家族のいる食卓


 囲炉裏のある部屋。一つの電球が照らす板場の床にはゴザが敷かれ、8人も座っています。


 高見家は大所帯でして、上座にご主人であり私の雇い主でもある高見良一様。その両隣には次男のリョウジさん、三男のトシさんが座っています。どちらも体型はがっしりとされています。


 あとは女性で長女さんのヨシエさん。三女のヨシ子ちゃん、四女のアキちゃん、五女のサチちゃん、そしてみんなの又従姉妹であるセッちゃんが囲炉裏を囲むようにぐるーっと座っています。


 私と高見家の次女であるミエちゃんは土間で最後の盛り付けをし、お供え膳と呼ばれる台に食事を並べ置き、こぼさないように運びます。


 お皿は5つあり、ほうれん草のお浸し、大根の漬物と煮物、汁物、そして、イノシシの肉料理です。


 みなさん運ばれた料理を見て、「おお~」と、声を漏らします。

 高見良一様はなんだか子供のような目をしてお肉を見ています。次男のリョウジさんも似たようなお顔です。彼はまだ成人前とのことですが、良男様によく似ています。

 三男のトシさんは、鼻を立て、皿に近付けてお肉の匂いをかいでいます。なんとはしたない。訝しまれているようで、鼻につきます。

 女性たちは不思議そうな目でお肉料理を見ています。あまり食べ慣れないのでしょうか?三女のヨシ子ちゃんは6才、四女アキちゃんは5才、五女のサチちゃん4才です。三人の幼い姉妹は首を傾け、目をパチパチして見ています。

 可愛い。


 そんな三人に長女のヨシエさんが優しく話します。

「そっか、さんにんは、こんなに大きな形のお肉は初めてかもやね。いつも食べやすい薄肉か干し肉かつみれやったからね。これがイノシシのお肉なんよ」

 ヨシエさんの説明に三人姉妹は「ほえ~」と返事します。可愛い。


「では、頂くとしよか、アッコさん、ミエ子、二人もええかな?」

 高見良一様に呼ばれ、私たちは土間から上がり、自分のお供え膳を持ってゴザに座ります。

「それでは、そろったようやし、いただきます」


『いただきます』


 皆が揃って言いましたが、子供たちはまだ食事に手をつけせん。一家の主である良一様が一口目を終えるまで待っているのです。

 昔はこれが普通で、食事やお風呂など、一番は父親が、という決まりなのでした。

 良一様は一番にイノシシ肉を箸に取ります。食べやすいように一口程度のサイコロ状に切ったお肉を、口に運びます。そして、もぐもぐと噛みしめて味わいます。

 私はその姿をあまり見ないように、されど心臓を大きく鳴らして感想を待ちます。味に自信があるとはいえ、その家のお口に合うかどうかは分かりません。

 いよいよ、良一様がお肉を飲み込み、口を開きます。


「うむ、うまい!驚いた、臭みが全然ない!昔、どっかの旅館で食べた味や、みんなもはよ食べ、冷めるで!」

「大丈夫そうやな」

 トシさんが言い、お箸を持ちます。「大丈夫そう」って、毒味じゃあるまいし。


 皆さん、それぞれお箸でお肉を口に運びます。すると口々に「おいしい」という感想が聞こえてきました。

 長女のヨシエさんやミエちゃんは目を輝かせて次々に口へと運んでいますし、セッちゃんに至っては、既にお皿から消えています。

 トシさんはどうでしょう?私はお汁をすするフリをして、片目でチラリと盗み見ます。

 トシさんは・・・一口一口、ゆっくりと、不思議そうに食べていました。

 時に肉のニオイをかぎ、時に眉間にシワを寄せて噛みしめています。

 私は焦りました。お口に合わなかったのでしょうか?

 ハラハラとして見ていると、トシさんは感想を述べました。

「なんで、臭みがあんまりないんや?神戸のビフテキの方がまだ臭みがあった気がするで・・・どんな仕掛けや?むしろええ香りするし、少し甘みもある」


 それを聞き、ミエちゃんは胸を張って言います。


「実はな、味噌を少し塗ってから焼いたんよ!なっ、アッコちゃん」

「はい、あとは今が旬のネギを細かく切って、味噌と一緒にすり合わせています。それに山椒をふってから、七輪を使って炭火で焼き、香りをつけました」

 あと、こっそりお酒も使っています。とても高価らしいのですが、ミエちゃんが言うには「少しくらいええねん」だそうです。


 料理の説明を聞き、トシさんは目が点になっていました。

 隣に座る高見良一様は、感心して頷きます。


「なるほど、京都の西京焼きに似とるな。食材に味噌や香味野菜、それと酒を付け込んで焼く京都の郷土料理やな」

 お酒、と言われ、少し緊張しました。お酒を使ったこと、気付かれたのでしょうか?ですが、良一様の表情は柔らかな笑顔でした。


 次いで、リョウジさんも感想を言います。

「うん、お母さんが、京都出身で、よく魚を味噌焼きにしていたなぁ。それをイノシシ肉でもやってのけたということか、臭み抜きにもってこいな調理法や」

「うん、優しい味。これなら、ビフテキにも負けてないやんね?トシ」

 ヨシエさんが話を振ると、トシさんは唇を尖らせます。

「ま、まあ、ビフテキと違ってソースとかコショウとかの味がないけど、肉料理としての味自体はまあまあとちゃうか?」

「何様やねん」

 セッちゃんが漬物をかじりながら、あきれて言います。

 私も「どこの美食家やねん!」と心の中でツッコミましたが、それはそれとして内心はホッとしました。


 私の料理の腕は高見家に通用するのだと、自信が持てた気がしました。

 ですが、ヨシエさんの隣から、悲しそうな声がしてきました。


「かたくてたべられへん~」

「のみこむんがたいへんやぁ~」

「なんやちょっとくさいし~」


 三女のヨシ子ちゃん、四女のアキちゃん、五女のサチちゃんがお箸を止めて言います。

 まだ歯がしっかりと生えそろっていない三人にはお肉は固く、食べなれないものだったのでしょう。


 小さい三人には多めに隠し包丁を入れていたのですが、それでもお肉を食べるには難しいみたいでした。なので私はお汁の方をすすめてみます。

「おみそ汁はどうかな?こっちなら飲みやすいと思うけど」

 お汁にもイノシシのお肉を使っています。ですけど、薄く切ってあるので、いくぶんかは食べやすいはずです。


 三人とも、おそるおそる、お汁に口を付けて「ズズッ」と、すすります。

「あ、おいしい・・・」

 ヨシ子ちゃんが言いうと、続けてアキちゃんやサチちゃんも目をぱっちりと開いて感想を言います。

「うん、飲み込みやすいし、お肉もお野菜もおいしい!」

「ね、くさくないし、いいにおい!」

 それを聞いて、私は安心しました。やっぱりこの短時間でイノシシ肉の臭みは消しきれないので、おみそ汁にもイノシシ肉を使って正解でした。

 長女のヨシエさんもおみそ汁を口にし、うんうん、と頷きます。

「なるほどやね。お汁にも味噌とおネギをたくさん使って臭みを抜いたんやね」

 ヨシエさんと目が合い、私は頷きます。

「はい、カモネギという食べ合わせがあるように、ネギには肉の臭みを取って、さらにお肉を柔らかく、そして甘くしてくれます。なのでお汁にはネギを多く使い、小さな子供でも食べやすいようにしました。あとは栄養も考えて、ゴボウや大根も薄く切って入れています」


 私の説明を聞き、次男のリョウジさんは「おぉ」と、声を漏らしました。

「うん、具だくさんで美味しいよ。ほんとう、ここに母さんや兄さんがいないのが惜しいくらいだよ、まったく」

「ねぇ、アッコさん、こういう知識はどこで得るん?」

 ヨシエさんに聞かれ、私は答えます。

「はい、私の生まれは山なので、土地は狭く、あまり田んぼに適しておらずで、小さな畑での農作物とか、山で採れた山菜やキノコ、それに獣のお肉を食材として使うことが多いのです。それに村の近くに山道がありますので、色んな土地の人からお話をうかがい、料理や調理法を学びました。このおみそ汁はサツマ汁と呼ばれる料理に近い調理法です」


 私が話をする間、良一様は箸を置き、まっすぐに聞いて下さいました。

「なるほどな、生きていくための知恵か・・・それにアッコさんの料理への想いと、探求心と努力の賜物やな。この料理には見習わないかんものがあるな。な、トシ?」

「なんでこっちに話を振る?」

 良一様の言葉に、トシさんは顔を背けます。代わりにヨシエさんが頷きました。

「堅いお肉を少しでも食べやすいように工夫して、美味しく食べてもらおういう、あたたかい気持ちがこもった良い料理やねぇ。料理は愛情とはこのことや。な、トシ?」

「だから、なんでこっちに振る?」


 トシさんはバツが悪そうにお汁をすすります。


「せやから、ご膳としてトシ兄はどうやったんか聞いとるねん!」

 セッちゃんがしびれを切らして言います。

 それと同時に皆の視線がトシさんに集中します。もちろん、私も気になります。トシさんだけ、私の料理を「まあまあ」としか評価されず、「おいしい」かどうか、という感想を聞いていませんから。


 トシさんは観念したのか、お箸を置きます。

「どれもこれも、美味しかったよ、ごちそうさん」

「おぉ~」

 トシさんの感想に、高見家のみんなはパチパチと手を叩きます。


 どうにか私の料理は皆さんに受け入れられたようでした。良かった、と私は胸をなでおろします。


 良一様はごきげんよろしく、声をあげます。

「うんうん、この料理の腕前、文句無しや!よし、祝杯やな!ミエ子、酒持ってこい!」

 言われ、ミエちゃんと私は目が合います。このイノシシ料理で、お酒をたくさん使っていたのです。どうしようか?と二人で焦っていると、


『ドンドン!』

 と、玄関から音が聞こえてきます。


「兄さんかな?」

 と、次男のリョウジさんが言うと、廊下からドタドタと駆け足のような足音を響いてきます。


 良一様が眉を尖らせ、「なんや?騒々しいな」と、廊下の方を見ると、襖を開けて、角刈りのクマのような人が入ってきました。その人の肩を見ると、薄く雪をかぶっていました。

「おかえり、マサ兄さん。お母さんはどうだった?」

 リョウジさんが聞くと、マサさんは顔を曇らせて首を横にふります。

「あかんみたいや。母さん、急に夕方から意識なくなって、だいぶ危ないみたいやと、医者からは今際の際や言われた・・・」


 それを聞いた良一様は顔を青ざめて、大声を出します。

「なんで、はよ知らせんかったん?電報は!?」

「あかん、雪降っとったやろ?山向こうはそこそこ降ってて、雪で回線がショートしとったんや。道の途中に役所はあらへんし」

「二人ともそんなことはええからッ!私ら行かなあかんのとちゃうん!?」

 ヨシエさんが顔を真っ青にして叫ぶように言い、ミエちゃんも怯えるように頷きます。

「い、急がな、病院に!早うッ」


 それを聞き、マサさんは難しそうに首をひねります。


「せやけど、車に乗せられるんは4人くらいや。夜道で雪も降っとるし、往復もできひん。幼いヨシ子とアキとサチは連れて行かれんし」

 マサさんが言い終わると、皆は暗い顔で黙りこんでしまいます。


 皆でワイワイ食事をしていた明るさが打って変わって雰囲気が重くなり、不思議と部屋を明るく照らす電球も暗くなった気がします。

 このままではいけない。今は高見家の大事なお母さまが大変な時です。私は黙ってはいられず、声をあげます。


「あの、留守は私がしますので、どうか行ってあげて下さい。ヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんは私がお守りをしますので」

「せや、行ってき、ウチも見とくさかいに!」


 セッちゃんが高見家のみんなの背を押すように言います。


「それにウチの家に車はないけど、古い蒸気バイクならあるから、お父ちゃんに言えば貸してくれるし、雪が大降りになる前に早く!」

 それを聞くと皆、はじかれたように動き出します。

 良一様とマサさんはセッちゃんと一緒にバイクの都合をつけに行きました。

 ヨシエさんとリョウジさんはタンスを開けたり襖を開けたりと、お金や衣服等の荷物を準備しています。

 トシさんとミエちゃんは、幼いヨシ子ちゃんとアキちゃん、サチちゃんにイイ子で待っているように説明をしていました。


 程なくして用意が整い、良一様、トシさん、ヨシエさんとミエちゃんは車に乗り、マサさんとリョウジさんはそれぞれバイクに乗って、山向こうの病院へと向かっていきました。


 外はもう、街灯が照らす道以外は闇でした。その道には雪が少し積もり、車輪の跡だけを残していきます。


 玄関で彼らの背を見送るヨシ子ちゃんとアキちゃん、それにサチちゃん。

 四女、五女のアキちゃんとサチちゃんは、何が起こったのか分からないといった感じでした。ヨシ子ちゃんは・・・もう6才ということもあり、何かを察して、唇を噛みしめて、今にも泣き出しそうでした。


 白い雪が風になびき、私たちの頬を冷やします。


 車のエンジン音が聞こえなくなると後ろから、高見家のお家からセッちゃんの声がかかります。


「ほれ、はよ家ん中に戻り。部屋あたためといたし、もう寝る時間やから布団を敷きにいくで」


 言われ、私は幼い三人を連れ、明るく光るお家へと入っていきました。

 夜はよく冷え、5人で川の字になって眠りました。

 子供たちの寝息に混じり、小さなすすり泣きが聞こえました。

 私はそっと、ヨシ子ちゃんを抱き寄せました。

 ヨシ子ちゃんは胸の中で息を整え、やがて寝息へと変わっていきました。

 この子たちの為にも、明日は頑張ろう。そう思い、私は眠りにつきました。



 そして、訃報が届いたのは次の日のお昼前でした。

 玄関先で役所の方から電報を受け取ったのはセッちゃんで、すぐに青白くなった表情から私もヨシ子ちゃんもダメだったのだと察しました。

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