年季奉公のため、高見家へ
あれは、私が14の時でした。時代は……そうですね、大正の中頃とだけ言っておきましょうか。時期は雪の下り始める霜月の終わり頃でした。
私の暮らす実家は百姓(農家)なのですけど、場所が山間にあり、冬になるとできる作物が少ししかありませんでした。
なので、冬になる前に私はお仕事として、年季奉公(今で言うお手伝いさん)をするために、平地で多くの畑を持つ地主様の所へ行くことになりました。
そこは大きなお屋敷で、立派な木の生垣に囲われ、門には立派な松が門かずきを作っていました。
私はその松を見て、大きく口を開けてしまい、その口に冷たい雪の感触がすると、思わずビックリしたと同時にムセて、大きく咳込んでしまいました。
「こら、アッコ、咳をする時は口を手で押さえて、小さく抑えなさい」
「ゴホッ、すみません、お父さま。思わず立派な松に見惚れちゃって」
「ああ、どれもこれも立派な屋敷や。見てみ、瓦の屋根なんてワシらの村じゃ見たことあらへんで」
「ほんまやねぇ~、壁も土壁とちごうて真っ白で、えらい立派な家やんけ」
「こら、播州弁をだすな。みっともない」
「えぇ~、お父ちゃんかて出てたやんけ、じゃなくて、出てたじゃないですか」
「お父様と呼べ。あんな、今からお世話になる高見の家は百姓の間では有名な地主だが、商売においてもあちこちに顔が利く、立派な家柄なんだ。高見の家で働く以上、粗相のないように振る舞うんだぞ?」
「は~い、お父さま」
私はそう言って、着慣れない草色の袴を整え、肩まで伸びた髪を正し、黄色い花の飾りがついた髪留めをつける。そして、大きな風呂敷をかついだ細身のお父さまの手を握り、高見家へと入っていきました。
「遠い所をよう~いらっしゃったなぁ、堤さん。寒かったやろ?」
畳が敷かれた広い客間に、大きな熊のような人がニコニコと座っていました。
この人が地主の高見でした。その恰幅の良い体つきは裕福の象徴と言ってもいいでしょう。まるで毛深い恵比須様のようでした。
そのお方へ、お父さまと私は深々と頭を下げて座礼をします。
「この度は、娘を雇い入れていただき、ありがとうございます、良一様。娘はこの通り細身で力は弱く、畑仕事はいま一つですが、手先が器用でして、炊事、洗濯、繕い物、なんでもできます。どうか、あんじょう(具合よく)使ってやって下さい」
「よ、よろしくお願いします」
私は声を張って言いました。すると高見良一様はウンウンと頷きます。
「おうおう、かねてから付き合いの長い堤さんちや、堤家のもんは器用と丁寧で有名やからな。見たところ娘さんの育ちもよくて利発そうな娘やし、こちらこそ頼んます」
高見様も頭を下げ、話が一段落つくと、父は陽が沈む前に帰って行きました。
ふわふわと舞う雪の中に、父の細い背中が消えていくのを見送ると、高見さんが私に声をかけてきました。
「さて、家のもんを紹介したいところやけど、あいにく長男も次男も三男も出かけておってな。おるんは、娘が5人やが、一人は出てもておらんし、三人は幼子でなぁ。おい、ミエ子!おるんか?おるやろ?」
「はいはい、なんや、お父ちゃん?」
呼ばれて近くの襖が開き、紺の着物を着た女の子がトタトタと出てきました。
「なんや、とちゃうわ、聞き耳立てとったやろ。今日からお前と一緒に家事をしてくれるアッコさんや」
「ふ~ん、堤さんとこの?ほっそいねぇ、ちゃんとごはん食べとるん?」
「お前はちょいと太りぎみや」
「父親似やね」
「やかましいわ。ええから、アッコさんに部屋とか土間とか案内したれ」
「はいは~い」
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