第7話 野良クエスト
簡単な鎧や薬草など、武器のほかに必要そうな装備を買い集め、夕暮れ。現場帰りと思われる薄着の一団では、俺は樽でも飲めるぜと酒量自慢のマッチョマン、片や役所の制服姿で酒のうんちくを語るおっさん。職場での時間を終え、街には活気が溢れていた。そろそろ酒場も営業を始める頃合いだろう。
「この辺りで依頼の掲示がある酒場はあるのか?」
傍らのノエルに尋ねると、大通りの先の方を指で示し
「ええ、丁度この通り沿いにあります。ほら、あそこに看板が見えませんか?」
確かに、街の石畳から視線を上げるとジョッキのようなアイコンを用いた看板が見える。
それからあっという間に酒場へ着き、ドアの前に至った。窓もなく、中の様子は伺い知れない。喧騒は漏れ聞こえず、西部劇の舞台みたいな荒くれ者の集まりでは無さそうだ。
「タスクさんが先導してくださいよ。酒場というのは正直まだ気が引けます……」
「大人なんじゃなかったのか?」
「そ、それとこれとは別です。そもそもまともなレディは酒場になんて入らないんですよ。私だって知り合いに見られたら絶対ネタにされます」
まさにファンタジー世界のステレオタイプといった具合の酒場観だった。
しかしそういう事情なら仕方ないと納得し、古びた木組みの扉を内に開ける。
扉からは石段が数段設けられており、店内には夕闇のような薄暗がりが広がる。
どうも想像していた酒場とは違い、いわゆるバーと言われて思い浮かべるタイプの静かな店のようだ。時間が早いこともあり、まだ食事処にいる人が多いのか店内に客は見受けられない。
ちなみにノエルの言っていた掲示板は入って右手側、カウンター近くの壁面に設えられていた。
「野良クエストの掲示板ってのはこれのことでいいのか?」
振り向いて尋ねるとそこにはガクブル震える銀髪少女。この反応を見るに、酒場へ入ったのは初めてらしい。筋骨隆々の荒くれ者にからかいの一つも入れられそうな様子だった。
「た、たたたた多分こ、これでででであってますよ」
震えすぎだろ、どれだけ酒場が怖いんだよ。
「とにかくここから簡単そうなのを選べばいいんだな?」
「ええ、そうよ」
答えたのはノエルとは別の、もっと落ち着いた声。カウンターの奥から店主らしき女性が姿を現す。
「あなたたち、ここは酒場よ? 飲み物の一つでも頼みなさいな」
暗い紫の髪を長く伸ばし、前髪は片目が隠れるほど偏った分け方をしている。まさに夜の商売といった趣の黒いワンピースはかなりの露出度を備えており、スリットから覗く太ももや胸の谷間が目のやり場に困る。
というかこの世界だと成人が一応十六歳らしいので、俺もやろうと思えば合法的に飲酒可能なわけか。しかし悲しいかな、今の俺は無一文。無断で注文を入れれば武器屋の二の舞。ノエルが不機嫌になるのは目に見えている。
情けないとは思いつつノエルの方に視線を向ける。すると俺の言わんとすることを察したのか
「ええ、いただくとします。この店でいっとう強いお酒を頼みます。私も十六歳です。そのくらいはもう、ぐびぐびと飲み干してやりますよ!」
なぜか最後は一方的な宣言になるノエル。背伸びするのはカレーで痛い目を見ただろう、懲りないやつめ。
「じゃあ俺も彼女と同じのをお願いします」
何だかんだ言いつつ、勢いで頼んでしまった。好奇心が勝った。向こうでは経験がないからか、ノエルと同じ土俵に立ってしまった。
「お、お嬢さんには相当きついと思うけれど……」
お姉さんもやや頬が引きつっている。
「これから冒険に出ようという一行がお酒くらい飲めずにどうしますか。私は構いません、タスクさんも大丈夫ですよね?」
「あ、当たり前だろ? 親父も酒は心の燃料って言ってたしな」
まさかここで引くわけにもいかず、余裕ぶった返事をしてしまう。二人して煽り耐性ゼロだ。本当に大丈夫かこのパーティー。
「まああなたたちが良ければそれでいいわ……それも経験よね」
やりとりに苦笑しながら、お姉さんが小さなグラスに黄みがかった液体を注ぐ。二人でカウンター席に腰掛けてグラスをのぞき込むと、アルコールの刺激がツンと鼻を突く。正直とても美味しそうとは思えない。完全に消毒液の匂いだ。
俺とノエルが嗅ぎなれないアルコールに慄いていると、お姉さんはそれを気遣ったのか
「お話があるなら口を付ける前にしちゃいましょうか。何かあってからでは難しいでしょうし」
「え、ええそうしてもらえると助かります」
俺は渡りに船とばかり、お姉さんの提案に飛びつく。
「クエストを受けに来たんですよ。この酒場に行けば受けられると聞いて」
言ってノエルを見ると、その先を引き取って
「できるだけ簡単で、実入りの良い仕事が理想ですね!」
カウンターへ座ったまま薄い胸を張ってドヤ顔。それは確かに理想の仕事だが、そんなうまい話が転がっているものだろうか。
「探してはみるけど、あんまり期待しないでね? 簡単なのはたくさんあっても、討伐系の高報酬クエストはギルドに回るのが普通だから……」
お姉さんも苦笑いだった。そりゃそうだ、苦労しただけ稼げるとは思わないが、苦労せず稼げるとも思えない。
「ええと、今ある中だと簡単そうなのは……これと、これと……」
カウンターの中から紙束を取り出したお姉さん。ノエルの言う条件を考慮して依頼を選別してくれているらしい。お姉さんはしばらくガサゴソしたのち、三枚ほどをピックアップしてカウンターに並べた。
「こんなところだと思うわよ。一応割のいい仕事を探したつもりだけど」
カウンター中央に置かれた依頼紙に向かい左右からのぞき込む形になり、思いがけずノエルの顔が近づく。透き通った肌に、輝く銀髪、くりくりと愛らしい瞳。これで口を開かなければまさに人形のような美少女だ。
「報酬は銅貨一枚!? 安い! 安すぎます! もっと楽に稼げる仕事はありませんか?」
口を開かなければまさに人形のような美少女だった。
「ノエルの言い方は悪いと思いますが、報酬に関しては俺も賛成です。もう少し難しくてもいいので、高報酬のクエストはありませんか」
楽な仕事である必要はないが、報酬はもう少し欲しい。これでは今日の昼飯にも満たない。親父に教わった時点では、金貨が約十万円、銀貨が約一万円、銅貨が約千円で、それより低い値は石貨で表すらしい。
「そうねえ、高いの高いの……」
言うとカウンター上の三枚を戻し、再度紙束をチェックしてくれる。依頼書とにらめっこするお姉さんは前かがみ。谷間を主張してやまない胸の脇、黒紫の髪が流れている。元の世界では未だ経験することの無かった異性の谷間。異世界に来てよかった。親父、今まで鍛えてくれてありがとう。
「……一応聞くけど、娼婦とか、男娼とかは興味ないかしら。二人ともイケイケのチョベリグだからすぐに稼げると思うわよ?」
チョベリグって、あれか、この世界で数十年前に流行った言い回しを翻訳したらそうなったのか。こちらを見つめるお姉さん、意外といにしえさんかもしれない。それはともかく
「なっ! 誇り高き魔法使いが、し、娼婦なんて!」
「俺もお断りします。もっと剣技を活かせる仕事がしたいので」
ノエルが顔を真っ赤にして反応する。薄々感じていたが、どうやら大人大人と言っているのはただの背伸びらしい。
「あら、残念。じゃあこれなんかどうかしら」
さして落胆した様子もなく、お姉さんが続ける。さっきのはダメ元、というかノエルへの当てつけだったんだろう。
依頼は野草の採集。ただし対象は森の奥にしか群生せず、採取には危険も伴うため、その分報酬も高い。
「ありがとうございます。それは助かります。無一文でコイツの財布が頼りだったので」
何……? ヒモ……? みたいな反応で若干引いているお姉さん。いや、違うんだ。そうだけどそうじゃないんだ。
「それで? どうするのかしら?」
お姉さんが尋ねると同時、右隣りからカツッとグラスを打ち付ける音が聞こえる。
「かっー!! うけりゅ! うけましゅよ! やあ↑ってやろうではありませんか、ねえたすくしゃん!!」
「飲んじゃったのか……、まあ俺はお前に従うよ」
「じゃあこのクエストでいいかしら。お二人さん」
「ええ、それでお願いします」
「とゆーわけで、のみましゅよ! のみなさいよ! おかわり! あはははは」
「ったく、わかったからそう急かすな」
ノエルに習い杯を手に取る。いざ、大人の階段第一歩。
「かっー!!」
その晩、それから先の記憶はきれいさっぱり消えていた。
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あとがき
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