第13話 乗り過ごし

西園寺さんと駅で待ち合わせ、再度合流する。


この時間帯は放課後にしては遅すぎるし、部活終わりにしては早すぎる。だからあまり周りには学生はいないし、俺たちが一緒にいるところを見られる可能性は低い。


「お待たせ」


「おう」


「あれ、そこは『全然、待ってないよ』とか言うところじゃない?」


「あ? 俺にそんな爽やかキャラ期待すんなって」


「フフフッ、そうね。こういうのは川村くんとかの方が似合うわ」


「ああ。ナチュラルなイケメンテンプレートはあいつの専売特許だからな」


「確かに川村くんって『女の子がドキッとする気の利いた言葉三選』みたいなチープなネット記事にでも載ってそうなことを素で言うわよね。それでもクサさとかナルシズムを感じさせないのが不思議」


そいつは職業: 平凡主人公が持つ非凡なユニークスキルによるものだ。


「西園寺さんはやっぱり信のそういうところがかっこいいって思うわけ?」


「んー、そうね。そうかもしれないけど、どっちかというと気味悪いって感じかしら」


「気味悪い?」


「うん。臭いはずのセリフが臭くない。むしろ無臭なのが気味悪い。そういうところ、何か好き」


「西園寺さん、やっぱり変わってるよな」


「そうかしら」


「だって好きになるポイントが特殊じゃないか? あ、別におかしいとかそういうこと言ってるつもりはないからな。ただ標準的な女子のツボとは客観的に見て大分かけ離れてるよなと思っただけで」


「大丈夫よ。変に気を使わなくても。別にそんなことで気分を害するほど私の器量は狭くないわ」


西園寺さんがそう言うと、ちょうど電車が到着した。二人で乗り込むと一つだけ席が空いていたので座ってもらう。


「ありがとう」


「うん」


腰をかけるとこちらを見上げる。


「まあそう思われるのも当然ね。自分でもよく分からないもの。この感覚」


「西園寺さんにも分からないことがあるんだな」


「もちろんよ。まあこの『何か好き』って気持ちはむしろ分からない方が良いんじゃないかなって思ってるけど」


「そうなのか?」


「ええ。私はね『好き』よりも『何か好き』の方がいいと思うのよ」


「どういうこと?」


「ほら、相手のどこが好きかって明確に分かっていない方が、それを探そうとするようになって楽しいじゃない。この人のこういうところが好きなのかもなって考えているうちに、どんどん相手の良いところが見つかっていく。逆に特定のこの部分が好きだと具体化させすぎると、その人への気持ちがその部分に依存してしまう。そしてそれが無くなってしまったら冷めてしまうわけだからリスクも高い。だから私は『何か好き』ということにして、好きな部分の可能性や余白を残しておくことが大事だと思うわけ」


「なるほど」


「逆に最悪なのが『何か嫌』ね。これはただの『嫌』よりタチが悪い。ほら、よく末期のカップルが相手のことを『何か違うのよねー』とか言うじゃない? 嫌な部分の正体が不明瞭だと、それを何とか言語化したくて相手の嫌な部分を粗探ししはじめてしまう」


「ああ、それは分かるな」


実際、前世でうまくいかなかった人は確かに『何か違う』相手だったことを思い出す。そういえば俺が死んでからその後は元気しているだろうかと、かつての人間関係に思いを馳せる。


「人はね、好ましい感情の原因についてははっきりしなくてもいいの。そのまま胸に閉まっておける。けどね、嫌な感情の原因ははっきりさせておかないと不安になってしまうものなのよ。なぜ嫌なのかが言語化できないと落ち着かなくなってしまう。そしてそれを言葉にすることで支配しようとする」


そう言いながら人差し指を突き立てる。西園寺さんは自説を披露する時にこのジェスチャーをやりがちだ。ちょっと得意げなところは何とも愛らしい。


「でもね、本来それって言語化できることはめったにないと思うのよ。相手の思想や態度、所作や振る舞いの機微、そういう複雑な要素が絡み合ってできているもので、それをピタリと指し示す言葉なんてないことの方が多い。それでも人は言語化していないと落ち着かないから、具体的な細かいポイントを指摘し出すようになる。それこそ重箱の隅をつつくようにしてね」


「末期になると相手の嫌なところが目につくようになるっていうのもそういうことなんだろうな」


「そうね。あれ、あなたって恋人はいたことあるの?」


「え、いや、ないけど」


「そうなのね。じゃあ家族に女性が多いとか?」


「いや、そうでもないよ」


「ふーん、そうなの。これは読みが外れたわね」


「ん?」


「あ、いや、あなたってどうも女の子の感覚が分かっているように思えていたから、そういう経験があったり、環境が備わっていたりしたのかと考えていただけよ」


「ああ、そういうことね」


「でも確かにあなたの場合は女慣れというよりはシンプルに気遣いができるって感じね。相手の立場に立って物事をちゃんと考えられる人だわ」


「買い被りすぎだよ」


とは言ったものの、周りの人の様子は割と気にしながら立ち回ってきたのでそこを褒めてもらえるのは素直に嬉しい。


「いや、そんなことないわ。私が言うんだから間違いない」


「そうかな……最近はやけに褒めてくれるんだな」


「あれあれー? 嬉しい? 嬉しいんだ?」


突き立てていた指を俺の腹のあたりにツンツンとしながら、薄笑いを浮かべた。


「ま、まあ悪い気はしないよ」


「フフフッ、そうよね。あなたは褒めてあげると露骨には喜ばないけど、いつも少しだけ口角をあがるから分かりやすい。あなたのそういう所、やっぱりかわいい」


自分の無意識な癖を指摘され、思わず口の端に手を当てて確認してしまう。


そうこう話していると西園寺さんの最寄り駅に到着した。降りるかと思い道を開けるものの動こうとはしない。


「あれ、西園寺さんの駅って二子玉にこたまじゃなかった?」


「ああ、いいのよ。今日は」


「何か用事でもあるの?」


「いや、特にないわ」


結局扉は閉まってしまった。


「あなたは次の駅よね」


「うん」


「じゃあ私は次で降りようかな」


「何で最寄りで降りなかったの?」


「おしゃべり」


「え?」


「おしゃべり、もう少ししよっかなと思って。あなたと」


「そ、そっか」


「嫌だった?」


「え、別にそんなことないよ」


「そうよね。まあ今の質問は意地悪だったかしら。嫌だったかどうか聞かれて嫌だなんて答えられないものね」


「いや、でも素直に嫌だとは思わないよ」


「そう。ならよかった」


用賀駅に到着した。一緒に改札を出て地上に上がると、西園寺さんはまるで起き抜けの猫のように気持ちよさそうに伸びをする。


「さてと、帰ろうかな」


「歩いて帰るの?」


「うん、散歩がてらね。ちょっと付き合ってよ」


「えっ」


西園寺さんは調子が良さそうなテンポで

「私を送っていきなさい。そしてお散歩とおしゃべりに付き合いなさい」


「は、はあ……分かったよ……」


「よろしい」


だいぶ満足げでな様子である。


結局、西園寺さんが乗り過ごした一駅分を戻るのに付き合うことになった。


肩を並べながら街を進み、先ほど乗り過ごしたばかりの二子玉川を目指す。


「そういや、さっきの水崎さんの件だけど、丸く治ってよかったよな」


そう話題を持ちかけると、待ってましたと言わんばかりの表情で

「そうよね。ああ、そういえば、事態の収集に多大なる貢献を果たしたとっても聡明な功労者がいたわよね?」


「う、うん、そうだな」


「これは感謝の言葉が必要だな〜」


「まあ確かに助かったな」


「うんうん、それで?」


耳に手をかざして俺からのお礼を待ち構えはじめた。


まあ実際に助かったわけだし、確かにお礼は言えてなかったのでちゃんと伝えておこう。


「西園寺さんのおかげで乗り切れたよ。ありがとう」


「フフフッ。そうよね。私のおかげ」


ここまで恩着せがましさを出しておいて全く嫌らしさを感じさせないのはなぜだろうか。やはり彼女の魅力故だろうか。


「それにしてもさ、何で山口が犯人だって分かったんだ?」


そう尋ねると得意げな笑みをひっこめて足を止め、こちらを見た。


「な、なんだよ」


「いや、それは私のセリフよ。どうしてあなたは山口さんが犯人だって分かっていたの? そもそも私が山口さんを怪しいと思ったのは、あなたが山口さんを怪しむようなしぐさを見せたからよ。他の人は気づいていなかったかもしれないけれど」


「え、い、いや、何と……なく」


「ふーん」


そう言いながら俺の顔を覗き込む。さっき山口を問い詰めていた時もそうだったが、何かを洞察して相手の心理を裸にしようとする時はいつもこうする。


おそらく表情の機微なんかを見ているのだろう。


「まあいいわ。そういうことにしておきましょうか」


引いてくれて助かった。流石に前世の記憶で知っていたからなんて言えないし、てきとうな嘘をついても西園寺さんには看破されてしまうだろうから、ここを問い詰められるとかなり苦しくなっていたはずだ。


彼女の気が変わらないうちに話題を変えることにした。


「それにしても学校の鍵に貸し出し記録なんてあるんだな。俺知らなかったわ」


「ん? ないわよ。そんなもの」


「はい?」


「だから、貸し出し記録なんてないの。私がてきとうに考えただけ。実際、鍵の管理なんて杜撰ずさんなものよ。私が図書準備室のカギを自由に持ち出せちゃうくらいだから」


ポケットから鍵を取り出し、人差し指に紐を引っ掛けてクルクル回した。


「え、それ学校のじゃん!」


「うん。色々と理由をつけて先生から預かり続けていたら、私に貸したの忘れちゃったみたい。だから言われるまで私が持っておくことにしたの。ほら、あの部屋でおしゃべりできるのは何かといいじゃない?」


「全く、意外と悪だよな。西園寺さん」


「ええ。言ったじゃない。私はね、とっても悪辣あくらつなのよ」


そう言うと再び鍵をしまってニッコリと微笑んで見せた。その笑顔はとても悪人のものとは思えない。


「それじゃあ、貸し出し記録がないってのは分かったけど、それって山口のことをはめるためだったってこと?」


「正解。ああ言えば今度は自分に疑いを向けられてしまうと思って焦るはずでしょう? 水崎さんを攻めていたはずが、突如として自分が攻められそうになる。『狩る者狩られる』と言ったところかしら。人はね、そんなにスムーズに攻守の入れ替えができるほど器用じゃないのよ。だからそうせざるを得ない状況に追い込んでやりさえすれば、いずれどこかで綻びが生じる。あとはじっくり観察するだけ。まああの子の反応は分かりやすかったわ」


「なるほどな」


「悪には悪を。嘘つきには嘘つきを──嘘を破るには嘘が一番」


悪辣あくらつ……ね」


「でもおかげで助かったでしょう?」


「まあな。確かに助かりはしたよ。ありがとう」


「フフフッ。そうでしょうそうでしょう。もっと感謝してもいいんだよ?」


「さ、さっきも感謝は伝えただろ?」


「ほら『いくらしてもしきれない感謝』というのもあるじゃない」


「は、はあ……」


「なーんてね」


そう言うと少し足早に歩いて前にでて、くるりとこちらに振り返った。


「ここまでで大丈夫よ。私の家、すぐそこだから」


「そうなんだ。割に近いんだな」


「そうみたい。街で見かけたら驚かしにいくわね」


「いや、そこは普通に挨拶でいいだろ」


「じゃあこれが私の挨拶ってことで。くれぐれも背後には気をつけることね」


「はいはい」


「それじゃあね」


「おう」


軽く手を振ってから前の方へと進んでいった。夕色に染まった彼女の銀髪が、そよ風に乗ってなびいている。その背中の美しさに目を奪われていると西園寺さんはもう一度こちらに振り返った。


「あ、そうだ」


「ん?」


「また明日、学校でね」


「うん、また明日!」

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