことによって、相手が貴方の事を意識しているのは間違いないわ。まだまだ、これからじゃないかしら」

 本当にそうなのだろうか。全く興味のない相手から告白されても、その人を意識しだす事はあり得るのだろうか。しかも振られた挙句、付き合う条件として『になっている伯母さんを見つけてくれたら考える』という無理難題むりなんだいを押し付けられている。どう考えたってみゃくなしだ。

 それにしても、今日会ったばかりの俺の話を真剣に聴いてくれてるこの女子生徒はいったい何者だろうか。こんな娘、俺の学年に居たっけな。

 すると、ポケットに入れていたスマホが鳴りだした。画面を見ると母親からの着信だった。時間を確認すると、既に九時くじを回っている。

「やべっ!」

『あんた! こんな時間までどこをほっつき歩いているの! 夏休みに入ったばかりだからって浮かれていないでさっさと帰ってきなさい!』

 電話に出るや否や、強い口調で捲し立てられた。こりゃ、なにか罰を受けそうだ。

 友達と遊んでいて遅くなったと言い訳をして電話を切る。実際嘘ではないし。

「どうしたの? 大丈夫?」

 俺がため息をつくと、心配そうにこちらを覗きこんできた。

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと親に怒られただけ」

 ちょっと名残惜しいが、そろそろ帰らないと本当にまずいだろう。

「今日は話を聞いてくれてありがとう。そうだ、俺、山下海斗やましたかいと

 名前を名乗っていなかった事を思い出す。

「私は、灯ノ下塔子ひのしたとうこ

「灯ノ下さんか。また、会ったらよろしく」

 簡単に別れの挨拶を済ませ、急いで灯台を下り自転車に跨がると、全速力で自宅までペダルを漕いだ。

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