第8話 野草採集

 依頼を受けた翌朝、俺とノエルはさっそく森へ向かった。ちなみに俺たちはお姉さん酒場の二階に泊めてもらっていた。申し訳ない。


 森は街から近いところにあり、街道を歩いて体感三時間ほどとのこと。舗装路へ慣れた身体に土の感触が心地いい。


 隣接都市への分かれ道を超えて早一時間。ようやく手前に森の入り口が見えてくる。


「手早く済ませましょう。多少の戦闘は望むところですが、夜になっては夜行性の魔物に遭遇する危険があります」


 ノエルが長い銀髪を揺らしながら言う。


 夜行性の魔物、親父も慣れないうちは絶対に近づくなと言っていた。なんとか早めに切り上げよう。


 決心しつつ森へ足を踏み入れる。周りの木が自分の三倍くらい大きいためか、日光がかなり遮られる。一気に夕暮れに突入した気分だ。


「思ったより暗いな。木の根も飛び出してるみたいだし、足元に気を付けろよ」


 振り向くとノエルがこちらを見上げて


「大丈夫ですよ、この森は何度も歩いてますから。それよりむしろ私としては……ふがっ!」


 得意げに語ってすぐ、くるぶしほどまで姿を現した根に引っかかる。


「おっと、だから気を付けろって……っ!」


 位置関係上、俺の方に倒れてきたノエルを受け止める形になり、人形のように美しい顔が目の前まで迫る。


 ふわっと揺れた髪から漂う甘い香りが否応なく少女を意識させた。


 肩を支えた状態で、数瞬、向かい合う。


「わ、悪いっ」


 先に折れたのは俺の方だった。


 さっと腕を伸ばしてノエルを遠ざける。


「ははあ、さてはタスクさん、私に惚れましたね?」


 顎に手を当て、教科書掲載レベルのニヤニヤ顔。


「バカ言ってないで行くぞ、あとお前のクソ長いローブ、枝葉に引っかかりまくってる」


 その言葉に、はっとローブを確認するノエル。


「何もないじゃないですか! 一張羅にそういう冗談はヒヤッとしますよ」


 言い合いしつつ獣道を行く。


 そうすること約一時間、魔物に出くわすこともなく進み、ついには広場の様に丸く開けた土地が出現する。


 一面には葉のギザギザした草が密集して生えており、どことなくハーブ酒のような香りが漂っている。


「これが依頼の薬草か? 随分まとまって生えてるんだな」


「どうも日当たりの良い場所でしか育たないようです。繁殖力自体は強いので、それが原因でしょう」


 なら森でなくとも育ちそうなものだが、マナの影響だとかなんだとか、色々あるらしい。親父は植物には興味がなかったようで、最低限の薬草知識くらいしか教わっていなかった。


 ギルドで借りた麻袋に、草を摘んで入れていく。しばらく詰めていると、袋も満杯になる。


 思ったより一本当たりの体積が小さく、袋を埋めるのに時間がかかってしまった。まあノエルが虫で腰を抜かさなければもう少し短縮できたかもしれないが。


「だいぶ日も傾いてきたな。早いところ撤収しよう」


「ええ、そろそろ不安な時間帯です。急ぎましょう」


 満場一致で帰路を急ぐ。


 薬草広場から百メートルほど歩き、ふと後ろを振り返る。


 広場の中央、先ほどまで俺たちが採集していた場所。そこに大木ほどの巨大ゴリラが鎮座している。見間違いかと目を擦るも、闇に溶けそうな黒々ゴリラはまんじりとも動かない。


 瞬間、野太い咆哮が耳を震わせた。


 デカいゴリラ、その大きさはまさにゴリラ・デカイ・ゴリラ。肩にでっかい重機載せてる、仕上がりまくっている。


「な、なんですかあいつは!」


「ゴリラだ。親父はそう呼んでた」


「つ、強いんですか……?」


「それなりには。ただし、やってやれないことはない。多分な」


 親父が言うには軽自動車三台分の強さ。


「ノエルの魔法は何ができるんだ?」


「拘束、光、回復系です。ほ、本当にやるんですか……?」


「お前が言い出したんだろうが。俺たちの国には言いだしっぺの法則ってのがある。自分の言葉に責任を持てって意味だ」 


「わ、わかりましたよ。やりますよ、タスクさん。わざわざ異世界から召喚したんです。いい所を見せてもらいましょうか!」


「まずは俺が突っ込む。隙を見て横に飛び出したら、一発デカイのを頼む」


「了解です、巻き込まれないでくださいよ?」


「お前こそ、大事な場面でこけるなよ?」


 言って、俺は薬草広場へ駆け出す。


 デカゴリラ、二足歩行でドラミング。この辺りの習性は親父から履修済みだ。


 一気に足元まで踏み込み、俺の胴より太い脚へ剣を振るう。


 しかし、巨体とは思えない敏捷性でそれを避けるゴリラ。攻守逆転、怒りに燃えたゴリラの拳が降り注ぐ。


「っ! デカブツのくせに動きが速い!」 


 身体の横を掠めた拳が土に穴を穿つ。


 一発撃ち込まれるごとに、いたずらには十分すぎる落とし穴が出来上がっていた。直撃を思うと背筋が凍るな。


「けどな、親父のトレーニングはもっときつかった」


 実家での修行を思い出して笑みを浮かべる。


 ヤバいときは四本の石柱が今と同じように俺を狙っていた。だからこそ、拳は当たらない。当てさせるわけにはいかない。


 修行は本物だったと、葦原家の鍛錬に間違いはないと、証明してやるんだ。

 

 拳、拳、拳。避ければ避けるほどゴリラは怒り、攻撃が激しさを増す。

 

 数十発目をかわした直後、拳の狙いがぶれ、ゴリラの両腕がわずかに外側へ開く。

 

 チャンス、今だ!


「転生三代目を、ナメんなぁぁぁぁ!!!」 


 右腕半ばを狙った一閃。卸したての両刃剣が、ゴリラの肉を切り、骨を断つ。


「グォォアアァァァ!!!!」


 たまらず右半身を引くゴリラ。自然と左半身が前へ出る形となり、無防備な左腕を俺の眼前にさらす。


「もらった!!!」


 大薙ぎの剣がゴリラの腕を削ぎ落とす。


 この辺りが、バトンタッチにはいい所か。そう考え、ノエルに合図を送って薬草広場の端まで避難する。


「いけ! ノエル!!」


 しばらく呆けていたノエルだったが、目をぱちくりとさせた後


「了解です!! ぶっぱなしますよ!!!!」


 元気よく返事をし、懐から杖を取り出す


「一なる神の僕にて、聖なる誉れ高き剣。清なる御霊よ、頂守りし破魔の剣よ、善きを守り、穢れを喰らいて力と為せ!!」


 みるみるうちに、杖の先端へと人間ほどもある光が蓄えられ、詠唱

の終わりと共に光線へ姿を変える。


 閃光、という言葉はこれを見た人間が考えたに違いない。


 強烈な輝きに包まれ、視界がホワイトアウトする。


「……俺の補助なんかいるのかよ、あいつ」


 再び戻った視界には、光線の形に切り抜かれた森だけが、その姿を保っていた。



「うー、すごく疲れました。全く割に合いませんよこのクエスト」


 後は疲弊した身体に鞭を打って街へ帰り、なんとか報酬を受け取って遅めの夕食。


 報酬は銅貨五枚。約五千円といったところ。確かにノエルの言う通り、業務内容にしてはなんとも拍子抜けの報酬だった。ここの支払いでなくなるんじゃないだろうか。


「というか、お前がゴリラを消滅させなけりゃ討伐報酬も貰えただろ」


 そう、モンスターの討伐報酬を得るには証拠としてモンスターの体の一部をはぎ取る必要がある。しかし今回はノエルの魔法の威力が高すぎてゴリラが消滅してしまったため、俺たちが手にしたのは採集による報酬のみとなる。


「あ、あれは初めての実践だったから……緊張してつい」


 テーブルの向かいに座ったノエルが、長い髪をくりくりしながら話す。話すときは人の目を見なさい。


「緊張してあれか。ノエルならソロでも十分いけるんじゃないか?」


 前衛の活躍が霞む、というより消滅するくらいの威力だった。


「……いじわる。あれはタスクさんの成果です。足止めが無いと長い詠唱なんてできませんよ。前衛がいたから全力を出せたんです」


 そう言ってくれるとありがたい。わざわざ召喚までされて、足を引っ張りたくはなかったからな。


「だから……」


 と言ってノエルが急にもじもじし出す。心なしか顔も少し赤いようだ。色白だけにわかりやすい。


「なんだ、トイレか。それならカウンターの向こうに」


「違います! 乙女に対して無礼千万ですよ!!」


 むきーっ! という表現が似合うかわいらしい怒り方だ。それにしても、トイレじゃないとすればこんなにもじもじするか?


「じゃあなんだよ、我慢は体に毒だぞ」


 ノエルはその言葉に一瞬ぴくっとなったものの、んん、と咳払いし


「だから、今回は助かったので、今後もよろしくお願いしますってことです」


 改めて言うのは恥ずかしかったのか、視線をそらしながらおずおずと、ローブに半分埋まった小さな手を差し出してくる。


 なんだ、そんなの、答えは決まっているじゃないか。


「ああ、よろしく」


 応えて、俺はその手を優しく握った。



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 あとがき


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