第一章:マリオネット
黒いパイロットスーツに身を包み、ヘルメットで顔を隠して「DOLL」から下りる人物がいた。
コクピットから足場に着地すると、そのまま通路を歩きドアの向こうの個室へと向かった。
「人形師」は個室に入ると鍵を掛けてヘルメットを投げ捨てた。
金属音が反響し、ヘルメットは床に転がる。
ヘルメットの下は幼い顔つきの少女だった。十五、六歳程度の少女に見えた。
少女は汗ばんだ顔をタオルで拭くと、部屋備え付けの簡易ベッドに横になる。
荒い息をし、非常に憂鬱そうな顔をしながら天井を眺めていた。
「……もう、やだ」
少女はそう言ってベッドに顔を埋めた。
そのままベッドに横になっていると、電子音が部屋に木霊し、少女は起きあがってロッカー内の携帯電話を取り出し、電話に出る。
「はい、もしもし」
『お疲れ様、ライカ』
「……レイヤさんですか」
ライカと呼ばれた少女は、深い溜息をつきながらベッドから立ち上がった。
『今日も試合は順調の様子だったようだな』
「やめて下さいよ。私は『人形師』になりたくてなったわけじゃないんですから」
『そうだったな』
電話の向こうの主、レイヤが笑うのを聞いてライカは嫌そうな顔をした。
「所で何のようですか?」
『ああ、そろそろあの「DOLL」をどうにかした方がいいと思ってな』
「リベリオンをですか? どうして?」
『「どうして?」、私にどうしてと聞くかい「マリオネット」』
「マリオネット」と呼ばれた途端、ライカの顔色が変わった。
非常に冷たい色に変化した。
『リベリオンと君の相性は抜群だ。だがそれだけでは足りないのだよ、やはり生体媒介が必要だろう』
「ソロモンや
『何を勘違いしている? そんな非道な行為をする訳がないだろう?』
レイカのその言葉を聞いて、ライカは酷く安心した表情を浮かべる。
「……じゃあ、生体媒介はどうするんですか?」
『生きた人間そのままを使う』
「どういう意味です!」
『「DOLL」を使う時だけ同乗して貰うという形で生体媒体になってもらうだけだ。安心しろ』
ライカは再度安心した表情を浮かべ、ベッドに腰を下ろした。
『君は私達グリーンプラントの中では優秀な「人形師」だよライカ君。今後も期待しているよ』
電話が切られると、ライカは携帯電話をバッグの中に仕舞い再びヘルメットを被った。
そして、バッグを抱えて部屋を後にした。
ライカは受付に行くと、賞金を現金で支給するように受付嬢に言った。
「リベリオンの『人形師』の方ですね。今回の賞金です。どうぞ」
女性は慣れた風に現金の入ったバッグをライカに渡した。
ライカはそれを受け取ると、自分を見ている他の「人形師」の視線を気にもせず会場の外へと出て行った。
現金を受け取ったライカは、そのままグリーンプラント敷地内の大型病院に足を運んだ。
途中で着替えてきたらしく、パイロットスーツではなく白いブラウスに黒のスラックスというシンプルな格好になっていた。
ライカは病院の受付に向かわずそのまま病棟の方に足を運んだ。
「407号室」と書かれた病室の前に立つと、ドアをスライドさせて病室に入った。
病室には、50代の男性と40代の女性がいた。
「ライカ、よく来たわね」
「お母さん、お父さん、元気?」
ライカは満面の笑みを浮かべて母親レイカの元に近寄る。
「元気とは言い難いが、調子はいいぞ」
「お父さんにはそれが一番だよ」
父親アレフにライカがそう言うと、アレフは苦笑した。
「そうだ、お父さん。これ今月の医療費、10万ドル」
ライカはそう言ってバッグからドル札を束で取り出す。
それを見るなり、アレフとレイカの表情が曇った。
「ライカ……一体どんな仕事をしているんだ?」
「給料が良い仕事だよ。うん、職場環境も悪くないし。ああ、生活費の心配はしないで」
「そういうことじゃない!」
アレフが怒鳴り声を上げると、ライカは身体を強張らせた。
「ライカ、確かに私の治療は政府からの援助が認められていない、だから私が公務員でも負担は大きいのは解るし、生活すらできないことも知っているだが、どうしてお前ばかりが負担するんだ?」
「そりゃあ……私がお父さんの子どもだから、だよ」
苦笑しながら言うライカに、アレフは深い溜息をついた。
ライカは、アレフを見て申し訳なさそうな顔をしてから顔を俯かせる。
「本当、大丈夫、だから。お父さんは治療に専念していて」
ライカは満面の笑みを二人に見せる。
「私、大丈夫、だから」
そう言って、ライカは果物の土産と治療費とは別のお金を置いて病室を出て行った。
残されたアレフとレイカは深い溜息をついて、再び何処かに向かうライカを窓から眺めた。
政府に保険の適用が認められていない治療は、必然的に高額になる。その医療費を稼げるほどの仕事となれば、危険がつきものの仕事が多かった。
同時に人から蔑まれる職業がほとんどでもあった。
人から蔑まれる事もなく、危険でもない、そして高額な給料が支払われる職業などこの世界にはほとんど存在しない、あるとすれば政治家か大手の企業の社長くらいである。
だからこそ、レイカとアレフは気がかりだった。ライカがどうやって金を集めているのか。どうやって、これ程の高額な医療費、それとは別の生活費を稼いでいるのか、気になっていた。
二人は知らなかった。ライカが『人形師』と言う危険な職業についているという事実を。
命がけに近く、人々から蔑まれかねない職業についているという事を。
グリーンプラント敷地内の外れの方にある、一軒家につくとライカは家の中に入っていった。
家に入ると酷く疲れた表情を浮かべ、リビングのソファーに横になる。
白い天井を眺めてから、近くの毛布を身体に巻いて目を閉じた。
ライカが目を覚ますと、アナログ時計は夜中の一時過ぎを示していた。
「……ベッドに行こう……」
ライカはそう言って眠そうな表情のまま二階に上がっていき、柔らかなベッドに潜り込むと数分も立たずに寝息が静かに響いた。
銀髪の20代程の若い女が闇と静寂に包まれた通路を歩いていた。
様々な機械には目もくれず、通路の奥へと進んでいった。
通路の途中には様々な種類の研究室があり、硝子張りになっていた為中の様子が見ることができた。
女以外の通路を歩く人物は硝子の向こう側を覗きこんでいたが、女は硝子張りで見える光景には興味がないのか、歩き続けた。
通路の一画の警備員のいる部屋の前で女は立ち止まった。
「レイヤ様、本日はどのようなご用件で」
警備員が女、レイヤに尋ねるとレイヤはカードキーを取り出して警備員に見せる。
「その中の奴を此方に出せ」
「宜しいのですか?」
「構わん、此奴にしかあの『DOLL』の生体媒介は務まらん」
レイヤはそう言ってカードキーをドアに通すと、ドアが自動的に開いた。
レイヤは部屋の中に入ると、部屋の奥でうずくまる様にしている男の側に近寄る。
「生きているか?」
「……何の用だ」
男は起きあがることもせず、レイヤを睨むように見た。
レイヤは不敵な笑みを浮かべて、男を見下ろす。
「お前にやって貰いたいことがある」
「人工的に作られた化け物に何をして貰いたい?」
「生体媒介をやって貰いたい」
レイヤがそう言うと男は起きあがり、薄い笑みを浮かべてレイヤを見上げる。
「俺をばらすのか?」
「いや、生きたまま媒介をやって貰いたい。これはお前の得意分野だろう?」
レイヤはそう言うと男の身体を拘束している枷を外して、外に出るよう手招きする。
男は枷を外されると、痕の残った腕をさすりながらレイヤを見つめた。
「此処で研究材料になるよりはマシだろう?」
「…………」
「来ないのか?」
男は無言のままレイヤの後ろをついていった。
目を覚ますと、ライカはベッドから起きあがり携帯電話を手に取った。
メールが一つも届いていない事に安堵すると、ライカは携帯電話の電源を切った。
ライカは窓を開けると、強い日差しに目を細める。
時計に目をやると、短針は数字の9を指し、朝の9時過ぎだと言うことを示していた。
「……かなり寝坊しちゃった」
深い溜息をついてから、ライカは自嘲気味に笑った。
寝室から移動して、洗濯機のある脱衣所に行くと、着ていた服を籠に投げ捨てて、浴室に入りシャワーのコックをひねる。
「冷たっ……」
冷水を浴びてしまい身体を震わせるが、次第に水が温水に変化していったので安堵の息を吐き出して髪を洗う。
髪や、身体を洗い終えると浴室から出て、身体を拭き、脱衣所に置かれてあった服に着替えた。
黒と青の単調な服装になると、ライカは台所に行き、冷蔵庫からジャムを取り出した。
赤いジャムを食パンに塗って、皿の上に置き、ホットミルクを用意する。
静かに手を合わせてから、ライカはパンを口にした。
朝食を取り終えると同時に、電話が鳴った。
ライカは口を拭いながら、受話器を取る。
「はい、もしもし」
『お早う、ライカ。気分はどうだい?』
「……一気にテンションが下がりましたよ」
『それは悪かったな。そんな事より、これから私の所に来てくれるか?』
ライカは電話の主に対して不満そうな顔をしたが、電話の主が求める答えを口にする。
グリーンプラントの本部のビルにライカはやって来た。
黒い目で、巨大なビルを見つめると、何も言わずビルの中に入った。
自動ドアを抜けると、警備員がライカの身分証の提示を求めた。ライカは身分証とグリーンプラントに所属している証であるカードを見せる。
警備員はその二枚が正規の物であると確認し、ビルへの立ち入りを許可した。
ライカは迷いもせずエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。
最上階に到着すると、ライカはまっすぐ通路を進み、「社長室」と書かれた部屋のドアのカードリーダーに会員証を読み取らせた。
ドアが開くと、ライカは部屋の中に入って行った。
「随分と早いな」
「気のせいでしょう、レイヤさん」
社長の席に座っている銀髪の女、レイヤは薄く笑ってライカを見る。
ライカはレイヤの目の前まで進んでいき、机をバンと叩く。
「くだらない用件なら直ぐに帰りますよ」
「そういうな」
肩をすくめるレイヤをじろりを睨んでから、ライカは机から手を離した。
「それで、用件は?」
「生体媒介の件だ。ちょうど良い奴が知り合いにいたのでな」
レイヤは社長室に隣接されている秘書室の方を向く。
「入って来い」
命令口調でレイヤが言うと、その声に応じて一人の男が入ってきた。
不気味なほど白い肌に、闇のように黒く長い髪、ルビーの様な真紅の目、青白い唇、人間離れした美しい顔立ち。
ライカはその男が吸血鬼のように思えた。それ程男は不気味で、美しかった。
「ライカ、此奴はフォルトだ。お前の生体媒介として今度からリベリオンに同乗する事になる」
「あ、あ……わ、私ライカです。ライカ・フィーネです」
ライカは恐怖心と好奇心を押し殺して、自己紹介をした。
「フォルトだ」
男は、それだけ述べた。
「此奴には後で調整室に送る。直ぐに終わるから心配するな」
レイヤが不敵な笑みを浮かべながら言うと、ライカは眉をひそめながら頷く。
ライカは自分をじっと見つめるフォルトに恐怖を感じたのか、レイヤに用事があると言って社長室を出て行った。
ライカの後ろ姿を見送ると、フォルトは静かに口を開く。
「レイヤ」
「何だ?」
「ライカだったか、彼女の名前は」
「もう呆けたか?」
呆れ顔をするレイヤを見て、フォルトは首を振る。
「ソロネに、似ていた」
フォルトがそう言うと、レイヤは突然黙り込んだ。
顔つきも余裕を見せた顔ではなく、深刻そうな顔つきだった。
「……お前も、そう、思うか」
絞り足すような声でレイヤが言うと、フォルトは静かに頷いた。
「彼女は、もう死んだ。それは事実だ」
「ああ、だから私はお前と奴が許せない。特に奴がな」
レイヤは怒りを隠そうともせずフォルトを睨み付けた。
端正な顔立ちが憎しみの色に染まる。
「お前と奴さえいなければ彼女は死ぬことは無かったんだ。お前と奴さえ――そう奴さえいなければな!」
レイヤは力任せに机を叩く。
机には彼女の握り拳の形の型がくっきりと残った。
「お前と奴さえいなければソロネはずっと笑っていてくれたんだ。なのにお前等は彼女を私から奪った! これを憎まず何を憎めと!」
「だったら何故俺をあの研究所から出した? 彼処から出さなければお前の復讐はずっ続いたはずだ。ずっと、な」
フォルトは表情を変えず、淡々と述べた。
そんなフォルトを見て、レイヤは薄く笑うと立ち上がり、フォルトを勢いよく殴りつける。
レイヤはそのままフォルトを押し倒し、またがるような体勢を取る。
「ああ、そうさ。ライカに会わなければ私は一生そうしてただろうな。彼女の元に行くこともままならない自分の身体を呪いながら、お前と奴の存在を呪いながら過ごしてただろうな」
吐き捨てるようにレイヤは続けた。
「だがライカに会った、彼女に瓜二つの少女に。性格は違うが『優しすぎる』ところがそっくりだった。そう、優しすぎるから、怖かった」
「同じく、失うことが、か?」
「ああ、そうさ……お前と奴の所為で彼女が死んだんだ! 忘れたなんてほざいてみろ、その頭に弾丸ぶち込んでやる!」
「……忘れるか。ああ、あれは間違いなく俺と奴の所為だ。俺と奴の所為で彼女は……死んだ……」
殴られた際に切れた唇から流れる、赤い血を拭うこともせずフォルトは自分を泣きそうな顔で、憎しみを宿した顔で睨むレイヤを見つめる。
その目は感情を宿していない表情とは違い、深い悲しみを灯していた。
「どうして、彼女が死ななければならない? 死ななければならなかった?」
レイヤは消え入るようなか細い声で言葉を紡いだ。
金色の目からは、涙が頬を伝ってこぼれ落ち、フォルトの衣服にシミを作った。
レイヤは何度もフォルトに怒りをぶつけ、殴りつける。
しかし、フォルトは何も言わず黙ってそれを受けていた、憐れみをその目に宿しながら。
翌日、ライカはグリーンプラントの研究所を訪れる。
ライカ個人ではなく、「人形師」として。
黒地に緑のラインの入ったパイロットスーツに、顔が見えないように加工された硝子の入ったヘルメットを被り、素顔が決してばれないようにしていた。
ライカは、通路を歩く研究所の職員の視線を気にせず奥へと進んでいった。
奥は広い格納庫になっており、彼女の「DOLL」、リベリオンも其処に存在した。
「よく来たな『マリオネット』」
ライカはヘルメットの下で、苦り切った表情を浮かべながら自身を呼ぶ声に反応して、リベリオンの足下を見る。
「レイヤ、さん。ですか」
低い声色で応じると、ライカはレイヤに近づいていった。
ライカは、黒のフォルムをした自分の「DOLL」を眺めてからレイヤに視線を移す。
「また、新しい武器を着けたんです、か?」
「ああ、新作のライジングブラスターだ。今までのバスター装備に比べて威力は倍だが連射性能は同じだ」
「そう、です、か」
ライカは視線をリベリオンに戻し、黒光りするバスター装備を見つめる。
ヘルメットに下で、ライカの目つきが変わった。忌々しい物を見るかのような目つきに。
ライカはリベリオンを見つめてから、静かに口を開く。
「フォルトは、何処、ですか?」
フォルトの名前が出ると、レイヤの表情が僅かに歪んだ。
「……ああ、奴とならもうすぐ会える。もうすぐ、な」
ライカは「そうですか」と言うと、コックピットまでの階段を昇り始める。
昇りきると、開いたコクピットが見えた。
「……前よりも広くなってる……」
そう呟くと、ライカはコクピットをのぞき込む。足のような物体が見えた。
「へ?」
間抜けな声を出してから奥を覗くと、繋がれるように管で巻かれている男がいた。フォルトだった。
「な、なんで此処に?」
「どうした?」
驚くライカの後ろからレイヤがコクピットを覗き込んだ。
レイヤは驚愕の表情を浮かべた。コクピットにいると思っていなかったように。
「……フォルト、いつから、其処にいた?」
「……今朝の6時からだ。眠くてたまらん」
ライカは格納庫の大時計に目をやった。時刻は午後の1時過ぎを示している。
7時間以上もコクピットにいた計算になる。
「……自分の意思で、か?」
「そう思うか?」
眉をひそめてフォルトは質問で返す。レイヤはそれ以上聞かなかった。
「あー、ライカ。ちょうどいいから次の試合此奴と出てみろ」
「は?」
ライカが間の抜けた声を出すと、レイヤはニヤリと笑う。
「お前との相性を確かめるのにはちょうどいいだろう?」
あっけにとられるライカに彼女は更に不敵な笑みを浮かべて続けた。
「『マリオネット』」
「……いいでしょう」
ライカは静かな声で答えた。ぞっとするほど、冷たい声で。
ライカは試合会場に向かうと、リベリオンの中で試合開始を静かに待っていた。
コクピットの中は沈黙で包まれていた。
「ライカ」
その沈黙を破るようにフォルトが口を開く。
ライカは画面に表示されている時刻を確認してから後ろを振り返る。
「何です?」
「『マリオネット』と呼ばれているそうだが、何故だ?」
ライカは舌打ちしてから、口を開いた。
「……まるで操られている『人形』のように、機械的に相手を打ち倒すから、だそうです」
「何に操られているんだ?」
ライカは「わからない」と言って、静かに首を振った。
「そうか、では何故名前を隠す」
「それはいずれお話します」
「解った」
それ以上、フォルトはライカに尋ねることは、なかった。
画面の時刻表示が赤く染まり、コクピット内に電子音が響く。
『さて、試合開始です。本日のトリは「戦神の操り人形」リベリオンと、「期待の新星」アステリア!』
ライカは目の前の青と白のフォルムの美しい「DOLL」に視線をやる。
その目つきは、気弱な少女の物ではなく、戦に取り憑かれた者の目つきだった。
「足を引っ張らないで下さい」
ライカはそう言うと、操縦桿に手を掛けた。
リベリオンがアステリアの腹部に一瞬で潜り、殴り飛ばした。
砂塵を巻き上げながら、アステリアは地面に転がる。
アステリアの「人形師」は砂塵で見えなくなった周囲に警戒したが、それは意味を成さなかった。
リベリオンは一瞬でアステリアの目の前に移動するとバスターの部分で殴り飛ばし、そのままエネルギー弾を放つ。
放たれたエネルギー弾は、アステリアの脚部を貫き、片脚は無惨に地面に落下した。
爆発音が辺りを支配する。砂塵が巻き上がる。
片脚を失った瞬間、アステリアはブースターで体勢を整えるが、リベリオンはその瞬間を狙い銃口をアステリアの頭部に近づけ、至近距離で頭を吹き飛ばした。
頭部を吹き飛ばされたアステリアはそのまま地面に倒れ込む。
リベリオンは残った腕と足を吹き飛ばしてから動きを止めた。
「……いつもより、動き、やすい」
ライカは絞り出すような声で言うと、バイザーを下げた。
試合終了の合図がコクピット内に鳴り響く。
深い溜息をつくと、ライカはバイザー越しに壊した相手の「DOLL」を眺める。
美しい姿の「DOLL」は見るも無惨な姿に変わり果てていた。
「いつも、此処までするのか?」
「まぁ、そうです、ね」
ライカは答えながらフォルトの方を見ると、声にならない悲鳴を上げた。
青白い唇は更に青く染まり、特殊な形状のパイロットスーツと管が繋がった部分は血管を浮き上がらせていた。
「あ、あ、あ……」
「……問題はない、それ程驚くな」
戸惑うライカを、フォルトは静かな声色でなだめる。
「試合が終わった。さぁ、戻るぞ」
フォルトに促されるまま、ライカは試合会場の格納庫へと向かった。
「レイヤさん!」
試合終了後、ライカは賞金を貰って直ぐに、グリーンプラント本部の社長室に殴り込むように入ってきた。
「ライカか、どうした?」
ライカは薄い微笑を浮かべるレイヤの目の前の机を、大きな音がなる程叩く。
「『どうした?』どうしたじゃないですよ! 何ですかアレは!」
「生体媒介の方法の手段だが?」
事も無げに言うレイヤを見て、ライカは顔を赤くした。
「なんですか! あの管は!」
怒声を上げて、机を叩き続けるライカを見て、レイヤは苦笑いを浮かべる。
(さて、どうやって言いくるめるべきか)
レイヤは視線を宙にさ迷わせて、どうやってライカを言いくるめようか悩んでいた。
机を割る勢いで叩き続けるライカに時折視線をやりながら考える。
「それほど、不満か?」
「不満? そんな問題じゃないですよ!」
レイヤに問いに更に激情したライカは更に力を込めて机を叩く。
レイヤは、顔を引きつらせてライカをなだめようと様々な言葉を投げたが、どれも意味は無かった。
それどころか、ライカは更に激情し、「はぐらかすな」、「本当のことを言え」と荒い口調でレイヤを揺さぶり始めた。
(まずい、な。本当の事を言えば言ったで色々と問題が起きそうだし……そうか)
「解った、喋るから取りあえず手を離してくれ」
レイヤが苦しそうに言うと、ライカは反射的に手を離した。
態とらしく咳をすると、レイヤは椅子に座り直してライカを見つめた。
「生体媒介、どうして人間の脳や脊髄を人工的に作り出したものを使うか知っているか?」
「それは……知りません」
「機械媒介に比べてそちらの方が性能が良いからだよ」
「それは、どういう……」
レイヤはライカの問いに答えるように机の引き出しから書類を出して、ライカに見せる。
「これは?」
「『DOLL』が機械媒介の使用が進まない理由だよ」
レイヤがそう言うと、ライカは書類に目を通し始める。
ページが進んでいくほど、ライカの表情が険しいものに変化していった。
「……なん、ですか? これ、は」
「……そのままだ。『DOLL』は擬似的にパイロットである『人形師』とリンクすることになる。此処までは知ってたな?」
ライカの返事を待たず、レイヤは続ける。
「『DOLL』と『人形師』のリンクの効率を上げる為に別の媒介が必要となった。そこで出てきたのが生体媒介だ」
「…………」
「生体媒介は『DOLL』と『人形師』のリンクの効率を飛躍的に上げた。が、問題があった」
「人間の、脳や脊髄を使うから」
「そうだ」
レイヤは薄い笑みを浮かべてライカを見る。
「今でこそ人工的に作り出したものだが、昔は生きた人間――死刑囚などを解体して脳と脊髄を取り出し、専用の器に埋めて、『DOLL』と繋げていたんだ」
「……でも、生きた人間の脳と脊髄などを使うから問題になった」
「そう、だから機械媒介がでた、しかし」
「生体媒介に比べて、効率が上がらなかった」
「その通り」
レイヤは不敵な笑みを浮かべる。
「現在でも人工的に脳などを作り出す事は問題になってはいる。しかし、機械媒介の普及は進まない。だがら別の方向で生体媒介にできる方法はないかと考えた結果だ」
「その結果が、フォルトさんの、アレですか?」
ライカの質問に、レイヤは笑みを浮かべたまま頷く。
「別の方向で活用しようとなったらああなった」
「でも、アレは酷い……!」
(酷い、か。ソロネもそう言うだろうな)
レイヤは顔を下に向けて自嘲気味に笑ってから、不敵な笑みを作ってライカを見る。
「酷い、一見するとな」
目を丸くするライカを見て、レイヤは立ち上がり外を眺めた。
「だがあれは現段階で最も効率の良い方法でな、痛みは見た目ほど感じないんだ」
「でも、凄い顔色も悪くて……」
「心配するな。一時的なものだからな」
レイヤはライカを見て、優しい口調で続ける。
「研究がもっと進めば、アイツの負担も減る。解ったら協力してくれ」
「――解りました」
諦めたような顔をしてから、ライカは部屋を出て行った。
ライカを見送ると、レイヤは安堵の溜息をついて椅子に腰を掛ける。
其れと同時に、フォルトが部屋に入ってきた。
「誤魔化したのか」
部屋に入ると同時に、フォルトはそう言った。
「そうだ、彼女は何も知らなくていい」
フォルトの顔を見るなり、レイヤは不機嫌そうな顔になった。
「そうか」
「身体の調子はどうだ」
「悪い。普通の人間が俺と同じ事をしたら、間違いなく死ぬ」
フォルトがそう答えると、レイヤは嬉しそうに笑う。
「それはいい。いっそお前が死んでくれたらいいのに」
「ソロネとは同じ場所には行けないだろうが、ソロネが来るかもしれんな」
レイヤは口を閉ざして、不機嫌な顔になる。
「冗談だ」
「あり得そうだから言うな。ますます私が惨めになる」
「無駄話は後にして、ライカの事を聞きたい」
「ライカの?」
フォルトは頷いてから、一枚のメモリを取り出す。
「今までの彼女の戦闘を見せてもらった、はっきり言おう危険だ」
「戦闘方法がか?」
「逆だ」
フォルトはメモリをレイヤに手渡してから続けた。
「技術、才能。端的に言えば、精神面を除く全てが秀ですぎている」
「……」
レイヤにも心当たりはあった。
フォルトはそのまま続ける。
「精神との差が激しすぎる。このままでは精神が争いの本能に喰われるぞ」
「な、に?」
「今は使い分けができている。『仮面』を被るという行動でな。だが、現状のままだと喰われる。戦争の化け物の誕生だ」
レイヤは、死刑宣告よりも恐ろしい宣告を聞いたような気がした。
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