第23話 ドラゴンの巣

 心配なのでどうしても付いて行くと言うミルーナを連れ、俺たちは西の山脈へと向かった。


 森をしばらく進んだところで、目の前に大きな川が見えてきた。川幅は海と見紛うほどで、向こう岸は薄く霞んで見える。


「迂回する必要があるって言ってたのはこの川か?」


「そう、川を下った先に大きな橋がある。普通は一日かけてそこを通らないといけない」


「普通は、な。今回はここを突っ切る。レン、俺が割った川の側面を凍らせることはできるか?」


「多分大丈夫、そのくらいの面積だったら向こう岸まで持たせられる」


 俺とレンのやりとりを後ろで聞いていたミルーナが信じられないと言った様子で口を開く。


「ど、どうかしてますよあなたたち……」


「不審者に騙されまくってたあんたに言われたくない」


「う、確かにあれは軽率な行いだったと反省していますが」


 ミルーナが信じる信じないはともかくとして、先ほどまで振るっていた剣の威力から、問題なく実行可能だという確信があった。

 あとは実際試してみるしかない。鬼が出るか蛇が出るか、期待と少々の不安に胸を高鳴らせ、剣を振りかぶる。


「レン! 行くぞ!!」


 大上段から黄金の剣を叩きおろし、川を割るように斬撃を発生させる。放たれた斬撃は川辺の土を巻き込みながら直進し、ついに川へと到達。川に人二人分の幅を作るように両断し、霞の中へと消えていく。


「了解。システムナイン、清流は聖者の下で歩みを止める」


 モーゼの道が形成された直後、レンが詠唱をはじめ、斬撃によって開けた壁面部分が凍結する。水は凍結でわずかに膨張し、氷の壁が水面より若干高くなることで堤防の役割を果たしている。斬撃により端面付近が波立っていたのも手伝い、数分は持ってくれそうだ。


「……すごい、本当に川を割って道を作るなんて、今でも信じられません」


 驚嘆するミルーナを連れ、俺たちは川底の砂利道へと踏み込んだ。

 


 川を抜けてからの行程は順調で、この分ならあまり消耗せずにノエルのもとまでたどり着けるかもしれない。そう考えていると、山道の横合いから俺の背丈ほどある巨大な狼が飛び出してきた。


「あとは、この先の山を越えればドラゴンの巣へ到着です。あまり高い山ではありませんから、魔法で照らしながら進めば今日中に巣まで接近できると思います」


 巨大狼を難なく切り倒しながらミルーナが残りの課題を教えてくれる。


「山も真っ二つにすればもっと早く着けないかな?」


「ん、タスクならできると思う。試してみる価値はある」


「……」


 俺の提案に頷くレンと絶句するミルーナ。対照的な反応の二人。


「……もう、好きにやってみたらいいじゃないですか」


 ミルーナがしばしの沈黙の後、呆れ顔でつぶやく。俺たちの無茶に関してはもう諦めたという様子だった。


「じゃあ、決まりだな。山を突っ切ってドラゴンの巣へ向かう」



 針葉樹が鬱蒼と茂る森の中、ゆるく続いた裾野の坂を進むことしばらく、ここからは明らかに傾斜が急になっている。低いとはいえさすがに山、見上げた先まで急坂が続き、降りきる頃にはとうに日が沈んでいるだろう。


「よし、この辺からでいいか。レン、ミルーナ、大丈夫だとは思うが何かあったら援護を頼む」


「了解、背中は任せて」


「我々はすでにドラゴンの縄張りへ侵入しています。十分に注意してくださいね」


 二人の言葉を背中に受け、出せる限り最大の力を込めて剣を振る。今回はまず山を横に切ってからその部分だけを縦に切ることにした。玉ねぎを半分に割ってから四半分にするようなものだ。


「しゃぁぁぁぁ!!」


 剣をまるでバットのようにして右から左へ目一杯に振り、山の幅をカバーする弧状の斬撃を放つ。放たれた斬撃はすさまじい轟音を立てながら山を削り取り、俺たちの位置を境に小さな山が台座へ乗ったような格好となる。

 切り離された山へ更に縦切りの斬撃を加え、進むべき道を切り開く。


「完成だ、ここまで綺麗に決まるとは思ってなかったけど」


 平らに整えられた土と、側面の壁。人口の谷を歩いているような感覚に身を包まれる。


「タスクさん、あなた一体何者なんです……? こんな力、我が国筆頭の魔剣使いですら足元にも及ばないでしょう」


 当然の疑問を抱くミルーナに今までの経緯を軽く紹介する。俺はノエルに召喚されたこと、途中でレンが仲間になったこと、ハイオークを倒して黄金の剣を手に入れたこと。


 話しているうち、あっという間に山の反対側へ到達した。次の瞬間、目の前に現代風のスーツを着込んだ、奇妙な微笑を浮かべる男が現れた。


「これはこれは、お待ち申し上げておりました。僭越ながら魔王様、いえ今はドラゴンの姿でしたか、ともかく主の下へはご案内いたしかねます」


 随分と回りくどい話し方をする男だ。どうにも日本的と言うか、腑に落ちない違和感が言葉の端々に感じられる。


「つまり何が言いたい?」


 そう尋ねると男は慇懃に腰を折り、まるで時候の挨拶とでも言うように軽やかに言葉を紡いだ。


「お三方の首を、頂戴したく存じます」

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