第19話 ミルーナ

 恥ずかしがるミルーナを降ろし、彼女の宿へ付き添うことを決めた俺たち。


「このような下賤の街にいらっしゃるとは、我らも随分と苦労致しました」

 

 通りへ戻りしばらく歩くと、またまたミルーナに声をかける集団が現れた。全員が金色に縁取りされた白銀の鎧を身に着けており、明らかに只者ではない。


「女王陛下直属の親衛騎士団――!? なぜこんなところに」


 ノエルが驚きに目を見開く。どうやら相当に珍しい存在のようだ。


「あら、ここはとっても良い所よ? 監視と謀略ばかりの王城よりずっとね」


 ミルーナが観念したようにため息をつき、苦笑しながら言う。

 王城、それは王族の住まいであり、貴人のみに出入りの許される政治の中枢。


「王城って……アンタ、何者なんだ?」


 ミルーナへ呼びかけた刹那、騎士団員が刃を抜き――


「やめなさい、その方たちは私の恩人です。軽く扱うことは許しません」


 今までと打って変わって凛と張り詰めた声色で桜髪の少女が言う。王城の警護をも務める親衛騎士団に対し、この態度。どう考えても生半可な身分ではなさそうだ。


「失礼いたしました、王女ミルーナ様。さあ、女王陛下が帰りを心待ちにしていらっしゃいます。向こうに馬車を待たせております。只今こちらへ向かわせますので、しばしお待ちを」


 上官らしき長髪の男が部下になにやら指示を出す。すると通りの向こうから騎士団の鎧と同じく、白銀の車体へ様々に金の装飾を施した馬車がこちらへ駆けてくる。


「……短い間ですが、お世話になりました。タスクさん、ノエルさん、レンさん、これでお別れです。あなた達の未来に、祝福のありますことを」


 そう言って向けられた微笑みは、とても悲しげで、何かを諦めてしまったようで


「もう少し、俺たちと遊んでみないか?」


 精一杯に格好付けた俺の言葉に、返事はない。しかし止まった歩みが、言葉より雄弁に、ミルーナの本心を語っていた。


「レン! 頼む!」


「了解、システムファイブ、霧中の禊は悪徳の契と知れ」


 詠唱と共に辺りが霧に覆われる。


「こっちだ! 付いて来い」


 なんとか見えたミルーナの手を取り後ろへ駆け出す。


「っ! タスクさん、これ最高に冒険者っぽいですよ!! 最高です!!」


 ノエルの声が歓喜に震える。その大声のせいか


「そこっ!! 」


 騎士の剣の切っ先が、ノエルのスカートに浅くスリットを入れる。


「ひぃぃぃぃっ!!」


「大声出すからだ!! さっさと逃げるぞ!」



 いくつもの角を曲がり、小道を抜け、山道へ入り、やっとの思いで騎士団を撒く。王族とは言え、ミルーナも鍛えているのか俺とペースは変わらない。


「はぁ、はぁ、あ、東屋……ですよ」


 むしろ問題はノエルだ。息は切れ切れ声も絶え絶え、膝に手を付きながら指をさす。


「まあここまで来ればしばらく安心だろう。ミルーナもそれでいいか?」


「ええ、私も少しお休みしたいと考えていたんです。ぜひそういたしましょう」


 息も乱さず頷くミルーナ。対して切りそろえられた銀髪が汗で額にペタペタ張り付くノエル。


「魔法使いは、本来、こんなに、動き回ることを、想定してないんですよ……」


 疲労困憊の魔法少女は東屋のベンチにどっかり腰を下ろして一息つく。ノエルが奥に座り、順にレンと俺、対面にミルーナという配置だ。広さは6畳程度だろうか、道と反対側に傾いた屋根がどこかバスの待合を想起させる。


 さて、逃げてきたは良いがこれからどうしたものか。何かミルーナに経験のない遊びなんかを教えてやれれば良いんだが。


 俺が頭を悩ませていると、元気を取り戻したノエルが腰に付けたポーチから金属カップとサイコロを取り出し


「ミルーナさん、これがなんだか分かりますか? この2つでとっても楽しい血湧き肉躍る超エキサイティングな遊びが楽しめるんですよ!」

 

「サイコロ……ですか、盤上演習の順決めや天候決定に使用したことはありますが、あまり遊びのイメージはありませんね」


 ミルーナが何かを思い出すように天井を見つめる。その姿にノエルは口元をふふんと吊り上げる。


「遊び方は簡単です。ちょっと見ていてくださいね、ほっ!」


 そう言ってノエルはサイコロをカップに投げ入れ、ベンチ正面のテーブルへ口が下になるよう叩きつける。カップの接地に遅れ、カランとサイコロの転がる音が小さく響く。


「さあ、丁か半か! 張った張った!!」


「ちょう? はん? というのはどういったものでしょうか?」


 いきなり丁半博打をはじめたノエルにミルーナが戸惑いの声を上げる。


「丁ってのは偶数、半は奇数のことだ。というか遊びって丁半博打かよ、どこで覚えたんだそんなの」


「私の師匠です! とってもギャンブル好きで、うちの父に借金がありました。そのカタとして私に魔法を教えることになったんですよ」


 借金してるような奴に家庭教師なんかさせるな、と思わずにはいられないが、ノエルが楽しそうに語るので邪魔しないでおく。


「まあそれはそれとして、さあミルーナさん、丁か半か、どちらにしますか!」


 ノエルの煽りにミルーナは髪を弄びながら考えるそぶりを見せ


「では、丁でお願いします!」


 ミルーナが期待に目を輝かせて宣言する。


 その言葉を聞き、ノエルがカップを持ち上げる。現れたサイコロの目は……


「6、丁です! おめでとうございます、賞品としてこれを贈呈しましょう」


 ポーチをもぞもぞ探索すると、紙に包まれた飴玉を取り出してミルーナに手渡す。受け取るミルーナは目を瞬かせ


「ありがとうございます、あの、こちらは……?」


「もしかして飴玉、知らないんですか?」


 ノエルが驚いて疑問を投げかける。相当ショックだったようで、全身が小刻みに震えている。


「飴玉ってのは砂糖と水飴からできる甘いお菓子のことだ、本当に食べたことが無いのか?」


「お母様が甘味には厳しい方でして、お茶をいただくにも砂糖を入れるなとおっしゃるんです。そういった次第で、お菓子をいただく機会があまりなかったんですよ」


 なるほど、現代でも子供のお菓子を厳しく制限する親がいるが、異世界でも事情は同じなのかもしれない。人類の敵は長らく虫歯であり、現代の医療でも根絶には至っていない強敵だ。


「虫歯を治す魔法とかは存在しないのか? 魔法って聞くとなんでもできるような気がするんだけど」


 これにノエルが渋い表情で答える。


「ありませんね、魔法は何をどのように動かすかを具体的にイメージできる必要があります。病気ではいまいちそこがハッキリしませんので、病気に対する治癒魔法は不可能に近いです」


 悔しいですけど、と付け加え袖をギュッと握るノエル。薄々思っていたが、彼女の魔法に対する情熱やこだわりは相当強いものがあるのだろう。

 そんな弱気を振り払うようにノエルがミルーナに呼びかける。


「その飴、ぜひ食べてみてください。きっとそれが嫌いな女の子なんていませんから!」


「ええ、ありがたくいただきます」


 そう言って小さく開いた口に飴玉を通すミルーナ。その目が大きく見開かれ


「おいしいです! お母様ったら、こんなにおいしいお菓子を私に隠していたなんて」


 頬を膨らませ可愛らしく怒りを表現するミルーナ。その姿は王女という肩書を感じさせない少女らしいもので、彼女の清流のような純粋さが現れているように思えた。


「こんなところへミルーナ様を拐かすとはな、よほど人生を縮めたいと見える」


 突然気配もなく横合いからかけられた、声。

 俺はとっさに身をかがめ、体を外へ押し出す。


「みんな、伏せろ!!」


 叫ぶと同時、斜めに振られた騎士の一撃が東屋の屋根を切り飛ばす。


「ちっ、避けたか。だが次こそ!」


「システムワン、奪い貫け氷の槍よ」


 レンが手早く詠唱し、男の腹へ氷槍を射出。対する男の技量も優れたもので、居合の要領で剣を抜き氷塊を切り落とす。


「手を止めなさい、二人共! この戦い、リイツカート王国第三王女、ミルーナ・リイツカートの名において預からせていただきます」


 どこから取り出したのか、ミルーナが二人に薄桃色の日本刀のような刀を一対向けて宣言する。明らかに通常の剣の間合いからは外れている。しかしながら騎士団員の男は目に見えて表情を強張らせており、剣が見た目通りの間合いでないことを示唆していた。


「騎士のあなたならこの妖刀ツキヨザクラの威力はご存じでしょう? レンさんも、刀からあふれる魔力は感じ取れるでしょう。どうか、収めてはくれませんか」


 提案する、というにはあまりに威圧的な物言いだが、強引に鎮圧を実行できるほどの力がツキヨザクラにはある。柔らかな表情は変わらぬまま、妖刀を通じて放たれた殺気が、それを雄弁に物語っていた。


「し、しかしこの者たちはミルーナ様を拐かしたのですよ。いくらご友人と言えど許すまじき所業ではありませんか」


 渋々ながら剣を納めた男が抗弁する。


「私がお願いをしてあの場から連れ出していただいたのです。断じて誘拐などではありません。私はもうおとなしく城へ帰りますから、この方たちは解放してくださいませんか?」


「それは……」


 客観的には確かに俺達がミルーナを誘拐したとしか見えないだろう。王女の頼みといえど、事実を曲げることには抵抗を覚えたのか騎士の男が言いよどむ。


「お願いできませんか……?」


「……女王陛下が納得なさりません」


 その返答にミルーナは頬に手を当てて嘆息する。


「仕方ありませんね」


「わかってくださいますか、ミルーナ様」


 絞り出すような男の応答に、ミルーナは


「ちょうはん博打で決めましょう! 私が当てればこの方たちは解放していただきます。外せばお母様に従います。ノエルさん、すみませんがお願いできますか?」


「ちょ、人の命運をサイコロに託すなんて正気ですか!?」


「狂気の沙汰」


「私、こういった運の関わる事柄には失敗しませんので。ご安心ください」


 安心しろと言っても、っx


 一方騎士の男は、これがミルーナから引き出せる最大の譲歩と悟ったのだろう。大人しく提案を受け入れることに決めたようだ。あの妖刀はそれほどに恐ろしいらしい。


「しかし、ちょうはん博打とは一体? ミルーナ様が外から度々奇妙な遊びを覚えていらっしゃることは今までもありましたが、初めて聞く遊びのようです」


「サイコロを振って偶数か奇数か当てる、それだけの単純なゲームです」


「ノエルさん、ではサイコロをお願いします」


「はあ、わかりましたよ。では」


 ノエルが先程と同様にカップ内でサイコロを振り、地面へ被せる。一度は引いた汗が、もう一度吹き出す。対してミルーナは飄々と一連の動きを見守っていた。


「さあ、丁か半か、どっちですか」


「丁です」


「」


 ノエルが震える手でカップを開けると、そこにあったのは


「2……丁です! 私の勝ちですね」


 ミルーナが笑顔で言うと、騎士が諦めたように額に手を当てる。


「わかりました、そこの三人の行いは不問といたしましょう。しかし、女王陛下への釈明は我々では手に負いかねます」


「ええ、あなた達は職務を全うしました。わがままの責任は私にあります」


 そこでミルーナは言葉を区切り、俺たちへ別れを告げる。


「タスクさん、ノエルさん、レンさん。本当にありがとうございます、こんなに楽しい一日は初めてでした」


 腰を大きく曲げて一礼し、再び三人を見据える。


「さようなら、勇敢な人たち。また逢う日まで、さようなら」

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