腕の見せ所
小さな川に着くと、私はトシさんに頼んで、水面にイノシシを運んでもらいました。そして、両手を合わせてから、イノシシの状態を見ます。
「首筋にキレイな刀の傷が一つ、一太刀で苦しまずに仕留めたようですね」
「お、分かるかお嬢ちゃん?これでも刀剣術の腕には自信があるねん」
「すでに虎バサミで捕まって弱ってたイノシシやん、トシ兄」
「セツ、いらんこと言わんでいい。それでも生きとるもんを、ドス(短刀)で仕留めるんは、けっこう力いるんよ」
「その短刀、お借りしても?」
「ああ、ええよ」
トシさんから短刀をお借りして、私はイノシシの首の傷に刀を当て、大きく開いていきます。すると、川には赤い道ができたかのように、血がゆっくりと流れていきました。
イノシシの後ろ足をトシさんに持って頂いて、逆立ちにすれば、ドンドンと血は抜けていきます。
そして、そのまま、お腹を切り、内臓を取り出していきます。
血が抜け切ったところで、頭を切り落とし、皮を落とし、そして、食べられる所を切り分け、解体していきます。
作業は30分くらいで終わりました。川辺のおかげで、あまり汚れずに済み、割烹着に着いた返り血も川ですぐに洗い落とせました。
「ふ~ん、慣れとるな。こんなに早くできるなんて」
「ほんまや、まるで猟師みたいやね」
トシさんが感心したように言い、セッちゃんは興味津々でした。ミエちゃんは……いませんでした。ついてこなかったのでしょうか?
「どうもです。イノシシの頭部と毛皮はここに置いて行きましょう。そろそろ日も沈みますし、カラスは来ないと思います。冬場ですし、水に付けておけば明日の朝まで大丈夫でしょう。野犬に取られるか流されていなければですが」
「おう、ご苦労さんやで。お嬢ちゃんやるなぁ~、大人顔負けやん。ところで、いくつなん?」
「トシ兄、いきなり人の年齢を聞くなんて粗野モンのするこっちゃよ?」
セッちゃんの言う通り、本当に粗野。子供扱いにも腹が立ちます。
「・・・14です。それに、私の名前はアッコと言います。お嬢ちゃんではありません」
「お、なんや?いっこ下かいな?小さいからもっと年下や思うとったで」
ムッ、としました。私の体型のことまで言うなんて、無神経です。
「と、言うことは、トシさんは15歳なのですね?恰幅が良いので、てっきり元服を済ませて長いものかと思っていました」
「元服て・・・こちとら先祖代々百姓や。んな古いしきたりあるかい」
「そうですか、百姓なのに勇ましく短刀を持っているので、てっきり武家かと」
「ほぉ、なら、刀の扱いが得意なお嬢ちゃんは女武芸者かいな?」
「料理の嗜みの一つです。この程度でしたら、幼子の頃から刃物を扱っていました」
「なら、その自慢の腕で、イノシシの肉もさぞかし美味しく料理できるんやろなぁ?神戸の洋食屋で出されるビフテキのように!」
「えぇ、朝飯前です」
私とトシさんの視線がぶつかり合い、火花を散らすかのようでした。
この男に山育ちの力を思い知らせてやる!と思うと心が熱く燃えてきます。
そんな私たちを横から見ていたセッちゃんが、あきれたように言います。
「朝飯前てか、今は夕飯前やん」
その言葉は夜のとばりがおりた川辺に静かにしみ込んでいきました。
高見家へ戻ると、トシさんは大八車を片付けに納屋へ向かいました。
セッちゃんと私は勝手口から土間へと戻ります。
「ただいまー!」
セッちゃんの元気な声と同時に、薪が燃える匂いがしました。ミエちゃんがカマドや七輪に火をつけていたのです。私は慌てました。
「ごめんなさい。もしかしてもう、夕飯の支度をはじめていますか?」
ミエちゃんは「んーん」と首を横に振ります。
「アッコちゃんが美味しいイノシシの料理をしてくれるんやろ?」
それを聞いて、私は恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまいました。
「き、聞かれていましたか?はしたないところを…」
「川はすぐ裏手やしな。けど、たいした啖呵を切りおったな。スッキリしたで、うちら高見家の男は図体と気ぃばかりでかくて偉そうやねん。じっさい、トシ兄はアッコちゃんを山育ちと下に見とるしな。ここも田舎やっちゅうに」
確かに、と私は思いましたが、首を振ります。
「いえ、新顔を値踏みするのは当然かと。それに私は体も細く小さいですし…ですが、腕には自信があります。女だてらに山を駆けまわっていますから」
「だから気に入ってん!ほんまアッコちゃんそこらの男よりも勇ましいやん!」
ミエちゃんがヒザをパンっと叩き、腕まくりをします。するとセッちゃんが間に入り、目を輝かせて言いました。
「せやで!短刀の扱いも男顔負けや!涼しい顔でイノシシ捌いとったし、ウチの男連中に見したげたいわ。この前もイノシシ捕まえた時は獣臭いって嫌がりおってからに、猟師に駆除の依頼する手間と賃が増えたでな」
「ほんまほんま、ウチらの男連中もいざという時は頼りにならんでなぁ、この前なんか、雨漏りで大変やのに、男連中ときたら」
何やらグチ大会が始まりそうでしたので、私は話を元に戻します。
「あの、調理道具はどれを使ってもいいのですか?お肉は新鮮なうちに調理をしたいのですが」
言われ、ミエちゃんがこたえます。
「どれでもええで、足りひんもんがあったら言うてな。しっかしトシ兄も無理言うなあ。ビフテキなんて大層なもん御所望しおってからに。ん?イノシシやからトンテキかいな?」
「テキってフライパンとか鉄板を使うんやろ?この家にそんなもんあるん?」
セッちゃんが着物の袖を腰ヒモでたすき掛けをしながらミエちゃんに聞きます。どうやらセッちゃんも料理を手伝ってくれるみたいです。
「あるわけないやん、んなハイカラなもん。せやからの七輪や。使うやろ?」
目配せをし、私は頷きます。
「ええ、ありがとうございます。おかげで料理がはかどります」
さあ、お見せしましょう山育ちの料理の腕を!
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