第9話 ギルドとクエスト

 初めての共同作業を終えた翌日、街の喫茶店に陣取って作戦会議を始める。


「今度はギルドのクエストを受けましょう! 前回でタスクさんの実力は見せてもらいましたからね」


 ふと疑問に思ったが、結局どこまで俺と冒険すれば願いが叶ったことになるのだろう。

 昨日のゴリラ戦も冒険と言えば冒険だ。もしやノエルの裁量次第で延々と拘束されるのでは。なんてブラック。


「もっと面白いのが良いな。ギルドでの依頼は親父からさんざ聞かされたし、攻略マニュアル作りに使えない。」

 

 渋る俺を見て、ノエルがじっと考え込む。手元には芳醇な香りを漂わせる紅茶。口を濡らす所作も美しく、育ちの良さを感じさせる。

 白銀の髪も相まって、黙っていれば写真集でも出せそうな美少女だ。


「異世界には一宿一飯の恩義と言うのがあるそうですね。私はあなたのお財布です。ヒモ男に選択肢はありません!」


 わざわざ立ち上がり、指を突き付けてくる。黙っていれば写真集でも出せそうな美少女だった。


「お前の都合で呼んだんだろうが、それは必要経費だ」


「うっ、それを突かれると痛いですね……。で、でもギルドの報酬は高いんです。この前みたいな野良クエストをちまちまこなすだけでは冒険者として独り立ちできませんよ」


 ギルドは街の困りごとを依頼にする場合が多く、その分支払いが良い。ただ――


「でもなぁ、ギルドなんて空き巣の退治だとか、植民区画の開拓だとか、お堅いクエストばっかりだろ?」

 

 日本ではどう考えても行政や警察の管轄ということまでクエストになっていて正直面白みがない。俺はいかにも冒険者って仕事がしたいし、ギルドの仕事は親父から聞いているのでマニュアルの足しにならない。


「ふっふっふ、どうやらお父様の情報は少し古かったようですね」


 ノエルが鬼の首を取ったように人の悪い笑みを浮かべる。

 

「古いも何も、お役所仕事なんてそう変わらないだろ」


「それが大間違いなんですぅ。去年からギルドは民営化されたんです。仲介料さえ払えばいろんな依頼をできるようになりましたから、ワクワクする依頼もきっとありますよ!」


 わざわざ腕を組んでドヤ顔で言ってくる。

 無い胸を反らせても何も出ないぞ。

 しかし――


「民営化の話は親父からも聞いてないな、確かにそれなら面白そうだ!」

 

 マニュアルに使えるならなんでもやってやろう。


 ということで街の中央にそびえる冒険者ギルドへとやってきた。

 ギルドは予想以上に大きく、親父はせいぜい小さいスーパーくらいと言っていたが、どう見てもデパート並にデカい。


「一年でこれだけ建て増したのか? 随分繁盛してるな」 


「思い切って手数料を下げたのが良かったみたいですよ。薄利多売というやつですね」


 なるほど、昔のギルドが高い手数料を課していたのは緊急性の低い依頼を弾くためだったのかもしれない。


 立派な石造り三階建てへ足を踏み入れる。


 瞬間、堰を切ったように喧騒が溢れてくる。見渡すほどの空間に、どこを見ても人、人、人。


「す、すごい混みようだな……お祭りでもやってるのか?」


「お上りさんみたいなこと言ってないで、さっさとクエストを受けに行きますよ、ほら」


 ノエルが俺の袖を引っ張りずんずん進んでいく。ノエルの歩幅が小さいせいか、ひどく歩きにくい。

 

 先導するノエルがぴた、と足を止める。目線の先には掲示板。大きな板に依頼用紙が所狭しと貼り付けられている。


「うーん、なかなか良い条件がありませんね……」


 人混みの後ろ、ぴょこぴょこと顔を覗かせて依頼を確かめるノエル。


 跳ねるノエルを目で追っていると、とある依頼が目に入った。


「なあ、これなんかどうだ? いかにも冒険だし、報酬も良さそうだぞ」


 冒険者たちの間を縫って掲示板へ向かうと、ほどなくノエルもやって来て、二人で詳細を確認する。


 依頼書を一目見るなり、ノエルが綺麗な瞳を恐怖に見開く。


「ちょ、ちょっと! それデスタードラゴンの討伐依頼じゃないですか!」


 ノエルが見たことないくらい慌てて言う。


「自殺行為ですよこんなの! 失敗したら連帯責任で私まで賠償ものです。大体、この依頼は一時凍結って上から書いてあるじゃないですか!」


「そうなのか……というかギルドに賠償制度なんてあるのか?」


 話を聞くと、どうやら民営化のタイミングで始まった規則らしい。


 そういうことなら、随分失敗のリスクが高くなる。万が一もあるだろうし、やめておくのが安全だろう。


「そうしましょう、そうしましょう!」


 俺の提案に深く頷くノエル。


「もっと簡単なクエストがたくさんありますよ! ほら、これとかいいんじゃないですか? いいですか、そうですね、これにしましょう!」


 俺が居てはどんなクエストを受けるか気が気でないのか、ノエルはサッと掲示板を見渡して適当な依頼書を持ってくる。


 ノエルから聞いた話だと、掲示板から依頼書を剥がした時点で受注が確定するらしい。仕方ない、このクエストを受けるしか無さそうだ。


 依頼書を持ったノエルと俺は、建物奥手にある受付カウンターへ向かう。依頼の受付と同時に、ギルドへの登録も行うようだ。


「はい、ではこれで登録完了です。おそらく、そう難しくはないと思いますが、油断せず頑張ってくださいね! 失敗は予定報酬の一割をいただきますので」


 受付のお姉さんが、俺達の装備を見比べながら忠告する。


 一割、この依頼ではそう高くもないが、元の額が大きければそれだけ負担になる。無茶を避けさせる良い方策だ。


「大丈夫ですよ、じゃあ行ってきます」

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