はじめてのお仕事は料理…ではなく解体でした


 なんともヒョウキンなミエ子という女の子の背中を私は追います。

 たくさん荷物が入った風呂敷を手に、廊下をなるべく音を立てないようにして進むと、お香がかおる一室に着きました。するとミエ子さんが言います。


「ちょい狭いけど、ここがウチと一緒に住む部屋な。ところでアッコさんいくつなん?」

「え、えと、14歳です」

「お、ならお姉ちゃんやね、嬉しいわぁ~、この家、近い歳の女の子おらんし」

「え?ミエ子さんはいくつ?」

「ミエちゃんでええよ。10やけど今年で11になるん」

「え!?ぜんぜん見えないね!ミエちゃんって同い年かと思ってた」

「せやろ?背が高いし、ちょい太っとるしね」

「ん~、太っていると言うより、がっしり、かな?」

「百姓やからね~。しゃあないねん。指かて太くなるしね。アッコちゃんは指細いなぁ~」

「うん、ウチは男手が足りているから、針仕事が多いかな?でも畑もやってるんよ」

「そうなんや!あっ、そろそろ兄ちゃんらが帰ってくる時間や。食事の用意せな。アッコちゃんはその着物のままで仕事するん?」

「いえいえ、仕事用のは持ってきてるんよ」


 言って私は髪留めをはずし、小さな机に置く。するとミエちゃんはキラキラとした目でそれを見ます。


「ええ髪留めやね!飾りもカワイイし!アッコちゃん、高かったんちゃう?」

「どうやろ?お母さんのだから、冬のお世話になる間、寂しくないようにって持たせてくれたの」

「へぇ~、この飾りの花、菜の花やんね?」

「そう、春を知らせる花。ミエちゃん好きなん?」

「好き!黄色くてきれいやし、お母さんもこの花が好きなんよ」

「そうなんだ!ウチのお母さんも好きなんよ」

「一緒やね!田んぼのあぜ道をお母さんと一緒に手を繋いで歩くんが大好き!」

「わたしもわたしも!春が来たって感じするよね!」


 私はミエちゃんと共通する話題ができてちょっと声が大きくなってしまいます。そして、ミエちゃんと目を合わせて言います。


「それで、お腹がすいたら~」

『菜の花のみそ汁!』


 二人で声を合わせて言いました。意見が一致して、私たちは笑い転げました。

 ミエちゃんが口元を抑えて言います。

「あはは、やっぱ食い気やねぇ」

 笑いがおさまり、一息つくと、私は一つ気になってミエちゃんに聞きます。

「そういえば、ミエちゃんのお母さんは?」

「うん、ちょい体弱くてね、いま、病院なんよ」

「そう、なんだ・・・」

 ミエちゃんのお顔がちょっと暗くなったような気がしました。

 私は聞いちゃいけないことを聞いたような気がして、それ以上の言葉が出ませんでした。

 ミエちゃんのお母さまが病院にいるから、だから私はここで働ける……お仕事には腕によりをかけよう、と思いました。


 ジッと、机の上の髪留めを見るミエちゃん。それを横目に私は草色の着物を脱いで、白地に水玉模様のシャツを着ます。下はモンペ。その上に白の割烹着を着て、髪をまとめ、ほっかむりをします。

 さあ、準備完了、といったところで、ミエちゃんの明るく大きな声が横から耳に入りました。


「わぁッ!水玉でオシャレなシャツやね!シティ―ガールみたいや!」

「そう?前に姫路でお買い物に行った時に、おかぁ・・・親に買ってもらったんよ。動きやすいし、洗いやすくて良いの。肌にも優しいし、ちょっと生地が薄いけど・・・ミエちゃんは持ってないの?」

「ん~、よそ行きのドレスはあるにはあるけど、滅多に着いひんし、ウチらの家は格式ばってて、いまだに普段着は着物やねん。畑仕事も長着やで!?たすき掛けせなあかんし、洗濯は乾きにくいし、大正の時代にありえへんで、明治か?っちゅうに」


 ミエちゃんは鼻息を鳴らして言います。お家柄、というものでしょうか?

 ただ、よくしゃべるミエちゃんは、さっきの暗い顔はどこへやら、お小言を延々と話し続け、私は「うん、うん」と頷きました。


「さて、行こか!今からご飯の支度や」

 言いたいことが済んだのか、ミエちゃんは立ち上がり、その背に案内されます。

 お金持ちも色々と大変なんだなぁ、と思いつつ、行き着いたのは土間でした。


 床からは嗅ぎ慣れた土の匂い。漆喰でよく塗り固められています。流しや台所は広く、かまどが5つもあります。家族が多く、よく食べるのでしょう。

 ミエちゃんが指差しをして、あれこれ教えてくれました。


「そこの草履つかってね。マキはそこ、小さく鉈で切って。火起こしは火打ち石でお願い、そう、そこの箱の中。野菜は外に吊るしてあるから」

「ミエちゃん、お米は?」

「あぁ~、お米なぁ。あんまあらへんから最近は食べへんのよ」

「え?不作?」

「いやぁ~、米騒動とかなんかで買い占められたんやて」

「あぁ~、戦争の影響ね」

「そう。アッコちゃん詳しいね!」

「うん、山からこっち出るんに、世情くらい分からなあかんって、おとうちゃ・・・お父さまに新聞を読んでもらったの」

「へぇ~。アッコちゃんの方はお米、無事なん?」

「ん~、ちょっと動物とかに荒らされて、厳しいかな?」


 食事の用意をするはずなのに、ついついお話ししちゃう。そんな中、勝手口の大きな木製の引き戸が『ズズズ』と開き、外から背の高く髪の毛を短く整えた男の子が入って来ました。


「なんや、にぎやかやな。またミエ子の大きい独り言か思うたで。飯は?」

「トシ兄か。帰って来んのえらい早いやんけ。飯はまだまだかかるで?」

「ミエ子がダラダラしゃべっとるからやろ?」

「このアッコちゃんに色々と説明しとったんや」

「おッ!その子が奉公に来てくれた人かいな。ふ~ん、細いな?小さいし」


 トシ兄と呼ばれた男が私をジロジロと見てきて、少し腹が立ちました。

 だって、いかにもか弱そうな女の子を見てくる目だったもの。それに人の体型をいきなりどうとか言ってくるなんて失礼しちゃう。こっちだって山育ちで生活の腕は有るつもりなんだから。

 とは言え、相手は奉公先の家の者。せめて態度は失礼のないようにしなくちゃ。


「はじめましてトシさん。影山から来ました、堤アッコと申します。山育ちなもので、この辺りの人ではできない苦労と、経験をしてきたつもりです。どうぞ、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げ、丁寧な口調で言う。だけど言葉には「平地育ちのお坊ちゃんとは違うのよ」という意味を込め言い放つ。

 少し、慇懃無礼だったかしら?

 頭を上げて、トシさんの顔をうかがいます。彼は目を細めると、口角を少し上げてニヤリと怪しげに笑っていました。


「へぇ、じゃあ、山育ちのお嬢さんに一つ頼まれて貰おうかいな?」

「ちょ、ちょっとトシ兄!アッコちゃんは今から食事の準備があって」

「せやからミエ子、その食事の準備で、このお嬢ちゃんを借りるんやないかい」

「どういうこと?」

「外や、外。セッちゃんが待っとる」

「セッちゃんが?」


 勝手口から出ていくトシさんとミエちゃんの背中を追うと、外は夕方。雪は止んで、キレイな夕空でした。

 空から視線を下げると、二輪がついた小型の大八車があり、上には小さな女の子・・・だけど、ふくよか、というかどっしりとした子がいました。


「おっそいよ。トシ兄、風邪ひいてまうやん」

「すまんすまん」


 私はその子が乗る大八車を見て、ギョッとしました。

「あ、あの、それは?」

 私が聞くと、ミエちゃんが答えてくれました。


「ん?ああ、この子はセッちゃんや。ウチらの又従姉妹でな」

「い、いえ、ミエちゃん、その子じゃなくて、その後ろに大きめな・・・」

「な?でっかい女の子やろ!」

「あっ、いえ、トシさん、そうではなく・・・」

「ほんまトシ兄は失礼やな。そんなんやから、いい年して浮いた話がないねん」


 セッちゃんという女の子はむくれて、ぷりぷりと怒ります。


「そっちこそ、もう少しやせな、男が見向きもせんで」

「まだ10やのに、どうでもええし。色気より食い気やね。そんなことより、ほれ、はよせな、じきに冬やからか周りにカラスが集まって来とる」

 セッちゃんが大八車の後ろに乗る何かに視線を送ります。そこには血をポタポタとしたたらせている……

「イノシシやッ!」

 ミエちゃんが驚いて言うと、トシさんは自慢げに鼻を鳴らします。

「せや、まだ若く小振りなイノシシやけど、身が締まってて立派やろ?セッちゃん家の畑で暴れとったんを仕留めたんや」

「どうりで帰って来るんが早いわけや・・・それで、どうすんねん?」

「決まっとるやろ。ミエ子、ボタン鍋や」

「じゅるり」


 セッちゃんはヨダレをたらしましたが、ミエちゃんは怪訝な顔をします。


「うえぇ~、イノシシって血と土臭いからイヤやねんけど」

「んな贅沢言えへんやろ。あるもん食わな。食い扶持も増えたんやし」

「それらしいこと言うて、トシ兄とセッちゃんが食べたいだけやん。わざわざこっちに持ってきてからに、セッちゃんとこで鍋にしてもらいんか?」

「お父ちゃん、ケモノ肉嫌いやし」


 セッちゃんが残念そうに言い、トシさんが話を続けます。


「やから、こっちに持ってきたんやろ。そしたら、お誂えに山育ちのお嬢ちゃんがおるやん?山ならケモノ多いし、得意とちゃうん?こういうの」

「ちょっと、トシ兄!」


 睨みつけて怒鳴るミエちゃん。ですが私はそれを手で制し、間に入って言います。


「ええ、得意ですよ」

「ほら、見てみい」


 勝ち誇った顔で言うトシさん。ミエちゃんは心配そうに私を見ます。


「大丈夫なの?アッコちゃん・・・それに、イノシシを捌くなんて・・・」

「大丈夫よ、慣れているわ。それに、食費を浮かす上でもトシさんの言うことに間違いはないもの。高見家の為ならやらせていただくわ。近くに水場はある?」

「裏手すぐ行ったとこにあるで!ほな決まりやな!行くぞ、セツ!お嬢ちゃん」

「がってんでい!」


 言うや否や、トシさんとセッちゃんの二人は大八車を押して、近くの川へと走っていきました。

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