第14話 邂逅
初夏のうだるような暑さが襲いかかる。
もうだめだ。ケチらずにエアコンをつけよう。
ソファに寝ころびながら机の上にあるリモコンへと腕を伸ばす。
ボタンを押しても反応がない。
「あれ……」
重い体を起こし、エアコンに向けて赤外線を発信するもやはり無反応。
今度は立ち上がり、リモコンを高らかに掲げるが音沙汰無しである。
最悪だ。この時期に壊れるとは。
こうなったらせっかく起きたのだし、コンビニにでも行って涼むとしよう。ついでにアイスでも買えば少しはこの暑さも誤魔化せるはずだ。
俺は寝癖も直さずてきとうなTシャツを着て家を出た。
なるべく日陰を踏みながら最寄りのお店を目指す。アスファルトが放出する熱気が景色を歪ませるほどの猛暑だった。
コンビニに入ると風邪をひきそうなくらいにガンガンに効いた冷房を一身に感じる。
しばらくはここで時間を潰すとしよう。俺は雑誌コーナーから適当な本を選んで、特に興味もないカルチャー誌のインタビューを読んでいた。
しばらくすると白い影を目の端で捉える。そちらに目をやるも、何もない。あまりの日差しの強さに目がやられたのだろうか。俺はまぶたをこすりながらぼんやりと読書を再開する。
すると突然背後から両肩を掴まれ「ワッ」と言う聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「うおっ!」
ギョッとしながら振り返ると、そこには彼女の姿があった。
「おはよ」
「さ、西園寺さん……」
「フフフッ、驚いた?」
「そりゃな」
「よろしい」
何故だか実に満足げである。
「普通に声かけてよ」
「えー、言ったじゃない。街で見かけたら驚かしにいくって」
「え、なに、また出くわしたら驚かしにくるつもり?」
「うん!」
満面の笑みである。全く……何でこんなにも楽しそうなのだろうか。
理知的で大人びているクセに、こういうところはあどけないというか無邪気なのである。
それにしても、こんな笑顔を見せられたら何でも許してしまうじゃないか。ずるいぞ。
「だって学校で会ったらこんな絡みできないじゃない」
「ま、まあ、西園寺さんのキャラじゃないわな」
「そういうこと」
それにしても西園寺さんの私服姿ははじめて見た。輝く銀の髪に、透き通った白い肌、純白のサマードレスと、全身真っ白な彼女は、このクソ暑い熱波の中でも決して溶けることのない雪のようだった。
「ウフフッ、どう? 似合うでしょ」
一片の癖もない真っ直ぐな髪をふわりと巻き上げながら、一回転する。
「ああ、さすがって感じだわ」
「あ、やっぱり私に見惚れてたんだ」
「い、いや、まあ……綺麗だとは思った……」
「そうでしょうそうでしょう」
再び満足げな笑みを浮かべる。やはり西園寺さんは自賛をいとわない。
「あなたの格好も中々いいわよ。生活感丸出しな感じ、ダサくてかわいい」
「こ、これは近所に行く用だから仕方ないんだって」
すると西園寺さんは俺の髪に触れてくる。
「へー、こんなとこにもアホ毛があるのね。結構癖っ毛なんだ」
「ま、まあそうだけど」
「あなたのアホ毛っていつも三本だから、なんだか珍しいわ」
人のアホ毛の数を覚えているなんてさすがである。
「フフフッ、いつもは必死でクセを抑えつけてるわけだ。だからちょっと重ためのヘアオイルを少しだけつけてるのね。それでもこの三本だけはどうしても言うこと聞いてくれないんだ」
「そうだよ。相変わらずお見通しなんだな」
「まあね。あなたのことは特段よく観ているから。それにしてもそのシャツはなんなのよ」
「え、何か変?」
「いや、でっかく『FAN!』なんてプリントされてるけど、これって私みたいに海外から来た人からしたら『楽しい!』って主張しながら歩いてるみたいなものよ。何だかおめでたい人ね」
そう言いながらクスクスと笑う。
「こ、これは親戚のお下がりで仕方なく──」
俺の言葉を遮るようにしてパシャリという音が聞こえる。
「ちょ! 何撮ってんだよ!」
「なんだか珍しくて面白かったから。大丈夫よ。別に他の人に送ったりなんかしないわ。あなたしかクラスメイトの連絡先知らないもの」
「い、いや、でも何か恥ずかしいじゃん」
「んー、じゃあ、代わりに私のこと撮らせてあげるよっか」
「はい?」
「ほら、あなたのスマホ、最近新しくなったじゃない。それ、すごく画質いいんでしょう?」
「ま、まあそうだけど。いやまて、俺はこんな格好で撮られて、西園寺さんはそのキメキメな格好で撮られるってのは不公平だろ」
「え、そんなにキメてるかしら私。普段着だけど」
「そうなのか?」
「そっか、私が着たらなんでもキマちゃうから仕方ないわね」
自分で言うかというつっこみはさておき、まあ異論はない……。
「じゃあ交換でもしてみる? 私、そのよれたTシャツでも割と様になるわよ」
「ま、まあ、なりそう……ってそれだと俺がワンピース着ることにならないか!?」
「案外似合うんじゃない?」
悪戯な薄笑いを浮かべてきた。
「似合わねーわ!」
「フフフッ、まあ別になんだっていいじゃない。ほら撮ってみてよ」
無邪気に手を広げて俺に微笑みかけてくる。
「あ、ああ……」
その姿があまりに綺麗だったためか、俺はほとんど無意識に、そしておもむろにスマホをかざす。
撮影をすると俺の画面には確かに、コンビニに降臨する天使が写っていた。
「どう? いいの撮れた?」
そう言って顔をこちらに傾ける。ちょっと近い。シャンプーの良い香りが漂ってくる。ラベンダーだろうか。
「へー、いいじゃない。やっぱり綺麗な画質ね」
いや、画質ではない。被写体が圧倒的に綺麗なのである。
「それ、ロインに送っておいて」
「うん、分かった」
「私が撮ったのもいる?」
「い、いや、いらないです」
「フフフッ、そっか」
なんだかご機嫌麗しいご様子である。
「西園寺さん、買い物しに来たんじゃないの?」
「いや、歩いていたらパッとしない顔が見えたものだから」
「悪かったな。パッとしなくて」
「冗談よ、冗談。あなたは立ち読みにでも来たのかしら?」
「いや、それがさ、エアコン壊れちゃって避難してきたんだよ」
「あらら、かわいそうに。それでわざわざ出てきたのね」
「まあな」
「ということは今日あなた暇なのね」
「え、いや別にそうでもないけど──」
「奇遇ね。私も暇なのよ」
「お前、話聞いてた……?」
「そろそろお昼の時間よね。お腹も空いてくる頃合いだわ」
「えーっと……ご飯に行きたいということでよろしいでしょうか?」
「しょうがないわね。ちょっとくらいなら付き合ってあげてもいいわよ」
「は、はあ……よろしくお願いします」
なんだかんだで西園寺さんのペースに乗せられてしまう。まあいつものことではある。
「分かったわ! あのさ、私、ファミレス……だっけ? 行ってみたいの!」
「そんなとこでいいのか?」
「うん、私の街にはなかったから。ドリンクバーってやつ? やってみたい! あれって飲み放題なんでしょう? 無限にジュース飲めるなんてすごいじゃない!」
「そうだけど……」
「それに避暑地にはちょうどいいと思うのだけど」
「まあそれもそうだな。じゃあ行くか」
「うん!」
雑誌を本棚に戻して、二人でコンビニを後にする。
西園寺さんに会うと分かっていれば、もう少しちゃんとした格好で来たかった。
一緒に歩くと分かるのだが、街を行き交う人の視線がどんどん西園寺さんに吸い込まれていくのだ。そんな彼女の隣を歩くにしては、この装いではいささか役不足であった。
「じゃあさ、一応、着替えてきていいか?」
「え、だめよ」
「なんでだよ……」
「だってその格好面白いもの。それで行きましょうよ」
「は、はあっ……」
まあ西園寺さん自身は楽しそうにしていたので、そこまで気にする必要はないか。
この日は西園寺さんと昼飯を食べることになるのだが、結局夕方までひたすらにおしゃべりをすることになった。
おかげで何もない休日はそこそこ楽しいものになったし、何よりこの熱波から避難することができたので、強引ではあったものの感謝はしている。
ファミレスという場はかなり気に入ったみたいなので、また機会があれば誘ってみよう。
翌日、いつものように登校すると、廊下ですれ違った三上と、その取り巻きから鋭い目つきで睨まれた。なんだか嫌な予感がする。
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