第27話 謁見

 討伐隊の残りにミルーナを通じて旧魔王の討伐を告げ、帰宅した俺たちは褒賞の件で後日ミルーナに王宮まで呼び出された。

 どう建てたのか想像もつかないほど巨大な外門を通過し、庭園へ入るとフラミンゴのような鳥をかたどった植木や、通りを歩く者を歓待する艶やかな花たちが視界に飛び込んでくる。その傍から、ミルーナが現れた。従者も連れず、1人のようだ。


「お久しぶりです。タスクさん、ノエルさん、レンさん。先日は本当にありがとうございました。改めてお礼を申し上げます。母上も今回の成果を大層お慶びになられています、最大限恩に報いるようにとのことで、褒賞の内容が確定しました」


 王宮へ案内される間に、ミルーナから褒章の内容を聞く。どうやら俺を貴族として召し上げたいらしい。ミルーナ曰く、どうしても他国に手渡したくないのだろうということだ。旧魔王の討伐、ミルーナの妖刀が大きな役割を果たしたとはいえ、それは大きな成果に違いなかった。


「貴族ねえ、俺はそもそも旅人と言うか、一時的に滞在してるだけだからそんな役職があっても困るんだけど……ノエルはどうだ?」


 俺の問いに、隣を歩いていたノエルが反論する。


「私はこれからも冒険の旅をしたいと思っています。そうなると国内にとどまっているかも微妙なところですが……レンはどうです?」


 平民志向たちからのパスに、レンが首を振り


「タスクとノエルに、私も付いて行く」


 どうやらこのパーティに落ち着きのある人間はいないらしい。


「ま、そういうことだ。できるのかはわからないし、いざとなったらノエルに押し付けてくれればいいが、俺たちは誰も貴族になりたがってない」


 それを聞いてミルーナがため息をつき


「そうおっしゃると思っていましたよ。はぁ、お母様をどう説得すればいいんでしょう……まったく、褒章の拒否なんて前代未聞ですよ?」


「いいですか、お母様の前では余計なことは言わないでくださいよ。とにかく私が何とか仕切りますから」


 やれやれと言った様子だが、どこか嬉しそうにも見えた。先導する足取りも軽く、ミルーナは黄金の縁取りがされた王宮の扉を抜けていく。



 王宮へ入ると、数十人は下らない数の使用人たちが一斉に列をなして腰を折る。

 これが、王の住処。天井は遠く高く、艶めく調度品は埃ひとつなく磨き上げられている。


「な、なんだか緊張してきましたね……」


「粗相、すなわち斬首」


「ひぃっ! 脅かさないでくださいよ!!」


 レンの言葉に思わず首をすくめ、手で首をかばうノエル。


「あー、お母様はあまりそう言ったことにはうるさくありませんので、気にせずにいてください」


「全然信じられないんだが……」


「ただし、とても気の強い方ですから、言動には注意してくださいね。うかつに怒らせると鉄拳制裁が入りますよ」


 一聴して女王のふるまいとは信じられない情報が明かされる。鉄拳制裁って、女王というか女王様かよ。


 ミルーナの情報に身を引き締めて、俺たちは謁見の間へとたどり着く。ミルーナが到着を告げると、衛兵が重苦しいドアをギィと開けた。

 大きな部屋の最奥には真っ赤なドレスを着た女性と、従者が一人付き添っている。


 あの女性が、ミルーナの母、現女王だろうか。


「お母様、この度の旧魔王討伐にて、功を挙げた冒険者たちを連れてまいりました」


 会話のできる距離まで玉座へ近づくと、片膝を付いて首を垂れる。俺たちもそれにならい、膝を付く。


「面を上げよ、あまり形式ばったことは好きではないんだ。もっとラフにいこう」


 芯の通ったその声に、ミルーナが構えを解き立ち上がる。


「お前たち、名は何と申す」


 女王が足を組むのに合わせて真紅のロングドレスがうねる。その姿には天性の為政者とでも言うべき貫禄が感じられ、否応なく相手を服従させる迫力があった。


「俺はタスク、タスク・アシハラと言います。お呼びいただき光栄です」


 無難にあいさつを終える俺、次はノエルが腰を折る。


「ノエル・エンデュミオンと申します。この度は女王陛下へお目通りが叶いましたこと、誠光栄に存じます。卑賎の身故、無礼の数々を何卒お許しください」


 何やら物凄く丁寧な名乗りをしたノエルだが、よく考えてみればノエルもいい所のお嬢さんだ。これで意外と礼儀を叩き込まれているのかもしれない。


「レン・ニューヴァイス。よろしく」


 対照的にいつも通りなレン、ノエルがバッと横を向く。物凄い形相だ、焦りがありありと伝わってくる。一国の主相手にタメ口とは、中世並みの倫理観なら極刑に処されてもおかしくない。急いでミルーナがフォローに入る。


「も、申し訳ありませんお母様! よく言って聞かせますのでどうかご容赦を」

 

 しかし、女王は端正な顔立ちから想像できないほど豪快な笑みを浮かべて笑う。


「ハハハ、ますます気に入った。冒険者にはそのくらい気骨がなくてはな」


 どうやらお咎めなしのようだ。なんともひやひやさせられる。


「さて、お主らに来てもらったのは旧魔王討伐の褒章の件だ。単刀直入に言うと、お主らのうち一人をこの国の貴族として迎えたいと思っている。まあ貴族と言うのは建前で、実際には王都周辺の魔物狩りや防衛が主な仕事となる。小さいかもしれんが領地も用意したし、給金も下賜しよう。決して不自由はさせんぞ?」


 土地も金も心配せずに近場の魔物を狩って暮らす。魅力的なスローライフだ。


 しかし、世界各地を巡る冒険は絶望的だろう。それこそがノエルの夢なのだから、受けるわけにいかない提案だ。


「大変光栄なご提案でございますが、陛下」


 と、断りを入れようとしたところで女王が言葉を遮る。


「そうか、頼んでいるように聞こえたか。それは失礼した。これは命令だ、この国で貴族となり王都を守れ


 どうやら俺に拒否権は無い。まずい展開になってきたな、このままだと明らかにこちらの分が悪い。


 考えを巡らせていると、ミルーナが割って入る。


「お母様、既にお伝えしましたが彼は異世界人で、他二人もそのような階級にふさわしい年齢とはとても言えません。どうかご再考を」


 険しいミルーナの表情に、女王が泡の弾けたように笑い出す。


「ハッハッハ! 冗談だ、そう本気にするな。本当のところは、ミルーナ、お前のグランドツアーに護衛として同行させたいんだ」


 グランドツアー、ヨーロッパの貴族が成人の前に見聞を広げるため諸国を旅する習慣。この世界にも同様の風習があるらしい。


「彼らの実力は証明済みだ。問題なかろう? どうせ身分は伏せねばならんのだ、丁度良いと思うが」


 ミルーナは安心したようにため息をつき、表情を緩める。


「……ありがとうございます。彼らと一緒ならば、私も安心できます」


「お前があっちへフラフラ、こっちへフラフラするのを見逃していたのは半分このためだ。良い仲間を見つけられたようで良かった。旅路は長い、存分に語らい、成長して帰ってこい」


 女王はミルーナから俺へ向き直ると、口の端を吊り上げ


「大事な大事な我が娘だ。万が一にも怪我などさせんようにな、お主らの首が文字通り飛ぶぞ」


 ……洒落にならない脅迫だった。俺とノエルがぶるりと身を震わせる。それを横目にレンが頷き


「了解、問題ない」


 親指をぐっと立ててサムズアップ。女王もそれに返して


「おう、よろしく頼むぞ」


 そんなわけで、俺たちは四人パーティとなり冒険を続けることとなった。

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