第5話 キャラの奥
「たまにこうしておしゃべりに付き合ってもらえると嬉しいわ」
「作戦会議ってこと?」
「いいや、そういうのじゃなくて」
「じゃあどういうのだよ?」
「はあっ……あなた、実は繊細なくせにそういうところは鈍いのね」
やれやれといった具合に深いため息をつく。
「女の子はおしゃべりが好きなものでしょう? そしていつだって良い聞き手を探してる。私はシンプルにあなたとおしゃべりしたいのよ。あなたは私の話、ちゃんと聞いてくれるし、しゃべっていて面白い。特に反応がいい」
「反応?」
「うん、私に何かを見抜かれた時は正直に認めてくれるとことか、図星をつくとちゃんと慌ててくれるとことか、なんかかわいい。ちょっと癖になっちゃいそう」
「もしかしてからかわれてる? 俺」
「フフフッ、ちょっとだけ」
親指と人差し指の間に小さなスペースを作って、その『ちょっとだけ』を表現する。
「見ての通り、いつもは抑えてるんだけど、私には人を試してしまう悪癖があるし、余計な詮索も邪推も大好き。立てた仮説を相手に披露するのも好き。だけどそんなことするとたいていの人は眉をひそめる」
「だろうな」
「でもあなたはそんなに気を悪くはしないみたいだし、それどころか感心すらしながらちゃんと話を聞いてくれる。まあつまりは……そうね、優しいのよ、あなたは。だからその優しさに甘えて、話を聞いてもらいたいなということね。ああ、これは協力の依頼というよりは、どちらかというと私からのお願いなのだけど」
「全く、よくそこまで舌がまわるよな。お前……」
「うん、私、意外と話したがりだから」
意外でもなんでもなく、見たまんまです。
「あ、でもクラスのみんなの前ではもう少し大人しくしていくつもりだわ。私はそういうキャラだしね」
「確かに教室ではそんなに自分からは話さないよね。雰囲気もなんか違うし」
「あなたこそ、教室にいる時とは振る舞いが違うじゃない。私と二人でいる時は、あの軽薄なノリの感じとか、全然出てないわ」
「それもそうだな」
「まあだからこそ味方になってもらいたかったの」
「どういうこと?」
「周りから期待されるキャラを演じるのに息苦しくなった時に、息継ぎを一緒にできる相手がいると助かるのよ。私は頭がいいけどそれを誇らしげにしたり、ひけらかしたりしない、貞淑さとお淑やかさを兼ね備えた品行方正な女の子をいつも期待される。けど、私の頭脳は本当はもっと悪魔的。相手の考えとか、真意とか、性分とか、そういうのを丸裸にしていくのが大好き。それを突きつけた時の相手の反応を見るのも好き。私の人生の充足度は、図星をついた数で決まると言ってもいい。だからそういう自分を抑えずにいられる相手が欲しい」
「それで俺がうってつけだってことか?」
「そういうこと。そのお調子者というキャラのベールを脱がして、あなたの心を丸裸にしていくのが何だか楽しいの。クセになっちゃいそう」
妖艶な笑みを浮かべて俺を見つめてくる。これに関しては変態性すら感じてしまう。
「そんなに面白いのか……」
「まあね、性格悪いでしょ? 私」
「いや、そうでもねーよ」
「どうして?」
「『自分はこんな性分なので、これから振り回してしまうことがあるかもしれない。だから先にこういうことは話しておくし、もし今のやりとりの中で居心地が悪いと感じたのなら、無理に自分に付き合ってくれなくても大丈夫だよ』と、俺にはお前がこう言っているように聞こえる。俺が西園寺さんの性根に向き合って不快じゃないかどうかを確認してくれているんだ。そんな配慮ができる人を性格が悪いとまでは思わない。まあえらく遠回りな優しさだけどね。それに本当に性格が悪いなら、俺の居心地なんてお構いなしに強引に付き合わせるはずだろう? そして協力関係なんか提示しない。なぜなら最も効率的で性格の悪い選択は、協力ではなく利用だから」
俺がそう伝えると、瞳孔が少し開いたのが分かった。
「フフフッ、その通り。あなたはやっぱり優しいわ」
「そうか?」
「知ってる? 優しさっていうのはね、優しさに気づいてあげられる心根のことなのよ?」
「なるほど。その考えは嫌いじゃないな」
「でしょう? 言われてみて気づいたけど、確かにこれは私なりの配慮だった。それを見つけ出して優しいと形容してくれたことに、今私は心底感謝している」
そう言いながら自分の胸に手を当てた。
「そいつはよかった」
「まあなんにせよ、ピエロの仮面の裏側に、そういう繊細さを確認できた。これは何より嬉しいことね」
「嬉しい?」
「うん、ここまで意図を察してくれるのは、相手がどう思っているのか、必要以上に気にしてしまうほどにあなたが本当は繊細だから。私も見ての通りで相手の考えていることが必要以上に気になるたちたちの人間。きっと私たちはこの辺りの性質が近い。だから嬉しい」
「素直に気が合うと言ってくれてもいいんじゃないか?」
「えっ、ま、まあそうね。そういう言い方もできるかもしれないわね」
自明な物言いからうって変わって、なんだかどきまぎと照れくさそうにしている。
好意を伝える時にやけに客観的で冗長な言葉選びになるのは、彼女にとってある種の照れ隠しのようなものなのだろうか。
いちいち行う自分の感情の理由解説は『この感情が起動したのは状況がもたらす必然であって、決して自分の好意に起因するものではないのだ』といった具合の照れ隠し。
そう思えるとなんだかとても愛らしく思えてくる。
……いかんいかん。西園寺玲亜という正ヒロインが見せてくれた新たな側面は魅力的だが、俺の最推しは水崎さんだ。これはブラしてはならない。
「それで? 話を戻すけど、結局、私のお願いについては聞いてくれそうなのかしら?」
「いいよ。話くらい付き合うよ」
「ウフフッ、よかった」
おそらく西園寺さんは普段から頭の中に流れている言葉の量が多いのだろう。
止められない思考を発散するために、おしゃべりというガス抜きを必要としているようにも思えた。
からかわれるのは少し癪だが、こんな素敵な子と二人でおしゃべりできるというのは悪い気はしない。
それに俺自身も、教室でのお調子者キャラを保留して会話ができれば少し気が休まることだろう。
互いにキャラの裏側にある自己を開示できる良い時間になれそうな気がする。
「じゃあ早速だけど、さっきも話した通り、私と川村くん、そして水崎さんとついでにあなた、この四人グループをクラスに定着させてもらおうかしら」
「ついでで悪かったな」
「ウフフッ、冗談よ?」
「へいへい」
俺が口をとんがらせているとクスクスと嬉しそうに笑った。
「何かいい作戦はある?」
「そしたらそろそろ定期試験だし、四人で一緒に勉強会ができるように俺が繕っておくよ」
「ナイス! それはいい案ね!」
妥当な提案だった。なぜなら、本来のシナリオではここで信が西園寺さんに勉強を教えてもらう約束をとりつけることで二人の時間ができるからだ。
まあキャストが若干二名ほど多くなってしまったが、これなら上手くいくだろう。きっとすぐにでも仲良くなってくれるはず。
この時はそう信じて疑わなかった。
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