第6話 昼食

 結論から言うと、木刀ばかり振り回していた俺には真剣の良し悪しがわからず、店主おすすめ一番いいのを購入した。正確に言うと購入してもらった。


 異世界から召喚された俺に当然こちらの金銭の持ち合わせなどないからだ。

 

「本当に、これで弱っちかったら承知しませんからね。マジで頭つるつるにしてやりますよ」


「怖いこと言うなよ、大丈夫だって。俺を呼び出したお前を信じろ」


 なんて適当に言っておく。


「そろそろ腹が減らないか?」


「ですねー、何か食べたいものはありますか?」


「カレーとかって聞いたことあるか? 俺の世界の料理なんだけど、この辺りに食べられる店はありそうか?」


「なんと、カレーはタスクさんの世界から伝わったものでしたか」


 それにしてもカレーですか。とノエル


「タスクさんは幸運ですね。この町にはカレーのおいしいお店があるんです。子供のころは連れて行ってもらえませんでしたが、私はもう大人ですから、辛いのだって平気なんです!」


 中学生くらいにしか見えない背でちんまい胸を突き出すノエル。まさしく背伸びした子供という様子だった。


 大通りから一本中に入り、石組みの歩道を少し歩いた右側、店の看板が見えてくる。『ヒマラヤ』それがこの店の名前らしい。


「お、今日はまだ空いてるみたいですね。混まないうちに入っちゃいましょう」


 ノエルが先導して店内に足を踏み入れる。まだ空いてると言っていたが、そもそも何時頃なんだ。日本では夜だったが、こっちは明るいから昼のような気もする。

 

 時差ぼけによるあくびを噛み殺しながら、二人向かい合わせで席に着く。着席してすぐに、簡素なメイド服を着た少女が注文を取りに来た。ノエルが何やら注文を告げ、少女はまた厨房へ戻っていく。それを目で追うと、店内はやや明るめの木材で統一され、カジュアルながらも上品さを醸し出している。

 そして厨房から香るのは


「確かにカレーだな、これは。しかもネパールカレー風だ」

 もっと日本的カレーを想像していた。実は故郷が恋しくなったら食べに通おうと思っていたんだが、むしろ東南アジアンなスパイスの香りに異国感が強まってしまった。

 

「ネパールカレー? カレーにも種類があるんですか?」

 

「ああ、うちの国では少しこことは違う感じだったな 」


 俺がいた世界の料理ではあるが、俺の国の料理ではない。異世界に来たら自分の世界の料理と言うだけで郷愁を抱くと思ったが、そう単純でもないらしい。

 

「メニューはカレーとドリンクのみ。ちなみにこれってパンとか付くのか?」

 

 ネパールカレーならむしろナンか、と内心で思う。俺の問いにノエルはふっ、と勝ち誇ったように笑みを浮かべ。

 

「ふふふ、本格的カレー店ですからね。ナンが付いてきます、この店は珍しくおかわりも制限なしですから、おなか一杯食べられますよ!」

 

「ナンってしばらくぶりに食べるな、なんだか楽しみになってきた」

 

 ネパールカレー屋のナン食べ放題。なんだかんだ三枚くらいで限界になる説があるな。

 

「小麦の粉をこーんなに薄くなるまで伸ばして焼くんです。私のローブより薄いくらいですよ」

 

 ノエルが人差し指と親指を限界まで近づけてナンの薄さをアピールしてくる。

 

 明らかにネパールカレーをこの世界に広めたやつがいる。俺の家系か、あるいは他の転生家系か。

 そうこうしているうち、厨房から穀物の焦げる香ばしさが漂い、それに続いてナンを油取り紙に乗せる音が聞こえる。

 

「お、お待たせしました」

 

 と若干震えた声が厨房とテーブルの間から聞こてくる。


 その声に不安を覚えて厨房を見ると、頭の上にナン入りの籠を乗せ、両手にカレーを持ったメイド服の少女がこちらに注文を届けようとしている。いかにも東南アジア圏の物の運び方と言った感じ。絶対偏った知識を植え付けられている。

 

 まだここで働き始めて日が浅いのか、少女の手が腕ごと震えている。


 それでも踏み出そうと足を動かすと同時、頭に重ねたナンが振動でずりずりとその位置をずらし始め、テーブルまであと数歩と言うところでついに顔を覆うまでずり落ちる。


 ナンをお札代わりにキョンシーの完成である。

 ここに至り重心を完全に外へ露出させたナンが、籠を抜けて自由落下を始めた。

 

「あっ!」

 

 ナンがメイド服胸部のふくらみを擦ってへそのあたりまで到達。ナンの滑落が生み出すかすかな刺激に一瞬身を強張らせ、少女が歩みを止める。


 丸っこい逆三角形がいよいよ地面に接触する。その寸前、俺は先ほど購入した剣を抜き放った。


 両刃剣にしては細身の刀身が、扇のように広がったナン上部を突き刺し、ふくらみのあるスカート下腹部へわずかに切っ先を隠す形となる。

 

「ひぅん!?」

 

 慎重に剣を引き抜きナンを回収すると、少女はへなへなとその場に崩れ落ちる。しかしそれでも手にしたカレーはこぼさない。意外と肝の座った少女なのかもしれない。

 

「驚かせて悪かった。でも食べ物は大事にしないと」

 

 そう言って俺は座り込む少女からカレーともう一枚のナンを受け取る。すると、一連の様子を眺めていたノエルが

 

「ナン一枚のためにそこまでしますか普通?」

 

 なんて、あきれたように指摘してくる。

 

 「やれることをやらずに結果を受け入れるなんて、かっこ悪いだろ。それに食べ物を粗末にするなって親御さんに言われなかったか?」

 

 実力を疑うノエルに技術を見せるにはいい機会と思い格好つけただけという理由は伏せておく。


「さっきの騒動で少しはわかりましたが、やっぱり私たち実力の相互理解が足りていない気がします」

 

 ノエルが忙しく手を動かしながらつぶやく。どうやら自分の顔より大きなナンを一口サイズに等分したいようだ。

 

「まあ確かに。俺も拘束魔法以外ノエルの魔法は見てないしな。いまいち戦闘での連携イメージが固まらないところはある」

 

 対する俺は比較的大きめにちぎったナンをスプーン代わりに、カレーとのマリアージュを楽しんでいた。

 ちなみにノエルの純白ローブはあまりに危険なため、メイド服の少女に預かってもらっている。

 

 初めて見るローブの中は黒のブラウス、そしてこれまた漆黒の膝丈スカートといった格好で、白に近い銀髪がよく映える。

 

 ひとしきりナンをちぎり終えたノエルは、カレーに袖が触れないよう腕まくりしながら

 

「そういうわけで、まずは野良クエストで軽く連携の確認をするのがいいと思います。ギルドのクエストは失敗にリスクがありますしね」

 

 どうにもわからない単語が登場。親父は召喚されて早々にギルドでクエストを受けたと言ってたが、それに依らないクエストの形もあるということだろう。

 

「野良クエストってのは元締めがいないクエストを指してるのか?」

 

 ノエルがカレーにくぐらせたナンをはむはむしながら答える。ナンを器用に泳がせて、指にカレーを付けないよう口へ運ぶ姿が、どこか愛らしさを感じさせる。


「あむ……っ! ま、まあ建前上はそうですね。んぐっ、実際には酒場などが掲示板を設置して仲介料を取るのが一般的です。もちろん完全に個人間で、ということもありますよ」


 ノエルは目を見開いたり、水を求めたりと忙しない、明らかに辛い時の反応だ。辛いのは大丈夫と言っていたが、どうやらただの強がりだったらしい。


「なるほど、何にせよ失敗数制限が無いのはありがたい。流石にそう何度も失敗はしないと思うけど、万が一ってこともある」


 言いながらコップに水を入れてやる。辛さが相当こたえたらしく、それを一息に飲み干してノエルが続ける。


「報奨金は依頼者の完全自腹なのでドラゴン退治のように公共性のある高額クエストはありませんけど。簡単なクエストが多いですからね、腕試しにはもってこいです」


「そうか、じゃあ後で酒場にも行ってみよう。まずは実力と、連携の確認だな」

 

「ところで、辛いなら残り食べてやろうか?」


 するといつの間にか手を止めていたノエルが頬をぷりぷり怒らせながら


「結構です! 私はか、辛いのなんて苦手じゃありませんから、大人なので!」


 ひたすら強がるノエル。

 その後カレーが冷めるまで格闘して、なんとか完食。今度からこいつと飯に行くときは辛味に気を付けようと心に留める俺だった。



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 あとがき


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