第4話 手始め

「さて、まずはちゃんとした装備を整えに行きましょうか」


 先ほどまでの衣裳部屋から階段を上り、踊り場のドアを開ける。


 階段側のドアをコの字に囲むようにこげ茶の重厚感があるカウンター、その先では背丈ほどの商品棚に水晶玉やお守りのようなもの、さらにはノエルのものに似た杖が置かれ、それぞれに値を示す札が吊り下げられていた。全体はかなり広く、20×50メートルほどはありそうに見える。


「おお! 何か異世界っぽい! こういうのを見るとわくわくしてくるな」


 そうですか? と言いながらノエルがカウンターを抜けていく。


「正直実家が他人からどう見えるかって、いまいちピンとこないんですよね」


「実家だったのかよ、ここ」


「ええ、うちは代々魔道具店を営んでいるんです。今のオーナーはお父さんですね」


こんなに大きい店の娘だったとは、ブルジョアというやつか。


「とりあえずお父さんに紹介しますね。心配性で、仲間がいないと冒険者なんか認めないって言うんですよ」


 適度に周りからの視線がさえぎられ、棚と棚の間で耳打ちされる。


 親父さんの反応は自然なものだろう。自分の娘が一人で魔物と戦うところなど、誰だって想像したくない。


「それでも、よく認めてくれたな。仲間がいようが反対しそうなものだけど」


 少なくとも俺が父親だったら絶対認めない。

 そう言うとノエルはきまり悪そうに


「まあ、その辺は私のわがままというか、無理を通して道理を引っ込ませたというか……。私は我が家最大の魔力持ちですからね、誰にも止められないならせめて、ということでしょう」


「なるほどな、親父さんも大変そうだ」


 苦笑しつつも、目標へ必死になれるその性格は嫌いじゃない、と感じた。

 

 ノエルの親父さんは、立ち話をしていた場所から右に3つほど離れたところで、売り物の杖を磨いていた。


 そこにノエルが近づいていく。なぜ忍び足なのかは知らないが。


「お父さんっ」


 トントン、と棚に向かっている父親の肩をつつく。こんないたずらには慣れっこなのか、驚いた様子もなく、こちらを振り返る。


「ノエルか。どうだい、仲間は見つかったかい? ダメそうなら今からでも……」


 と、話しながら俺の存在に気が付いたのか、少し残念そうに


「もしかして、そちらの方が?」


 その問いに、ノエルが白いローブの胸に手を当てながら


「そう! 異世界からわざわざ来てもらったの」


 ああ、と親父さんが納得したように返事をする。


「この方が、ノエルの旅路を支えてくださるんだね。異世界の戦士は魔王討伐にも活躍したそうだ。きっとお前の力になってくれるだろう」


 おいおい、それは過大評価じゃないのか。俺だって実戦はまだだ。そんなに信頼されても困る。

 それを説明しておこうかと思い、ちらと横のノエルを見やる。

 するとこちらに向かってしきりにウインクを繰り返している。ばちばちと音がしそうなほどだ。


 今日会ったばかりだが、こいつの奇行には慣れ始めていたので、無視して話を進めようとすると、口がへの字になり、ウインクした目じりから水滴があふれそうになる。

 もしかして、アイコンタクトのつもりか? 何かしてほしいなら事前に打ち合わせしてくれ。


「できるだけはやってみますが、俺だってこれが初めての実戦なんです」

 

と、いうことでノエルの意図はともかく、思ったままを口にした。その言葉にビクッとして固まるノエル。

 

「俺が親父から聞いた話じゃ、この世界の冒険ってのは下手を打てば命が危うい。それをどうして許可したんです?」

 

 それを聞いて親父さんは、なんだかほっとしたような、安堵の表情を浮かべる。おいおい、なんでだよ。自分の言うことを初対面の坊主に否定されたんだ。普通なら怒りを覚えても不思議のない場面。それなのにこの人は柔らかく笑みさえ浮かべている。

 

「ここだけの話ですがね、私も昔は冒険者をしていた。そんな時期があったんです。仲間もずいぶん失いましたが、最後には妻と出会うこともできた。冒険ではたくさんのつながりを失い、大切なつながりを得ました。間違っても真似してほしいと思ったことはありませんが、娘がどうしてもと言うなら、許可してもいいとは思っていたんです。」

 

それに、と親父さんは続けて

 

「どうやら娘はいい仲間を見つけてきたようです。強さという意味だけではなく」

 

そう言って俺にウインクしてきた。一子相伝のアイコンタクトらしい。


「お父さん、そんなこと一言も言わなかった……」

 

 こぶしを握り、うつむき気味のノエル。彼女もこの話は初耳らしく、すねているのかもしれない。

 そんな態度に、困ったように微笑みながらノエルの頭を撫でる親父さん。


「悪かったな、ノエル。お前を危険な道に誘導したくなかったんだ。だがまあ、それでもやると決めたなら、頑張ってこい、無茶はするなよ。辛かったら戻ってこい、副店長補佐代理のポジションは空けといてやるから」


 それから、おまじないには詳しくないんだが、と前置きして青空色の雫がかたどられたペンダントを取り出す。


「お前の旅路が、幸せと共にありますように。気をつけてな」

 

 そう言って掛けられた雫のペンダント。同じものがノエルの頬にも一瞬、伝い落ちたような気がした。



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 あとがき


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