第18話 またあなたですか
暴漢に襲われる少女を助け、気を取り直して観光に戻る。大通りは緩やかな上り坂となっており、そこかしこから湯の香りが漂う。
道路脇には出店が立ち並び、呼び込みが身振り手振りに掛け合いを交えて客に必死のアピール。
「タスクさん! チョコバナナですよ! チョコバナナ!」
「チョコバナナって、あのチョコバナナか?」
今までの様子から、この世界には転生者からある程度文化が伝わっているように見える。ということは、俺の知っているチョコバナナがあってもおかしくないわけだ。
「あのも何も、チョコバナナは一つしかありませんよ」
「レンは?何か知ってるか?」
そう聞くとレンは心なしか気まずそうな表情を浮かべる。
「祭り……私は行ったことない」
なんだか地雷をつついたようだった。俺は少し重くなった空気を変えるため、意識して声を張る。
「おじさん! チョコバナナ3本!!」
「あいよ! 両手に花だね兄ちゃん、たらふく食わしてやんな! 2本サービスだ」
頭に手拭いを巻いたおっちゃんがバナナにしてはまっすぐなそれを手渡す。
お礼を言ってその場を立ち去り、チョコバナナを配ると
「ありがとうございます、まずタスクさんからどうぞ」
ネタバレを防ぐためなのか、ノエルがニコニコでバナナを勧めてくる。
俺は躊躇しながらも、黒光りする棒に歯を突き立てる。
ビターなチョコレートを抜けた先、プリッとはじける皮の感触。鼻に抜けるスパイスと……豚の香り、それとチョコレート。
「……微妙」
赤身を豊富に使ったフランクフルトとカカオのハーモニーに、どうしても渋い顔にならざるを得ないのだった。
微妙とはどういうことかと食って掛かるノエルをなだめること数分。再び並んで歩き始めた俺たちに、横合いから声がかかる。
「そこの殿方や、お主死相濃厚であるぞ」
細い枝を折るようにしゃがれた老婆の呼び声。見れば使い古しのローブに机へ置かれた水晶玉。まさに占い師だと主張してやまない姿がそこにはあった。
それに、なにやら見覚えのある少女が一人、横に侍っている。
「いらっしゃいませ、当たる占い死相堂へようこそ!」
やたらにいい笑顔だ。目元がバッチリキマッている。
「ようこそじゃないですよ、また騙されたんですかあなたは」
ノエルが頭を押さえながら呆れる。
レンは水晶玉に興味津々のようで、しゃがんで玉の中を覗き込んでいる。
「あ、あの……占い、したいんじゃがそこはどいてくれんかの」
「何も見えない、あなたには何が見えているの?」
両手で顔くらいある水晶玉をわしづかみにしてレンが尋ねる。
「おほん、では気を取り直して……見開き給え明かし給え、光の中に標はある」
老婆が詠唱を終えると水晶玉の光が辺りを暖かく包み込む。
光が徐々に収まり、老婆が一言つぶやいた。
「お主、死相濃厚であるぞ」
「さっきも聞いたよ……」
「いらっしゃいませ、当たる占い死相堂へようこそ!」
「さっきも聞いたよ!?」
ブレインがウォッシュされているとしか思えない。とびきりの笑顔で一言一句変わらぬ接客を繰り返す桜髪の少女。
「タスクさん、この占い師絶対クロですよ!」
老婆を指さして糾弾を始めるノエル。俺も頷き
「ああ、何らかの魔術で精神を操っているんだろう。婆さん、こいつはどういうからくりだ?」
「ほっほっ、一体何を申されるやら。わしはただ店の手伝いをしてくれんかと頼んだだけでの、麗しい少女は客寄せにぴったりであるが故」
老婆がにやりと口を曲げる。認めたようなものだ。
「レン、頼んだ」
俺が合図するとレンが詠唱を開始する。
「システムツー、清冽なるくさびは金剛をも貫く」
小さな氷槍たちが老婆のローブを地面に縫い付ける。
「なっ……!?」
「そこの女性を解放しろ。命を懸けるほどのことじゃないだろう」
観念した占い師が渋々と言った様子で水晶玉を叩き、魔法を解除する。
「……私は何を? あら、またお会いするなんて奇遇ですね」
桜の髪が首をかしげるのに合わせふわりと傾く
「大丈夫か? この婆さんに操られてたみたいだけど」
「無料で占いをしてくださると聞いたのでお願いしたのですが……」
この少女、世間慣れしていなさすぎる。普通もう少し他人に警戒するだろう、よほど味方だらけの環境で過ごしてきたのか、それとも他人と切り離されて育ってきたのか。いずれにせよ平凡な出自でないことが伺える。
「一日で二回もこんなのに引っかかるなんてどうかしてますよ、世界を信じすぎです」
バッサリ両断するノエル。商店の娘ということもあり、それなりに人間を見てきたのだろう。そんなノエルからすれば、目の前の少女は世間知らずもいい所だ。自然と言葉も強くなる。
「大体あなたも綺麗な女性なんですから、あまり純粋に生きていては何をされるか考えただけで心配になりますよ」
「あら、心配してくれるの? ありがとう、優しいのね」
そう言ってノエルの頭を撫でる少女。なんとも微笑ましい光景だ。
「私はミルーナと言います。二度も助けていただきありがとうございます」
三人で自己紹介し、その場は解散した。
石畳の大通りをさらに上ると店が途切れ、左手には下り階段とだ円形の広場が現れる。一時間に一度、井戸のような石筒から間欠泉が噴き出るのを鑑賞するための場所らしい。
「間欠泉は首が痛くなるまで高く上がるそうですよ!!」
ノエルが腕を大きく振りながら言う。レンも楽しみにしているようで、顔には薄いながらも笑みが浮かぶ。
「木の蓋を吹き飛ばして温泉が噴き上がる。他の地方では見られない景色」
「次の噴出はもうすぐのようですね、既に井戸の下からゴボゴボと音が聞こえてきます!」
広場の周り、スタジアムのように配置された石造りのベンチに三人並んで腰かける。
間欠泉を正面に臨む絶好のロケーションだ。沸騰の音が段々と大きくなり、蓋材がカタカタと揺れ始める。
「そろそろ始まるみたいだな」
次の瞬間、蓋の上に猫が飛び乗った。
考えるより早く、身体が動き出す。
「クソッ、危ない!」
俺が駆け出すのと同時、広場の9時方向から人影。俺が楕円の長辺側から走り、人影は短辺側から向かってくる。よく見ると、人影はこの一日で見慣れた、見慣れてしまった少女。そう、桜髪の少女ミルーナである。
「大丈夫ですか、ネコちゃん? ふふっ」
位置関係上、俺より先に猫を保護するミルーナ。井戸の上に立つ一人と一匹。一瞬、絵画にでもなりそうな神々しさを覚える。
しかし――
「早くそこを降りろ!! 間欠泉が――」
「へ……?」
言い終わる前、ついに地上へ至った温水の奔流が蓋を空高く押し上げる。
「キャァァァァァァ!?」
舞い上がる少女と猫。勢いよく噴き上げていた間欠泉も徐々にその量を減らしていき、ついにミルーナが落下を始める。
「間に合うか……!?」
ここから井戸へは約10歩の距離、急いで歩を詰める。9歩、8歩、7歩、ミルーナの悲鳴が地面へ近づく。歩幅を増やし、5、3、残りはひとっ跳びで補う。
「っらぁぁぁっ!!」
右足を踏み込んで跳躍、なんとか井戸の縁へ足が届く。直後、カランと音を立てて蓋が着地。
「ひやぁっ!?」
すんでのところでミルーナのに成功。期せずお姫様抱っこのような形となり、スカート越しにもしなやかな太ももや背中から体温が伝わってくる。
俺は唇を嚙んで逸る鼓動を抑え、平静を装いミルーナに声をかける。
「怪我はないか? 痛い所は? 顔が赤いようだけど……」
ミルーナは頬を上気させ、息も荒くどこか苦しそうだ。
「こ、鼓動が痛いくらいに……」
「お、おい本当に大丈夫か!?」
「え、ええ、大丈夫です。タスクさん……」
とても大丈夫には見えず、俺たちはミルーナを宿泊先まで送り届けることにした。
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