第26話 ドラゴン戦
森を進むうち、ぼんやりと灯りのともる場所が見えてきた。
「あそこか? ノエルが捕まってるのは」
山頂付近に急な灯り、怪しいと思わずにはいられない。
「ええ、おそらくは。魔王は夜目が効かないため、人間と同様夜には灯りを用いると聞いています」
人間の頃にはそうだったろう。なにせ正体は普通の日本人だ。しかしドラゴンの形態と化してなお特性が変わらないのか、これは対峙して見ないことにはわからない。
とにかく、手掛かりとなる灯りを目印に、俺たちは山頂へ進んだ。
鬱蒼とした木々の間を抜け、そこに現れたのは、キャンプファイヤーのような焚火に、木製の巨大な十字架。そこに、磔にされたノエルの姿があった。
「ノエルッ!!」
手首、足首を金具で固定されまるで火あぶりのように吊るされるノエル。その姿を見て、事前に立てていた作戦などすべて吹き飛んだ。全力でノエルの下へ走る。
十字架へ近づこうとした瞬間、囚われていたノエルが叫ぶ。
「タスクさん! 逃げてください!! 私の後ろに奴がいます!!」
「あー、つまんねえな。油断したところをバッサリってのが楽しいんだが」
十字架の後ろから、金髪の男が現れる。剣を携えて向かってくる俺を見て慌てるでもなく、悠然と話を続ける。
「お前だな? 半端者の異世界人ってのは。安心しろ、この女はまだ炙っちゃいない。儀式は3時間後、夜が明けるその瞬間だ。それまでは結界を張って防御してある」
「黙れっ! ノエル! 今助けてやるからな!!」
振りぬいた刀身が男を捉える。しかし、スーツの男と同様、片腕で簡単に防がれてしまう。
「おいおい、こんなもんかよ。こりゃ興ざめだな、話にならねえ」
呟いた男が軽く足を動かすと、目に見えぬ力で、俺の足が払われる。こいつも無詠唱で魔法を行使するようだ。そのあたりが女神の祝福と関係あるのかもしれない。
「システムワン、奪い貫け氷の槍よ!」
「はあぁあ!!」
レンが腕サイズの氷槍を無数に放つ。それに乗じてミルーナも動き始めた。
「俺を誰だと思ってる? 勇者も賢者もいねえ、こんな雑魚どもをけしかけて来やがって。随分見下されたもんだな、魔法防御なんていつ完成させたと思ってる」
氷槍は男に触れた瞬間水と化して地面へ落ちた。
「魔法でなくとも、魔剣なら!!」
氷槍に紛れるように横合いから回り込んだミルーナが魔剣を振るう。
「んあ? なんか匂うぜ、てめえはボツだ」
男はそう言うと、先ほどの魔法でミルーナの腹を一歩先から蹴とばした。衝撃をモロに喰らったミルーナは地面を転がり、森の木に叩きつけられる。
気を失ったミルーナへ、男が近づきかかとを上げる。
「そうそう、お前の妖刀は危険極まりないんだったな。さっさと処分するか」
力なくうなだれる彼女には、それに気づく様子もない。
折れそうな身体を鞭打って立ち上がる。こんなところで仲間を見捨てるなんて、ありえない。
「あぁぁぁぁぁ!!!」
下策にも及ばぬ無謀の突撃。黄金剣を奴へ突き出す。振り向く素振りすら見せない男に、いざ。
「レン! 例のを頼む!!」
「了解。システムヌル、さなぎはやがて崩れ落ち、真の姿を現す」
レンが詠唱を終えると、黄金剣がみるみる溶け落ち、俺の手には妖刀ツキヨザクラが残る。ミルーナの剣も同様に溶け落ち、その手には黄金剣が握られている。
事前に取った策とは、レンの氷魔法によるコーティングでそれぞれの魔剣を模倣して入れ替えることであった。スーツの男がこいつの部下だとすれば、おそらく何らかの手段で魔剣の性質や見た目を伝えられているだろう。そのため俺の攻撃に対する警戒は薄くなる、というのが事前に立てた予測だ。
そしてその通り、しっかりと俺を見くびってくれやがった。
「地獄で詫びろ、勘違い野郎が!!」
駆けた勢いをそのままに、奴の背中に刃を突き立てる。魂を斬る妖刀、手ごたえはない。しかし、奴の動きが異物を挟んだ歯車のように、ギシリと歪む。
「こんな、馬鹿な……俺を誰だと思っていやがる、死ぬのか、こんなところで」
奴は振り向き、信じられないという顔をする。旧魔王の、あっけない最期だ。
「なんてな、まだショウは始まったばかりだぜ?」
旧魔王の体が虚空へと消失し、その場を中心に真紅のドラゴンが顕現する。
「人間を異なる姿へ作り変えるということは、魂を付け足すことに他ならない。なぜなら魂は肉体に宿るものだからだ。俺がドラゴンの姿へ封印されたってのは半分正解で、半分間違いだな。正確には俺にドラゴンの魂を付与し、日の出ている間はその姿を強制したというだけで、夜には人間の姿、人間の魂へ戻れた。奴らは気づいていないようだったがな」
すなわち、俺が刺し貫いたのは人間の姿を取るために必要な旧魔王の魂だった。ドラゴンとしての旧魔王は未だ健在だ。
「せっかく増やしてくれたドラゴンの魂と俺本来の魂を合一させて更なる高みを目指していたんだがな。せっかくとらえたそこの女も用なしだ、大体俺はこの姿が嫌いだ。およそ人間の取る姿とは思えない、お前もそう思うだろ?」
「ああ、俺もその姿が嫌いだ。消してやるからその場に伏せろ」
俺の軽口に旧魔王は人間の腕ほどある口を開けて笑う。
「ハッハ、この姿は嫌いだが、嫌いだと感じるこの俺は無くしたくないのさ」
「その口も叩き切ってやる」
俺は叫びを上げながらドラゴンへ切り掛かる。直接剣が触れてしまえばこちらのものだ。
「俺が同じ手を食うほど間抜けに見えたか?」
ドラゴンの尾が器用に剣を避けて俺の体を直撃する。痛みに一瞬目の前がチカリと真っ白になる。
「があっ!?」
無様に闇夜の地面をのたうち回る俺。続いてレンやミルーナも追撃を試みるものの、攻撃を弾かれ、あるいは吹き飛ばされ、地を這いつくばる。
やはり有効なのはこの妖刀だけなのか。他の攻撃は軒並み無効となれば、俺が斬撃を喰らわすより他にない。しかし、どうやって?
「そうそう、儀式自体はお前らに妨害されちまったからな、腹いせにあの女でも焼いて食うとしよう。死にたくなきゃそこで黙って見てることだな」
そう言ってドラゴンがのそりとノエルへ向き直る。物理攻撃も、魔法もこいつには通用しない。なら、何が。
考える、思い出す、ヒントを求めて脳みそをほじくりかえす。ドラゴンが結界の解除にかかり出す。
その土壇場、俺は記憶を探り当てた。ドラゴンに吹き飛ばされた時、俺は何を感じたのだったか。そう、目の前が真っ白に……。ドラゴンにも視覚は存在している、ならば試してみる価値はある。
辺りを昼のように明るく変える、ノエルの極大魔法。決して傷は与えられずとも、目を眩ますことは可能ではないか。そんな思いつき、最期の博打。きっとあいつなら、こんな馬鹿げた提案こそ喜んで乗ってくるに違いない。
片膝を付き、ヨロリと立ち上がりながら、俺は腹一杯に息を吸い込み、出せる限りの力で叫ぶ。
「ノエル!! アレを出せ!! レンは消火だ、ミルーナと俺で時間を稼ぐ!」
「がってん承知です、お頭!!」
こんな時だって言うのに、答えたノエルの笑顔は、今まで見た中で一番輝いていた。
レンが直ちに詠唱を開始し、ミルーナと俺が切り掛かる。
魔剣二人組は、もちろんドラゴンへ一撃を当てる前に吹き飛ばされる。その隙にレンの放った氷塊が十字架の根元を直撃し、ノエルを炙る火が鎮火された。結界が解除された影響でわずかに服が焦げているが、外傷はなさそうだ。
氷塊がぶつかったことで木製の十字架が傷つき根本からドラゴンの方へ傾き始めているが、それにも動じず、ノエルは詠唱を開始する。
「一なる神の僕にて、聖なる誉れ高き剣。清なる御霊よ、頂守りし破魔の剣よ、善きを守り――」
十字架の傾きが大きくなり、ドラゴンの目と鼻の先まで迫る。詠唱が終わりに入り、十字架全体が強く輝き出す。
「穢れを喰らいて力と為せ!!」
「十字架を杖に見立てるだと!? だが、俺に魔法は効かん。今まで何を見ていた?」
余裕を見せるドラゴンへ、夜明けよりも眩しい、極太の光線が打ち込まれる。
光線が放たれる瞬間、俺たちは目を固く閉じた。だから、悲鳴だけが俺に真実を告げていた。
「ガァァァァ!? クソッ、小癪な!!」
パッと目を開き、走る。ノエルをさらったドラゴンに、俺をバカにした旧魔王に、これが、俺からのお返しだ。
「消えろ! 出来損ないの日本人!!」
ミルーナから託された魂斬りの妖刀が、ドラゴンの身体、その中心を刺し貫く。相変わらず、手応えは無い。
しかし、巨体が傾ぎ、目から光が失われるのが、何よりの反応だった。
「やった……やったぞ!」
「タスクさん、私たち、ついにドラゴンを倒したんですよ!!」
横倒しになった十字架に固定されたままノエルが言う。俺は急いでノエルの元へ向かい、縛り付けられていた腕と足を解放する。
「一時はどうなることかと思いましたが、おかげでまだ冒険を続けられそうです。ありがとうございました!」
歓喜の表情を浮かべるノエル。皆で彼女の無事を祝福し、俺たちは帰路に就いた。
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