第22話 出征

 いつもは冒険者でごった返すギルドの1階が、今日はしんと静まり返っている。王国軍第5魔剣大隊とギルドによる討伐隊の共同出征式を行うためだった。


 そして、その中に見知った顔が見えた。

 

「私が魔剣大隊、ギルド討伐隊統括指揮官のミルーナ・リイツカートです。この戦いは民を、街を、引いては国を護るための戦いです」


 騙され上手の問題児、桜髪のミルーナだ。どうやら本職は王国の軍人だったらしい。前に見せた刀はそういうことだったのだろう、しかしあんな性格で本当に指揮官が務まるのか、悪い副官とかに騙されやしないか不安になる。

 

 ミルーナの演説は大真面目で、冒険者たちの中にはあくびを始める者もいる始末だ。そんな輩を見かねたのか、ミルーナが冒険者の方を向き呼びかける。


「と、いうのはあくまで建前です。私の戦う理由ではあるのですが、皆さんの中にはそうではない方もいらっしゃると思います。例えば報奨金が目当ての方、ご心配なく、此度の戦は参加するだけで金貨千枚をお約束します。さらに戦果に応じた歩合給の支給も行いますから、腕に覚えのある方は挑戦してみてください」


 にこりと笑うミルーナに、冒険者たちがざわつき出す。何しろ金貨千枚だ、事前に告知されていた条件のちょうど倍。そして歩合給に関する追加告知。もしかするとそれすら事前に決定された条件の可能性もあるが、冒険者のやる気を引き出すには十分すぎる演出だった。


 金銭的メリットを全面に押し出した説明に、冒険者は色めき立つが、俗に染まりすぎた内容にミルーナ配下の軍人たちは露骨に顔をしかめる。するとミルーナは軍人たちへ向き直り


「もちろん、金銭でなく名誉に生きる王国軍の方たちには従軍勲章、戦果表彰に特例昇進も用意します。お母様は渋い顔をするかもしれませんが、必ず私が認めさせます。ですから皆さんは安心して戦ってください」


 その言葉に軍人たちにどよめきが広がる。冒険者たちのように露骨に相好を崩す者はいないが、国同士の戦争が長らく生じていないこの世界においては勲章、表彰の機会は軍人たちにとって大きなインパクトがあったようだ。


 では、とミルーナは再び正面を見据える。


「皆さん、ここに女王陛下へ宣誓を。我々は必ずや山に巣食う邪竜を打倒し、国の平和を回復することを誓います」


 その宣言に各々が剣や杖を掲げ、歓声で応じる。いよいよ、ドラゴン討伐の時だ。



 ドラゴンの座す山へは軍の偵察隊が構築した転移魔法陣により移動する。転移魔法は術の知識一切を政府が独占していることから、一般の冒険者が利用することはほとんどないらしい。ノエル曰く、そもそも準備に一日かかるので王族の移動くらいにしか使われないとのこと。


「まさか転移魔法で移動できる日が来るなんて! 目の前がパッと変わっちゃいましたね、すごいです!」


 ノエルは相当嬉しかったようで魔法陣を観察しながらキャッキャッとはしゃいでいる。


「だらだらしてると置いてくぞ、ドラゴンが目と鼻の先なんだ。もうちょっと危機感持てよ」


「そういうタスクさんだって随分な余裕ぶりですね、ドラゴンについても何かお父様から聞いていたりするんですか?」


「いや、うちの親父からはドラゴンに話は聞いていない。だからこそ俺がやる意味があるんだ」


 確か勇者と一緒に魔王を倒したとか言ってた気がする。この世界が比較的平和なのは魔王が消滅したことに理由があるのかもしれない。


 先を歩くミルーナと魔剣大隊に俺たち冒険者一行が付いて行く形で山頂へ向かう。大半の魔物は移住してきたデスタードラゴンに恐れをなして逃げ出した後のようで、ほとんど戦闘になることもなく山を登っていく。


 歩合制なのでたくさん出てきてくれた方が嬉しいのだが、いないものはいない。と、油断していると右手の森から地響きのような音が聞こえてくる。


「ハイオークだ! ハイオークが現れたぞ!!」


 遠見の魔術を使用した冒険者が叫ぶ。ハイオーク、聞き覚えのある名だ。黄金剣の試し切りにはちょうどいいかもしれない。


「ノエル、レン。行くぞ!!」


 二人を引き連れ、討伐に乗り出す。首も痛くなるほどの巨体へ、剣を一振り。


「はあっ!」


 斬撃が剣の先へ放たれ、木々を切り裂きハイオークへ迫る。体へ触れた瞬間、ハイオークが真っ二つに割れ、鮮血が降り注ぐ。


「っ! 前はあんなに苦戦したハイオークが一撃で……」


 先日の試し切りでも感じたが、明らかに普通の剣による斬撃ではない。ミルーナが示した魔剣のような特殊性をおそらく秘めているのだろう。


「タスクさん、その刀はどこで? 王国でも有数の業物と見えますが」


「ああ、前にハイオークを倒したときに死体から出てきたんだよ」


 その言葉にミルーナは納得したようで


「ふむぅ、只者ではないと感じていましたがまさかこれほどとは思いませんでした。」




 その後は何匹かの雑魚が現れたのみで、大きな戦闘も起こらず山頂へたどり着いた。


 偵察隊が発見したというドラゴンの巣には、何もいない。


「狩りにでも出かけたのか?」


「デスタードラゴンはマナを食して生きると言われています……が、娯楽のため狩りをすることもあるとか」


 ノエルがそう言った、次の瞬間、上空に影が差す。


「キャァァァァァァ!!?」


「ノエルッ!!」


 伸ばした手は、ノエルの指先を、すんでのところでかすることなく空を切った。


 ノエルを連れ去ったドラゴンが、見る見るうちに点と化す。


「クソッ! 待ちやがれ!!」


「タスクさん、落ち着いてください! あの速度です、人間の足では追いつけません!」


「じゃあどうしろって!? 追いつけないから諦めろとでも言うつもりか?」


 焦燥から返す言葉も思わず乱暴になるが、ミルーナはそれに動じず提案を続ける。


「そうではありません。かのドラゴンは国の監視対象にありますから、基本的な拠点には転移魔法陣が構築されているんです。飛び去った方角から、どの拠点にノエルさんがさらわれたか概ね見当がついています」


「なら今すぐそれを使って……」


 行けばいいだろ、と続けようとした言葉が遮られる。


「転移魔法の準備に必要な時間は一日、短縮しても夕から昼程度はかかります」


 一日、聞いていたドラゴンの力から考えるとあまりにも長い。仲間を危険にさらし続けるなんて、俺には許容できなかった。


「ダメだ、俺は歩いていく」


「歩いて行くって、西の山脈ですよ? 馬車でも三日はかかります。今日は一度準備を整えに戻るべきです」


 ミルーナの意見は正論かもしれない、だが

 

「これ以上アイツを放っておけない、レンはどうする?」


 問いかけたレンに、表情はない。


「タスク……タスクは努力した自分に酔いたいの? それともノエルを助けたいの?」


 レンの言葉に、心臓が締め付けられるような痛みを感じる。


「俺はノエルを助けたい。それだけだ……」


 自らに言い聞かせるように返事を絞り出した。語尾の力が弱まるのが自分でもわかる。


 わかっている、俺はどうしようもなく臆病者で、今この瞬間に何か行動できていないと不安になる。だからこそ、悠長に一日待つという考えが俺にはなかった。


 レンも呆れたのか、諦めた表情だ。


「ん、わかった。タスクがそう思うのなら、私はタスクに付いて行く」


「レ、レンさん!? あなたまで何を!」


 俺に付いて行くと宣言したレンは誇らしげで、多分最初から答えを決めていたんだろう。発破をかけるためにわざわざ問いを作ってくれたのだ。


 俺のパーティは不器用な奴しかいないのか。


「レン、ここから西の山脈まで直線で行ければどのくらいかかる?」


 道なき道を行け、親父もよく言っていた。


「おそらく半日くらい、途中に大きな川があって、迂回路を通るのに時間がかかる」


 道がないなら作ればいい。答えはすでに手の中にある。


「この剣で障害物を全部ぶった切る。山を割り、川を割り、岩を砕いて先に進む。補助を頼みたい、いけるか?」

 

 問いかけると、レンは大きくうなずき


「もちろん、タスクの背中は私が守る」


「正気ですかあなたたち!? そんな滅茶苦茶な博打みたいな作戦なんて……」


 言いかけたミルーナは、途中で何かに気づき、呆れ顔で言葉を止める。


「「博打みたいだからやる価値があるんだろ?」です」


 俺とレンの声がぴったり揃い、ミルーナは苦笑しながらこめかみに手を当てる。


 どうやら俺たちがどんなパーティだったか、思い出したようだ。

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